表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの大罪  作者:
2/20

暴食Ⅱ

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 女学校の門から出てくる瑠都の姿を認めると、停まっていた車の中から濃紺の制服・制帽着用の男がすかさず降りてきた。

「待たせたわね、鏑木」

 運転手の開ける後部座席のドア。何を思ったか瑠都は踏みとどまり、冷徹な視線で彼を一瞥する。

「今日は前にするわ」

 鏑木の顏に瞬間動揺が走った。

「聞こえなかった? 今日は前に乗るの」

「承知しました。前でございますね」

 確認するように、押し殺した声で答える。

 鏑木は後部座席のドアを閉め、素早く瑠都の言うとおりに助手席のドアを開けた。瑠都は素早く乗り込む。静かにドアを閉めると鏑木は運転席に乗って滑るように車を出した。


 黒いフォードを自在に操る彼の運転技術は確かだった。瑠都はシートに深く身をうずめながらハンドルを巧みに操る男の横顔をじっと見つめる。

 長身のがっしりとした体躯。日本人離れした彫りの深い容貌。武道に秀で、拳銃の扱いも慣れているという。なんでもかつては巡査だったと、父親が言っていたのを思い出す。大切な娘の送迎を任せるに充分な資格を有しているというわけだ。女中たちに人気があるのも、なるほど頷ける。


「いつもの」

 視線は運転手の横顏を捕えたまま、瑠都はぼそりと呟いた。その美貌にも低い声にも感情は読みとれない。鏑木の喉がごくりと鳴った。

「承知しました。いつもの場所でございますね」

 瑠都は肯定も否定もせずに運転手からふっと視線を外すと、その冷めた眸でフロントガラスに映る落日をじっと見据える。


「お嬢様……お嬢……」

 低く唸るような男の呻き声。

 帝都の中心を少し外れた広大な敷地を有する墓地に停車しているフォード。何人たりとも侵入することの無いよう、死者の聖域に張り巡らされた結界の如く鬱蒼と茂る木立。そこは永遠に眠る死者たちの霊に厚く護られ外界の喧騒を完全に遮断している。静寂に包まれあの世とこの世との境界が混濁しているような錯覚を起こす。


「鏑木とずっとこうしていたい」

 夕暮れの中強く抱き合う二人。制服を着た鏑木の広い胸の中で瑠都は甘えた声を洩らす。華奢な身体をすっぽりと覆う両腕の力はさらに強く瑠都を抱きしめる。

「……私も想いは同じでございます……けれど私とお嬢様ではあまりにも身分が……」

 瑠都の身体から発散するむせかえるような甘い香り。艶やかな黒髪に顔を埋めると、身体の深奥から湧き上がる熱を抑えきれない。鏑木の太い両腕に身を任せながらも、心では先刻までの直美の白い横顔をかぼそい声を思い浮かべる。

「身分なんてそんなもの……」

 瑠都はおもむろにそのたくましい胸から小さな顔を引き離すと、蕩けるような笑顔を鏑木に差し向けた。濡れた唇が紅く光り彼を挑発する。

「ああ……お嬢さま……!」

 朴訥で誠実すぎる彼は瑠都に翻弄され滾る欲望を堪え切れずに、白い胸元を飾る制服のリボンを震える手でほどき始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ