強欲Ⅱ
「どうした? さっきから黙りこくって」
「ううん……ただちょっと考え事……」
「何?」
薄明かりの中。先刻から温もりを確かめあっている自分達をふんわりと包んでいる、絹で作られたこの柔らかな夜具。壁に掛けられた君の豪奢な着物。部屋に数多ある煌びやかな調度品。それらこの部屋にあるものすべてがどこかの金持ちの商人や武家の誰かからの貢ぎ物なのだろう。そんな輩に比べたら自分なんかほんの子供だ。
「どうして自分なのかなって? 君はそんなに綺麗で人気者なのに、きっと裕福な念者やご贔屓がうんざりするほどたくさんいるのに、どうしてお金のない自分なんかと……」
突然唇が塞がれた。そしていきなり組み伏せられてさらに激しい口づけの連続。まるで怒っているみたいに挑みかかってくる。こんな痛くて辛い口づけは初めてだ。
「馬鹿な奴……そんなこと考えてたのか? 金を持っている奴には勝手に貢がせておけばいい。そんな下衆な奴等とおまえを一緒にするな」
ふいっと唇を離すと君は吐き捨てるようにそう言った。自分の不用意な言葉で気分を害したのだろう。その切れ長の瞳にじろりと睨みつけられる。
「自分はただの暇潰し?」
「は?」
「だから……世間知らずで変わった奴だからちょっとからかってみただけ?」
切れ長の眸が大きく見開いたかと思うといきなり頬をつねられた。痛くて思わず声をあげる。
「くすっ……おまえ……、自分のことをよくわかっているじゃないか」
君は必死に堪えていたものがついに我慢できなかったらしく大声で笑い始めた。発作のようにあとからあとから笑いがこみ上げてくるらしい。自分ははどうしていいかわからず、恥ずかしくて夜具に顏をうずめるしかない。
「あーあ、本当に笑わせてくれる。確かに世間知らずの若様だけど……暇潰しだとかどこからそんな発想が……」
「だって……」
口ごもっていると突然君の白い胸に抱き寄せられた。顏が瞬時に赤くなる。間近で聞こえる、激しく乱打する胸の鼓動はいったい自分のものなのか君のものなのか?
「最初はおまえの存在なんかちっともわからなかった。小屋の誰かがそっと耳打ちしてくれるまではね」
──ものすごく可愛いご贔屓がいるぜ。よほどおまえさんに御執心なんだろうなあ。毎日毎日飽きもせず、芝居がはねた後もずっと小屋の前で待ってるなんて……。
「あ……確かに最初の頃、小屋の誰かに君のこといろいろと訊いたかも……」
羞恥で真っ赤になって俯く自分を、君は片手でむりやり上に向かせる。非情なほど意地悪い笑みを浮かべた顏がしゃくに障るほど綺麗だ。
「最初は物珍しさだった。助平な爺や性根のひん曲った奴、それにねちっこい年増ばかり相手にしていたおれにはやたら好奇心がそそられた。餓鬼のくせにおれにご執心とは生意気な。いったいどんな奴なんだろうってな」
「ごめん……餓鬼のくせに君にご執心で……って悪いけど君と同じ年だし、これでも一応元服は……」
「あ、そうだったっけ? まあいいさ、そんなことは。で、翌日芝居がはねた後こっそりとその顏を拝ませてもらったわけよ。そうしたら……」
人を小馬鹿にし、からかうような不敵な笑みがその時ふっと消えた。睫毛を伏せ、言葉をためてわざと赤く染まった自分の耳元に口を寄せる。
「呆れるほど綺麗で無垢でまともすぎるお武家の若様で驚いた」
「な、何を……!」
「一瞬男のなりをした女なのかと思ったよ。くりっとした二重の瞳に赤い唇。頬はふっくら桃色で……そっちの方がよっぽどこの商売に向いてるんじゃないかと思ったくらいだ」
「ふ、ふざけるな……!」
からかうにも程がある。かりにも武士のはしくれの僕に向かって……! 君の腕の中から抜け出そうと必死にもがく。だけど、華奢に見える君の躰は自分よりもずっと頑丈でそうやすやすとはいかない。
やはり人称が難しい…。
最初は一人称「僕」だったのですが、「僕」は幕末から使用されたとのことで、江戸時代には一般的ではなかったらしく。
「それがし」「わし」では少年っぽくないし、無難な「自分」にしましたが、なんかわかりにくいし、紛らわしい~(>_<)
「君」も「そなた」にするべきなの?? と迷いながらも、そのままにしました。
読みにくい&わかりにくくて申し訳ありません。




