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猫の葬儀屋と狐と、ストーカーされたストーカー犬。 ~後編~




場面は変わって、夜。火車葬儀社の二人は妖怪としての本領を発揮して夜闇に溶け込み、紅葉の後を尾けていた。スーツ姿の左之助はともかく美香は派手な赤い着物を着ているが、道行く人は誰も彼女に注意を向けない。人間の尾行者の姿を夜目の効く狐と猫の瞳で確認、紅葉がアクションを起こした時のバックアップに努めるべく待機していた。


「―――うちっちに何の用ですか?」


人通りのない道、切れかけた街灯。人間の目では紅葉の影を視認するのが精一杯な闇でも、妖怪の瞳には全てが映る。紅葉の瞳が、妖しく光っていた。そしてその瞳が、哀れな人間をしっかりと見据える。

尾行者は、まだ若いにきび面の青年だった。目深に被った黒いパーカーで顔を隠していたが、獣の瞳は彼の狼狽した表情もしっかりと見通していた。年は、20歳になるかならないかという所だろうか。


「あ、あの・・・俺・・・」


青年は唇を噛み締める。


「俺を弟子にして下さい!」


「「「はっ?」」」


紅葉はもちろん、美香と左之助も驚愕の声を上げた。今まで夜闇に溶けていた二人が急に現れた事で、青年の思考が停止する。


「あー、うちは彼女の友人で、ストーカー捕まえるん手伝いに来たんやけど・・・どういう意味なん?」


赤い着物という目立つ姿であるにも関わらず全く気づかれる事なく青年の背後に立っていた美香に、青年は目をぱちくりさせた。そんな彼をよそに、美香は懐から煙管を取り出し火を付けた。そして、目で青年に話を促す。

青年はおどおどとした様子で話し出した。









「・・・俺は、佐々木涼次(ササキリョウジ)。探偵やってます」


青年探偵・涼次は尾行に自信のある探偵だった。他はからきしなんですけど、と彼は自嘲の笑みを浮かべる。

尾行に特化した探偵が何故、紅葉の後を尾けるのか。最初は、とある依頼が元だったのだと言う。


「大口神紅葉が辰巳商社の部長・神崎圭吾(カンザキケイゴ)の愛人かどうか確かめてくれ、というのが依頼でした。あ、依頼人については秘匿させて下さい」


「うちはそこには興味あらへん。続けて」


ふぅっと紫煙を吐く仕草、煙管で涼吾を指す動き、伏し目がちの視線。

立ち居振る舞いの一つ一つが、美香をこの日常の裏側の小さな異界の主としていた。涼次はいつの間にか止めていた息を吐きつつ、高校生にしか見えない年格好でありながら煙管を吸っている姿に違和感を覚えない彼女に畏れを感じていた自分に気づく。


「結局その疑惑自体はシロだったんですけど・・・大口神さん、俺の尾行に気づきましたよね? 自慢じゃないですけど、気づかれたの初めてなんです。おまけに撒かれるし・・・いやぁ、そんな事初めてだったので悔しかったです。だから、弟子にして下さい!」


涼次が頭を下げた。


「ぇ、えっと・・・うちっちは・・・」


紅葉は、どう反応すればいいのか分からずにうろたえる。


「アンタの好きにすればえぇ。アンタの決める事や」


美香がすっと瞳を細めた。左之助も「そうですよ」と言って笑う。

かつて意思なき使い魔として生き、美香によって曖昧だった自我を確立した飯綱は、自分で行動を決める事の難しさをよく知っていた。


「うちっちは・・・」


紅葉が、声を震わせる。

彼女の決意が、小さな異界に響いた。








「・・・暇や、骨でも食べよ」


「頼むから俺と警察と他人の目の届かない所で食べて下さい」


美香の言葉に左之助が釘を刺した。

紅葉の依頼から一週間、火車葬儀社にはいつもの暇が戻っていた。

―――紅葉は結局、涼次を弟子にした。単純に尾行術を教えるだけと言っても、バレないために人間との関わりは控え目にしている紅葉からすれば一大決心だ。彼女が人間の後を尾けたり人間を撒くのは妖怪としての力を使っての物だが、どうやら彼にはごく微量ながら送り狼の血が流れているらしく、ゆっくりとではあるが習得しているようだった。今まで独学の尾行術でも気づかれずにいたのは、どうやらこの血による所があるらしいと美香は推測していた。

彼は紅葉を師匠と呼び、犬達とも仲良くなったのだと紅葉は嬉しそうに語った。報酬の山菜はどれも新鮮で、常に貧窮一歩手前で閑古鳥の鳴く火車葬儀社には有り難い物だった。茅葉からは、無縁仏と現金が贈られた。


「飯綱ー、無縁仏どこしまったっけ?」


「俺に聞かないで下さい!」




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