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猫の葬儀屋と狐と、ストーカーされたストーカー犬。 ~前編~



霜月も半ばになると、朝夕はもちろん日中も寒くなる。篠宮町(シノミヤチョウ)の繁華街で幽霊ビルと間違われるような古ビルの一フロアを店舗兼住宅としているのが、社長と従業員一名で営業している火車葬儀社だ。夏服のセーラー服しか持たない火車葬儀社社長・火車美香(ヒグルマミカ)は、箪笥から引っ張り出してきた着物に羽織を着て、去年半纏をどこにしまったのかを思い出そうとしていた。

年の頃は十六から十七と言った所だろうか。ぱっちりと大きく黒い、どこか物憂げな瞳。肌は白く、白魚の指は赤い柄の煙管を手にしている。薄い唇が煙管をくわえて息を吐く度、天井に紫煙が吹きつけられる。赤い振袖には金色で麻の葉模様が描かれ、銀色の雲が横たわっていた。

「ようこそ、火車葬儀社へ―――俺は社員の飯綱左之助(イヅナサノスケ)。あっちで煙管吸っているのは社長の火車美香」

そう言ったのは、この葬儀社唯一の社員である飯綱左之助。

年は中年にかかろうかという所だろう。少し白髪混じりの髪に、やや諦観の色が浮かんだ黒い瞳。着ている黒いスーツといい勝負な様子で、本人もまたくたびれているようだった。

「アンタ、名前は?」

美香は唇からゆらりと紫煙を吐きながら、煙管で客を―――OLの女を指した。

幼さの残る顔立ちに矛盾して、肉食獣のそれを思わせる黒耀石の瞳。長い黒髪を無造作に垂らした女は、大口神紅葉(オオグチガミモミジ)と名乗った。


「葬儀の依頼、やないね。誰に言われて来たん?」


「お社様・・・篠宮稲荷の茅葉(カヤハ)様からです」


「あンの女狐ェ・・・」


紅葉が出した名前に、美香の額に青筋が立つ。


 茅葉というのは篠宮町唯一の神社であり土地神である篠宮稲荷に祀られる盲目の狐神である。以前彼女からの依頼を受けた時にこの葬儀社を宣伝すると言っていたが、まさかこういう形になるとは、と美香はひっそりとため息をついた。

 土地神と交流を持っている点で、この二人は人間ではない。

 千年を生き、人の世を見つめてきた妖猫―――火車美香。悪人を攫い、無縁仏を喰らい、炎を統べる妖怪・火車(カシャ)

 三百の年月を、彼女に付き従ってきた妖狐―――飯綱左之助。イタコに遣われるままに呪いを運び、人に憑く、異形の妖怪・飯綱。

 海千山千の妖怪が営む葬儀屋には、悩みを抱えた妖怪も訪れる。








「―――うちっちは元々、篠宮の山を根城にしとった山犬です」


山犬、の言葉に左之助が思いっきりバックステップで部屋の隅まで逃げた。


「? あの人、犬が苦手なんですか?」


美香はその様子をケタケタと笑う。紅葉は左之助が必死の形相で部屋の隅まで逃げた理由が分からず、きょとんと小首をかしげた。


「アイツは狐の化生やからなァ・・・あはは、そないに必死な顔せんでも喰われんやろ!」


紅葉は左之助が犬を天敵とする狐の類いである事を理解して、「あぁ、なるほど」と頷く。


「―――んで、な~んで山犬がOLしとるん? 人間の所ではあの山は茅葉のもンやって認識やから、開発された訳でもないやろ?」


「茅葉の山」という事は、神社が所有する鎮守の森(この場合は山)だという事だ。一時期山岳信仰の対象にされただけあって、山には深い森が広がっている。

あ、はい、と紅葉は曖昧に笑った。その様子に、美香はきゅうっと目を細める。


「最近、うちっち達の住んでる辺りに犬が捨てられるようになりました。犬達は今まで飼われてたから、野生で生きる術が分かりません。うちっちは一応山犬の中では長生きだから、人間に化けて『どっくふーど』を調達するために山を降りました。山の裾野にあった空き家を家にして、特に洞窟が肌に合わない犬達を連れて・・・うちっちは慣れない人間の暮らしに戸惑いながらも、犬達の助けも借りて上手くやって来ました」


「んで、うちを尋ねて来た理由は? そのカッコからすると就職できたんやろ?」


美香は煙管をふぅっと吐いて、紅葉の服装を煙管で指した。彼女が着ているのは、ここからそう遠くない商社のOLの制服だ。


「はい、茅葉様の計らいで就職できました。今はまだお茶を淹れたり『こぴー』を取ったりするだけですけど、頑張って『ぱそこん』を勉強してます」


「読み書きそろばんは?」


「昔、学校に潜り込んで一通りは。足りない部分は、文香さんに教えてもらいました」


 文香は、つい先日茅葉からの依頼で美香達が面倒を見た文車妖妃という妖怪だ。今は茅葉に仕えているが、そんな活躍もしているらしい。

未だ部屋の隅に縮こまっている左之助を一瞥して、美香は紫煙を天井に吐いた。


「―――改めて、人の世に長く暮らすうちらに何用? な~んか人間との間でトラブったんやろ?」


はい、と相槌を打って紅葉は姿勢を正した。


「最近、うちっちの後を誰かが尾けているんです」


「・・・ストーカー?」


左之助の言葉が、ぽつりと葬儀屋に落ちた。








紅葉の話を簡単に纏めると、こうだ。

人間・大口神紅葉として辰巳商社に入った紅葉は、先週辺りから帰り道に誰かが自分の後を尾けている事に気づいた。山犬、あるいは送り犬ないし送り狼と呼ばれる種族である紅葉からすれば、「あの程度で尾けているとはいえない」ようなお粗末な尾行を毎回撒いて帰っているが、いい加減うざったいので何とかして欲しいが対処法が分からない。


「送り犬は尾行のプロやもんな! ほんまもんの怪異にかかりゃあどんな人間も形なしや!」


そう言って美香は笑った。紅葉を尾ける人間は、話を聞く限り彼女が言うほど下手ではないからだ。

山犬、あるいは送り犬(狼)と呼ばれる怪異は、夜道に人を尾ける犬(地域によっては狼)の妖怪だ。転んだ所を襲いかかるこの犬に尾けられた時にもし転んだら、即座に転んでないふりをするのが良いとされていた。彼らの中には後を尾ける事で他の害から人を守る善玉もいて、家に着いた時に声をかけたり握り飯や草履の片方をやれば大人しく帰るという妖怪だ。ちなみに、下心を持って女を家に送り届けると見せかけて乱暴しようとするようなゲスな男を送り狼と言うのも、この妖怪から来ている。ちなみに、ニホンオオカミが正体だとする説が主流だ。


「んで、うちらにタダ働きさせる気なん? 報酬は?」


「報酬は、うちっち達からは季節の山菜。茅葉様も、ご自身の山のモノであるうちっちの問題だからっ

て別で出すそうです」


また無縁仏でももらうかねぇ、と美香は笑いながら言った。そして、吸っていた煙管を煙管盆に置く。


「その依頼、受けたで―――後は火車葬儀社にお任せ、や!」


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