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猫の葬儀屋と狐と、読まれなかった手紙。 ~後編~




 文車妖妃の文香は、元々小西翁(コニシオウ)というさる大金持ちの書いた遺言状だったという。


「その辺の事情、語っても大丈夫なん?」


「お社様より許可はおりています」


 淡々とした声音で、文香は語る。彼女の首から下げられた水晶のペンダントを見た美香は、感情が封印されているのかと看破した。小西翁といえば世の中の事に疎い美香達でさえよく知る有名人であり、一代でかなりの財を成した男だ。その遺言状とくれば、直接でなくとも強い欲望や願望に晒されたのだろう。

 ・・・それこそ百年かかる所を三ヶ月で魂を宿し、その魂に土地神の封印を必要とするような人格を植え付けるほどに。


「〈文車妖妃『文香』の守護と封印継続の補助。報酬は、刑務所出の無縁仏が十と現金百万円に最高級きりたんぽ鍋セット〉・・・最後のは飯綱向けの報酬やな」


 美香は文香が送りつけられた箱の中にあった茅葉からの手紙を読み上げた。

 悪人の屍を喰らう火車たる彼女は、その年の功から必ずしも屍を喰らわなくてはいけない訳ではない。だが彼女にとって屍は一種の嗜好品であり、生前の悪業が重ければ重いほど美味だ。無縁仏であれば、下手に騒ぎになる事もない。

 きりたんぽ鍋のセットは、東北出身の飯綱にとって懐かしい故郷の味だ。美香は関西の出身だが、彼と違い故郷のうどんが関東でも食べられるのでさほど故郷の味に飢えている訳ではない。


「現金もついてくる辺り、茅葉もちったあ考えとるんやな!」


 そう言って美香は笑い、煙管の煙で円を描いた。

 人間ならば、元々の身体能力で勝る自分達の敵ではない。仮に妖怪が来ても、こちらは年齢が四桁と三桁という年齢と強さがイコールな妖の世界においてかなりの強さを誇る二人だから、敵ではない。だからこその、余裕の笑みだった。

 それが、一月前―――長月最後の夜の事である。


 現在は神無月最終日。三日月が嗤うように弧を描く下で、美香はさらなる増援で人数を膨れ上がらせた男達に舌打ちをした。彼らはおそらく、何の手段か偶然かによって遺言状が火車葬儀社の元にあると知った者が差し向けたのだろう。

 亡き小西翁には三人の子供がいたが、いずれも強欲な上に父の遺産を宛てにして派手に遊んでいる絵に描いたようなどら息子に放蕩娘だ。翁もそれを知っていたのか、遺産は全て慈善団体に寄附するというのが文香の原身たる遺言状に書かれた翁の遺志だった。


「人間ばっかやから、火も使えんし・・・ああ面倒くさっ! 飯綱、即効で終わらせて出雲まで茅葉に文句言いに行くで!」


 叫ぶや否や、美香が駆ける。

 カラカラコロリ、と場違いな下駄の音がしたかと思えば、次の瞬間美香は綺麗に飛び蹴りを決めていた。


「うぐぅッ!?」


 男の急所を木製の下駄で見事に突かれ、哀れな標的は一瞬で意識を手放す。


「さあ来ぃ! 遺言状が欲しいんやろ!? ウチから奪ってみぃ、素手で相手したる!」


 美香は袂から遺言状(原身に戻った文香)を取り出して叫んだ。咄嗟にそれを取ろうと手を伸ばした男をひらりと躱し、一瞬の交錯の間に奪った特殊警棒を鳩尾に叩き込む。


「結局武器持ってません!? まあ、別にもういいですけど・・・」


美香よりは弱いが、自分もただ無為に三百年を生きている訳ではない。左之助は腰を落として半身になると、こちらは静かに戦いを開始した。

 殴る、蹴る、すれ違い様に膝を入れ、背後からの敵には裏拳。なまじ人間より長い人生経験を持つ故の経験値とセンスとその場のノリで喧嘩をする美香と比べて左之助の動きが洗練されているのは、美香の強さに憧れた彼がきちんとした師の元について学んだからだ。当時と変わらぬ動きと彼女の役に立てている事を、左之助はもう顔も声も思い出せない師匠に感謝した。


「・・・ったく、とんだオッサンとお転婆娘だなぁ。おらお転婆、動くとお仲間の首が飛ぶぞー」


 あらかた敵を片付けた一瞬の油断の間で、左之助は新たな男によって人質とされてしまった。

 左頬に十字傷を持つ彼は男達のリーダー格なのだろう、男達の間に漂う空気が目に見えて変わった。本来なら緊迫した空気になるはずだが、如何せん本人の声にやる気が一切ないので、どうにも弛緩した空気になった。


「はは、油断しちゃいました火車さん~」


左之助の言葉も妙に軽い。美香は「この罰はきりたんぽ鍋四分の三没収や・・・」とため息と共に顔を覆って言った。そのため息が九割九分九厘呆れでできているのは、本人と本人と付き合いの長い左之助にのみ分かった事だ。


「飯綱―――戻りぃ。んでこいつに憑いて依頼主を調べるんや」


「えー」


 唐突に告げられた美香の言葉を理解して、左之助が不満そうな声を上げる。


「きりたんぽ鍋、食いとうないん?」


「やらせていただきます!」


 懐かしの味を引き合いに出されてやると決めた左之助の姿が、どろりと溶けた。


「なっ!?」


 スーツが重力に従って落ちるが、中身はない―――否、すぐには見えない大きさになって確かにその中にいた。

 白く細長い身体、黒い瞳、ぴんと立った耳。本来ならイタコの竹筒に飼われる妖怪飯綱、その本来の姿である。服の海から顔を出したその小動物は、人質の消失に混乱している男の足の爪からするり、と入り込んだ。


「うわああああああっ!?」


 唐突に自分の中に現れた『異物』に、男が声を上げた。高熱で夜目にも分かるほど顔を赤くさせ、地面に倒れた彼はぴくぴくと身体をけいれんさせながら意識を混濁させていった。








 飯綱(イヅナ)。ある地方ではオサキ、またある地方では管狐(クダギツネ)、またまたある地方では人狐(ニンコ)と呼ばれる《狐の憑き物》の東北での呼び名であり、使い魔の名前である。主が羨めばそれを奪い、主が怒れば対象の人間に取り憑いて発狂・大食・高熱をもたらす。訳あって主を持たない飯綱である左之助は、かれこれ三百年ぶりに人に取り憑いていた。


 男の中で記憶を漁る。この仕事の依頼を受けた時の記憶を視て依頼人を確認すると、目的を果たしたので左之助は男から出た。


「依頼、誰からやった?」


 いつの間に持っていたのか、ちゃっかり用意していた煙管で一服している美香が左之助に尋ねる。人形に戻って放り投げられた服を着ながら、彼は結果を彼女に報告した。憑かれた男はまだ伸びているが、死んではいないはずだ。


「長男の依頼のようでした。弟妹を出し抜いて遺言状を手に入れ、気に食わなかったら書き換える気だったんでしょうね」


 どうします?と左之助が聞く。気に食わへんからやっつける、と美香は実に彼女らしい答えを返した。


「アンタかて、本来の役割を果たしたいやろ? なぁ、文香」


取り出された遺言状は女の姿になると、


「そのために私は生まれたのです」


と答えた。

 美香はちょうど頭上にある三日月のように、ニヤリと嗤う。左之助と文香は、彼女の餌食となる人間達に合掌した。








「おー、結局あのどら息子捕まったようやねえ」


「そりゃ火車さんが遺言状ともろもろの不正の証拠と簀巻きにした男達を警察署の前に放置したからですよね―――熱っ」


 夜が明けて一日が過ぎ、霜月初日。火車葬儀社の二人はテレビのワイドショーを見ながら、報酬の一つであるきりたんぽ鍋をつついていた。


 あの夜のあと、美香はどこからか取り出した紐によって男達を全員拘束。小西邸に猫の姿で忍び込んで防犯システムを気付かれぬように焼ききり不正の証拠を入手して、遺言状(文香本体でなく、彼女の能力が作った分身)と一緒に犬塚の職場でもある篠宮警察署の前に放置してきたのだ。ちなみに発見された時、彼らは急な冷え込みで凍死寸前だったという。


「でもよかったですよね~。文香さんも無事だったし、茅葉様は報酬増やしてくれましたし」


 何かあるとは思っていたものの予想の斜め上を行った事態を重く見た茅葉は、きりたんぽ鍋セットを五つに増やし現金の報酬も倍にした。


「ウチとしてはもっと無縁仏が欲しかったんやけど・・・」


「隠すの大変なんでやめてください」


 美香の危険発言に左之助が即座に待ったをかける。送られてきた無縁仏十人分(さすがに増やせなかったらしい)は現在会議室を改造した美香の衣裳部屋に隠されていた。


 骨壷達は五つに仕切られそれぞれに春・夏・秋・冬・肌着や喪服、季節に無関係な柄の着物をしまった部屋にそれぞれ二つづつ隠されたのだが、隠したどんぐりの場所を忘れたリスのようにならないかと左之助は戦々恐々としていた。骨壷とこんにちは、はできれば避けたい。


「ま、文香は茅葉の部下になって感情の封印が解いてもらえるよう修行するみたいやし、めでたしめでたしやね」


 美香はそう言って、ひょいと最後のきりたんぽを摘んだ。


「あー! 俺が楽しみとっといた最後のきりたんぽ・・・」


「まだあと四つもあるんや、別にええやろ」


 よくないです!と叫ぶ左之助。からからと笑う美香。


 火車葬儀社は、今日も変わらず平和だった。

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