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猫の葬儀屋と狐と、読まれなかった手紙。 ~前編~




 十月末日深夜、篠宮町にある寂れた繁華街で一つの大捕物が行われていた。逃げるのは、この繁華街の古ビルに居を構える『火車葬儀社』の社長と社員、そして居候。追うのは、MIBのような黒服黒サングラスの屈強な男達百名。葬儀社の社長がセーラー服で出歩いても違和感のないうら若い娘(逃走時は着物着用)で、唯一の社員が髪に白い物が混じり始めたとぼやく中年男とくれば、追う側の男達の勝利は揺るぎない。現に、彼らもそう思っていた―――二人と交戦するまでは。

 自分達の勝利は揺るぎない。彼らがそう思ったのも無理はないが、あくまでもそれは、葬儀社の二名が『普通』の『人間』ならばの話である。居候も社長も社員も『普通でない』上に『人間ですらない』のだから、ひとえに見た目で判断する事はできない。

最も、彼らがそれを知る術はなかったのだが。


「さんじゅーう、ごにんめぇぇぇっ!」


 しゃなりと簪を揺らして、『火車葬儀社』社長・火車美香(ヒグルマミカ)は奪った特殊警棒で男を沈めた。

 赤い着物に別の赤色を付けて、楓が彩られた振袖の袖をまくり上げている。髪に挿した簪には白い飾りがいくつも揺れていて、彼女が動く度に触れ合ってはしゃなり、しゃなりと音を立てていた。


「いつまで続くんでしょうか、ね!」


 膝蹴りでやはり男の一人を沈めたのは、『火車葬儀社』社員・飯綱左之助(イヅナサノスケ)。グレーのスーツに身を包み、中年とは思えない動きで男達を叩きのめしていく。彼の服にも赤い物が所々についているが、二人ともぴんぴんしている。それらの赤は全て、男達を迎撃した際の返り血だ。

 二人はぐるりと男達に取り囲まれていたが、背中合わせで死角をカバーすると攻撃して来た男達をそれぞれ叩きのめしていた。美香は着物というハンデを補ってなお余りある動きで拳を突き出し、警棒を奪って相手の鳩尾を強打している。左之助は普通に洋装だったが、動きの鈍そうな姿を裏切る早さで殴る蹴る叩くを繰り返す。


「後で覚えときぃ、茅葉あああああっ!」


 絶叫しながら、美香はなぜ自分達が乱闘をしているのかを思い出していた。








 事の始まりは丁度一ヶ月前の九月末日。廃ビルと言われたら納得できそうなほど古いビルに居を構える『火車葬儀社』に、篠宮町唯一の神社『篠宮稲荷』から荷物が届いたのがきっかけだった。


「火車さーん、茅葉様から荷物が届きましたー」


左之助(東北のシャーマン・イタコの使い魔である妖怪、飯綱(イヅナ)。御年三百歳)が煙管をくゆらせる彼女に篠宮町一帯を司る土地神・茅葉(カヤハ)(御年五百歳の狐神。盲目で悪戯好き)から荷物が来たと報告しつつ箱を開けば、そこには体育座りの女が一人。


「・・・」


 ぱたん、と彼が蓋を閉めたのを、誰が咎められよう?


(茅葉様・・・これはさすがにないです)


「ここがは、火車葬儀社ですか?」


 箱の中から声がして、中にいた女が左之助が閉めた蓋を開いて出てきた。


「そうやけど、何用なん? 茅葉が送りつけて来た、って時点で人間やないな。んー・・・アンタ、付喪神か。文車妖妃(フグルマヨウキ)やな?」


 一瞥しただけで女の種族を見抜いた美香(悪人の死体を葬儀場や墓場から奪ったり、悪人を攫ったりする妖怪、火車。地獄の交通機関説を否定する、猫が正体の御年千歳)は、黒い煙管(煙管盆とともに江戸時代から愛用。もう化けてもおかしくない)で女を指し示す。


「火車さん、文車って今時ありますかね?」


 文車妖妃。寺や内裏で使われた文車という非常時に書物を運び出すための箱車が付喪神になったとも、手紙に込められた思いが妖怪化した物とも言われている妖怪だ。

この妖怪は石燕の『百鬼徒然袋』で創りだされた妖怪で、題材にしている『徒然草』の第七十二段にある「多くて見苦しからぬは文車の文、塵塚の塵」という記述から生まれたとされている。この「文車の文」から生まれたのが文車妖妃であり、「塵塚の塵」から生まれたのがごみと塵の王・塵塚怪王だ。


「この娘の場合、手紙が化けたようやな。付喪神になるには『百年間』、『良くも悪くも愛着を持って』、『人間に使われる』事が条件やもん。ついこないだ生まれたような妖怪が、もう使われのうなって大分経っとる文車の付喪神な訳あらへん」


 器物が人の想いを受け、妖となったのが付喪神。彼らは鏡のように持ち主の心根を映すので、美香のように経験を積んだ大妖怪や数多の妖怪を見てきた陰陽師のような術者は付喪神から持ち主の性格などを類推する事ができた。

 美香ほどの大妖怪になれば、纏う妖気でその妖怪の年を推察する事ができる。茅葉が送りつけて来た女からは、生まれて間もない初々しい妖気を感じた。


「アンタ、茅葉から名前と詞は貰っとる?」


 妖の世界において名前は枷であり、詞は言わば土地神から居つく事を許可された証である。

 妖怪も神も術者の人間も、基本的に本名を明かさない。本名を掴まれる事は魂を掴まれる事と同義であり、本名を呼ばれた上で言霊を使われれば言葉に囚われる確率は格段に跳ね上がってしまうからだ。

 美香の『美香』も左之助の『左之助』も、元々は妖である土地神茅葉の『茅葉』も、あくまでも通称であり仮の名だ。さらに付け加えると人に紛れて暮らす美香達は、戸籍をごまかすためにも定期的に名前を書き換えて暮らしている。


「『文香(フミカ)』と名乗るよう、お社様から仰せつかっております。詞は『神無月の間、火車葬儀社に赴き姫御前(ひめごぜ)と行動を共にする事』と」


 姫御前というのは本来、身分が上の娘に対して使う敬称だ。だからと言って別段美香の親が名の知られた者という事は一切ないが、千年を生きる中で片手で数える程度しか人間に危害を加えていない彼女への敬意が込められた呼び名だ。尤も危害を加えていないのは生きた人間であって、死者は無縁仏か葬儀を挙げるのすらもったいないような悪人を狙ってその屍を喰らってはいるのだが。

 神無月には日本中の神が出雲に赴き、様々な決め事をする。それは、人間の間にも知られた事だ。つまり茅葉は、自分が留守にする間生まれたての妖怪のお守りを頼むと言っているのだ。


「はぁ・・・報酬も弾むようやし、アンタの事はちゃんと面倒見たるわ。よろしゅう」


 ふうっ、と美香が天井に向けて紫煙をくゆらせる。

 火車葬儀社に、期間限定の居候加わった瞬間だった。





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