幽霊
ふわっと煙が風で吹き飛ばされ、装置の中が見えるようになった。
少女よりも少し年上ながっしりとした青年だ。
顔色もよく、幽霊とは思えない。こんなすっとするような青空の下ではなおさらのことだ。ただ、この時代にはありえない、鎧兜に刀を差し、さらに頭に矢が刺さっているような姿でなければ、だが。
「ねぇ、あなただれ?」
突然の事に困惑している青年に、少女は聞いた。
「その言葉、そのままお主にそっくり返す。それに、なぜ俺は生きている?確かに死んだはずだ。」
忌々しそうにつぶやく青年に、容赦なく少女は言う。
「生きてないよ。あなた幽霊だもん。私がこの装置で具象化させたの。」
その言葉に、青年は目を丸くする。
「何をわけのわからぬことを言っておる!この世に幽霊なぞいるわけがなかろう!」
「実際ここにいるんだってば。あんた、自分の事いるわけがないって言ってんだよ?もっと考えてものを言いなさいよ。」
「この無礼者!そこにいなおれい!成敗してくれる!」
青年は刀を抜き放ち、少女に切りかかる。黒く変色した血液のこびりついた刃が鋭い音を立てて空を切った。
しかし、少女は何事もなかったかのようにその場でヘラっと笑っている。
「だから言ってるでしょ?あんた幽霊なんだってば。魂だけで実体がない状態なの。そんな調子でいくら切っても意味ないよ。」
「なにを~っ!貴様!さては妖の類だな!俺が成敗してくれる!」
青年は、懲りずに何度も刀を振るう。しかし、少女はかすり傷一つ負わない。刀がするり、と彼女の体をすり抜けていく。
「幽霊はいないのに妖怪はいるの?ずいぶんおめでたい頭してるんだね。」
「貴様ァ、言わせておけば・・・。」
「言わせてもらってるつもりはないんだけどね。」
まだあきらめずに刀を振るい続ける青年に、少女はしゃあしゃあと言う。
「あきらめが悪いねぇ。男はこれだからめんどくさいんだよ。単細胞が。」
「オイ、娘。」
その言葉に、青年は手を止めた。
「なによ?」
「『たんさいぼう』とはなんだ?」
「・・・・」
少女は、よりにもよってめんどくさいものを具象化させてしまった、と悔んだ。青年は見たところ時代劇に取り上げられるようなかなり昔の年代に死んだようだ。そんな人物が、『細胞』なんて言葉を知っているはずがない。
「オイ、返事をせぬか。」
「要はバカ者ってことだよ。」
「貴様ァァ!俺を愚弄する気か!」
はぁ、と少女はため息をついた。
めんどくさいし、装置を止めて具象化を解除しよう。こんな奴とはサッサと別れるんだ。
そう思い、装置のスイッチに手を伸ばす。
その時、なおも喚き続ける青年の怒声に交じって、空気を震わす爆音が響いた。