十三番目に生まれただけよ
「まあ、こうなるのは分かっていたわ」
庭にポツンと置かれた椅子に座り、背中を丸めて膝に肘を置いて頬杖をつく。
手入れされているのかいないのか初めて来た庭だからよく分からないけれど、雑草が生い茂っているわけではないから放置はされていないのかもしれない。
所々に低い木が植えられているだけ、元は花壇だったのではないかと思われる場所には不自然に平たい石が敷かれた上に古ぼけた石像がいくつか置かれているけど、動物だったり半分破損した様な人物の像だったりと統一感はない。
通路部分は石ではなく細かい砂利が敷いてある景色はなんとも殺風景だなと思う、それだけだ。
「毎回思うけれど、私これでも王女なのに、あっさりきっぱりと断るものよねえ」
今日私はお見合いをした。
そして見事にお断りされた。
なんとお見合いで断られるのは初めてではない、今回で丁度十三回目だ。
私にとって十三という数は忌まわしいもので、今日がその十三回目にあたるのと思うと、見合いが断られるのはすでに慣れたとはいえ、さすがに今日は気持ちが落てしまった。
気落ちしたまま部屋に帰るとろくなことを考えないし、私の顔色を窺い変な勘繰りをする者も出てきてしまうのは予想がつく、だから「ちょっと一人になりたいから散歩に出る」と、すでに相手がいなくなった部屋の隅に控えていた使用人に言ってから、いつもは足を踏み入れないお城の敷地の中でも端の方にある場所まで足を伸ばした。
多分お母様の侍女とメイドが、少し離れた場所で見守っていると思う。
さすがに私一人にはしない、こんなんでも王女だしそれは無いと思う。
離れた位置で私を見張りながら侍女とメイドの二人で、また私が婚約を断られてしまったと愚痴を言い合っているだろう。
心配じゃなく、愚痴だ。
私は一応この国の王女なのに、見た目は悪くないどころか金髪に銀の瞳をしてるどちらかといえば綺麗と言われる顔だと思っている。
金と銀は王家の人間の色で、それが両方あるなんて珍しい。
初代王と同じ髪色と目の色だ。お父様はどちらも金、おじい様はどちらも銀、沢山いる兄姉弟妹全部どちらかに偏っている。私だけが金色と銀色を持っている。
なのに、相手からお断りされてしまうのだ、何度見合いしても断られてしまう。
私我儘でもないし、性格だって悪くないし、王女なのに。
断られる理由を知っていても、私王女なのにと悲しくなってくる。
「はあ、もうどこかに出奔しようかしら」
私はこの国の十三番目の王女、名前はミラルーカと言う。
この国で十三という数字が不吉とされているわけではないけれど、十三番目の子が親を殺すというおとぎ話があって、そこから私は不吉な子だと言われている。
「だいたい、男女合わせて十三番目ならアラン兄様だし、お母様だけが産んだ子で数えたら私七番目の子になるのに」
正妃のお母様が産んだ七人の子供の末っ子が私ミラルーカだけど、この国に王女は十五人いて側室の子供を含めて数えると私は十三王女になる。
ちなみに王子は全部で八人いる。側室の子で第六王子のアラン兄様、こちらがお父様にしてみれば男女合わせて十三番目の子供になる。
だからアラン兄様を警戒する人も多いけれど、あの人は要領が良くてそこそこ有能、でも長兄次兄にはなにをやっても勝てない振りをして生きてきた。
私と違い、アラン兄様は有能だったから、私のように何も考えていない風にのほほんと生きていくのは多分辛かったのだと思う。
ある日アラン兄様は、十三番目の子供のおとぎ話を知らない遠くの国に自ら外交と称して出向き、向こうの王女と婚約を結んできた。そうして先日無事に婿入りを果たした。
あの国は、銀色が何より尊い色なので、銀髪銀の瞳のアラン兄様は『尊い』という概念そのものなのだそうだ。アラン兄様はそれを知っていたから、自分の外見を上手く利用しその国の王女を口説き落とせたらしいんだから、恐れ入る。
「はあ、十三なんてさ、ユダじゃないんだから」
前世の有名な絵を思い出し、はああとため息を吐く。
私には前世の記憶がある。
幼い頃にいつの間にか前世の記憶を思い出していた、思い出していなければ自分に生きてる価値なしと命を儚んでいたかもしれない。
なにせ、使用人たちは私を蔑ろにしないまでも常に一歩引いているし、兄弟の中でもちょっと、いやかなり浮いている。
嫌うとかじゃなく、扱いに困っているというように思う。
「だいたい考えなしに子供を作るから悪いんじゃないの」
正妃と側室二人の計三人で、子供が合わせて二十三人なんて、何を考えればこれだけ生まれるのかと呆れてしまう。
この世界には、避妊魔法というものがあるのだからそれを使わなくてどうする。と意見を言いたい。
恐ろしいことに、父親である国王陛下は三人の妻を平等に愛していて、三人の妻は仲良くお父様を支えているからこそ妊娠する度に無事にポンポン生まれたのだろう。
そうでなければ、途中で誰か亡くなっていてもおかしくない。
まあ、仲がいいのは良いことだ。
でも、妻一人あたり子供三人で終わらせておいてくれたら、十三番目の子供なんて出てこないのだから、悪いのは私ではなくお父様たちだと思うんだけど。
そこのところはどう考えているのだろう。
「ああ、もうなんか面倒くさい。私親殺しなんて企んだりしないのにさあ。魔法を覚える機会ももらえず結婚すらさせてもらえないとかなんなの本当」
この世界には魔法というものが存在していて、前世のゲームやアニメの世界のようにダンジョンがあり魔物がいる。
この世界の魔法は、魔力を持っているなら魔導書を読むことで簡単に魔法を覚えられる。
使いこなせるかどうかはその人の素質と努力次第だけど、覚えるだけなら魔力があって魔導書を読む機会があれば簡単にできるのだ。
ただし魔導書は王女の私でも簡単には手に入らない、というか私には手に入れられない。
魔力は多いけれど、おとぎ話のせいで疑われている私は攻撃魔法を覚える機会を与えられなかった。
魔導書以外で魔法を覚えるには、魔物を狩って魔法使いの能力を上げて行き自然と魔法を使えるようになるしかない。
でも、これは属性の適性がないものは使えるようにならないと言われているし、相当努力しないと使えるようにはならないと言われているから、私に魔導書を与えなければ安心と皆が思っているのだろう。
「そうは言うけど、使えるんだよね私」
この世界の魔法の覚え方とは矛盾しているけれど、実は私は魔法が使えてしまう。
それは前世の私が、超がつくほどのゲーマーだったせいかもしれない。
没入型の、とあるファンタジーゲームにのめり込み、そのゲームの世界で私は無茶苦茶強い魔法使いだったのだ。
課金しまくって全属性が使えるようになり、沢山の魔法を覚え使いこなしていた。
テレビ画面や携帯ゲームの画面でゲームを見ながら操作するのと違い、没入型のゲームはある意味リアルな世界と同じだったから私は私生活と給料をつぎ込んでゲームにのめり込んだほどのゲーマーだった。
今の私に前世の記憶があり、あの感覚を覚えているからこそ、この世界で覚えたわけでもない魔法が使えるのだと思う。
「無謀だと思ってしてなかったけど、やっぱり出奔して自由に生きようかしら」
姿変えの魔法は使えないけれど、人の目には髪色などが違って見える魔法の道具は宝物庫にあるのを知っている。
あれをこっそりと盗んで、そうしてついでに宝石とかお金も盗めば出ていけるとは思う。
昔計画だけ立てて、でも箱入りの私じゃ無理過ぎると惰性で生きる方を選んだ。
アラン兄様は出ていくことを選び、私は残ることを選んだのだ。
「私が大人しくひっそりと生きていれば、皆満足なんだろうけどね」
ちょっと扱いに困られているだけで、露骨な嫌がらせされているわけではない。
親殺しなんて心配があるから、他国に嫁入りもさせられなくて政略にも使えない王女なだけだ。
ついでに、国内の貴族にも民にも人気がないから国内での結婚も難しいし、どうも私の両親は私が結婚しなくても良いと考えているらしい。
見合いを何度しても断られて、民に人気がないからまともな公務も出来ないのだと私に自覚させて、結婚出来ないままお城の隅っこで小さくなって生きる。それを望まれていると実は私はとっくの昔に気が付いている。
「いっそ、神殿で神官になるとか、いや無理か」
この世界聖女とかの概念はない、神力といものは強い信仰心を持つ者に宿り、その神力があると神聖魔法が使えるようになると言われているけれど、あれはただの魔力だと私は思っている。
攻撃魔法の勉強を全くしていない私がどんな魔法でも使えるのだから、本当は魔法を覚える時に必要なのは本人の想像力と思い込みなんじゃないかと思っている。
だからどれだけ魔法使いの能力を高めても、本人に魔法属性の適性がないと魔法を覚えられないというのも、実は魔法属性の適性があるから覚えられるという本人の思い込みなんだと私は考えている。
つまり神力も、信仰心で神力が得られると神官が思い込んでいるからこそ、神力を得て神聖魔法が使えるようになるのだと思う。
そんなわけで神官の中でも神力が強いと言われている人は、私にしてみたら思い込みの激しい人という認識になっている。
それに神力と本人たちが言っているだけで、信仰心なんて欠片もない私が神聖魔法を使えるのだから、神聖魔法に必要なのは神の力ではなく、ただの魔力なんだと私は思っている。
こんな私が神殿で、神の教えを信じている顔をして神官なんてやれるわけがない。
「皆の望みを叶えて大人しくしてようと思ったけど、なんか馬鹿らしくなってきちゃったわ」
私がいくら人畜無害な顔で大人しくしていても、十三回も無駄な見合いをさせる人がいる。
それで私が傷つくなんて思いもせずに、私は誰にも望まれないと周囲と私に知らしめるためだけに無駄なことを繰り返してきた。
「ひっそりと生きていてと言うなら、そうしたのに」
私を大切に思ってくれない人達の言うことを大人しく聞いていないといけない理由なんて、そんなものはない。
自分の力で自分が幸せになれる道を作っていかない限り、私は一生お城の中で皆に遠巻きにされながら生きていくしかない。
それでもいいかと思って諦めていたけれど、やっぱりそんな風に生きるのはつまらないと思う。
私が大人しくしていても、周囲は私を勝手に疑い自分の思いで私を傷つけようとする。
そんな勝手な人の為に、私が大人しくしていないといけない理由なんてない。
前世の死因は思い出せないけれどせっかく本当に魔法がある世界に転生したのに、出来ることを隠して息を潜めて生きるのは物凄くつまらなすぎると思う。
これは以前から考えていたことを、実行に移す時が本当に来たのかもしれない。
「お母様に話す、その前に厨房かしら」
ずっとこうしていても仕方がないと立ち上がると、それに気がついたらしいメイドが足音も立てずに近寄ってくる。
「お母様にご相談したいことがあるの、いつが都合が良いか聞いてきて頂戴。それから外にいて埃っぽくなってしまったから、部屋に戻ったら湯あみします」
早口でそれだけメイドに告げると、メイドの隣に立っていたお母様の侍女が私に軽く一礼して去っていく。
「湯あみの用意を」
「いつでもお使いになれるように、湯殿を整えてございます」
「あら、気が利いているのね」
まあ、私は一日に数回湯浴みをするから、準備しているのだろう。
私はやることがないから、時間潰しは湯浴みか読書か刺繍をするしかないのだ。
「何度やっても断られるのだから、もう見合いなんてしたくないわ。私はもう十分傷ついたわ」
メイドが返事をしないと分かっていて、呟く。
「それに断らせる相手が気の毒よ。王女に断るって心労がありすぎるもの」
とは言うものの、相手は躊躇いなく断ってくるから私は軽んじられているのだと思う。
ただ、相手が躊躇いなく断る理由を知っていても、私はこれでも王女なのになあと思う。
私の愚痴に返事をしないメイドも、さっと軽く一礼して去っていく侍女も私の日常で、それだけ皆に軽んじられているのだ。王女なのに、私。
こんな立場はもううんざりだ、王女としての価値がないとばかりに皆から軽く扱われている。
私を軽く扱わない人からは、今は悪でなくても将来そうなるかもしれないと、警戒されている。
こんなの嫌だ、私は何も悪いことなんてしていないしこれからも何もするつもりはない。
ただ、十三番目の王女に生まれただけだ。
それだけなのに、私はそれだけで何度も何度も見合いを断られている。
こんなの、もう自分から終わらせてやる。
「甘いものが食べたいわ。でも甘すぎるのは嫌なのよね。……あ、そうだわ、あれはそういうことなのね」
まずはメイドの前でそれっぽい演技を始め、じっと自分の右手のひらを見る。
思わせぶりな台詞、それがこれからの話に必要なのだ。
「甘すぎるのはおかしいなんて、思ったことはなかったけど、そうなのかしら」
この世界の甘いものって、これでもかと砂糖が入ったお菓子しかない。
見合い相手に断られて傷心の今日くらいは、やけ食いしてもいいんじゃないかとちょっとだけ思う。思うけれど、それでもお菓子でやけ食いするのは躊躇するくらいにこの世界のお菓子は甘い。
前世トルコへ旅行した時に食べたあのお菓子よりも、多分もっともっと甘いと思う。
「ほんのり甘くて食べると優しい気持ちになるような、お菓子とはそういうものだと言われたわ」
わざと誰かに言われたかのように呟いて、そんなお菓子をこの世界で作れるだろうかと考える。
トルコ旅行で食べたあのお菓子は確かに甘かったけど、それでもコーヒーや甘さ控えめのチャイと一緒に食べたのはいい思い出として残った。ピスタチオだったと思うけれど、それとパイ生地と甘いシロップの組み合わせが良くて、日本に帰ってからももう一度食べたいと思ったほどだけど、日常で食べるには私の口にあれは甘すぎた。
けれどこの世界のお菓子はあのお菓子と比べてももっともっと甘すぎる上、何を入れたらこうなるのかと疑問なほどにどっしりとして脂ぎっている。
この世界のお菓子は、お菓子と言う名の砂糖と油の塊だ。
あれはどうやったらああなるのだろうかと考えながら、メイドに聞こえるように思わせぶりな言葉を吐き続ける。
これが上手くいけば、私は自分の立場を変えられると思う。
「厨房に行くわ」
食べたいのは、シフォンケーキみたいなふわふわなもの。でも、そんなのすぐには作れない。
だから歩きながら考える、すぐに出来て失敗しなさそうで、この世界のお菓子とは違うと一目で分かるもの。
「王女殿下?」
「厨房よ、今すぐ向かうわ」
この世界にジャムはあるし、バターや生クリームがあるのも知っている。
そういうのを使って作ったんだろうな、という料理が出てくるからだ。
砂糖はあるし、勿論牛乳もある、それならクレープもどきは作れそうな気がすると閃いた。
「案内しなさい、今すぐよ」
メイドに命令すると、日頃の私とは違う様子に戸惑いながら頷く。
私は無理やりメイドに厨房まで案内させると、生まれて初めて盛大に我儘を言い始めた。
「王女殿下が厨房をお使いになるのですか」
「いいえ、私は命令するだけ。作るのはお前よ」
厨房に入るなり、料理長が私を見つけてやってきたから偉そうに命令する。
この世界の料理器具なんて私は使えない。
「まず小麦粉、砂糖、バター、卵、牛乳を用意なさい」
「畏まりました」
王女という立場は、軽んじられていても使用人の立場で逆らえるものではないらしい。
私の指示で、すぐに数人が動き出す。
「カップ半分の牛乳に卵を一つといて、バターは一欠を火にかけて溶かしておいて、でも焦がしては駄目よ」
「はい」
「その後は牛乳に砂糖を匙二杯程度入れてまぜて頂戴」
入れる順番は絶対おかしいと思うけれど、分量が分からないから今はこれでいい。
前世のものとは形が違うけれど、泡だて器らしきもので料理長は私が指示する通りに作業を進めていく。
「砂糖が混ざったらバターを加えてまぜて、それから少しずつ小麦粉を入れて混ぜていって」
「小麦粉をですか?」
「いいから、少しずつ、とろりとしてくるくらいになるまで入れて」
前世はホットケーキミックスばかり使っていたから、ちゃんとした分量は覚えていないのがあれだけど、なんとなくクレープ生地は出来たみたいに見える。
本当は少し休めないといけないけど、今回は省略するとして、あとは焼きだ。
「これを薄く丸く焼いて、勿論料理長の腕ならできるわよね」
「薄く? やってみます」
料理人魂に火がついたのか、料理長は不満な様子もなく私の指示に従い鉄板のようなものを竈の上に置くとその上に油を塗る。
「これで焼くの?」
日頃は大人数分の肉とか魚を焼くのだろうし、鉄板なら一度に何人分も焼けるのかもしれないけれど、少人数の時はどうしているのだろう。
「はい」
「一人分の時はどうするの?」
「ここで一人分だけ焼きます」
それはだいぶ使いにくそうに思えるけれど、今はいいことにする。
「これが熱くなったら生地を丸く広げて、なるべく薄くよ」
「畏まりました」
「焦げない程度に焼き色がついたらひっくり返しなさい。一枚上手く焼けたら生地があるだけ同じ様に焼いて」
順調に焼いている料理長を見てから、次とばかりに私の様子を不審そうに見ている料理人に視線を向ける。
「お前、柑橘系の果物は何かある?」
「ございます、すぐにお持ちいたします」
慌てて料理人が持ってきたのは、大人の男性の拳ほどの大きさをしたオレンジっぽい色の果物だった。
「これの皮は苦いの? 果汁は」
「皮は肉料理の香り付けに使います。果汁は搾って飲み物にいたします。どちらも苦みはあまりございません」
「では、それの皮をよく洗って剥いて細く刻んで、果汁と共に少しの蜂蜜と煮てとろりとさせて頂戴。仕上げにバターを落として溶かして」
これで伝わるだろうかと不安になりながらみていると、料理人は果物の皮を刻み果汁を搾り小さな片手鍋で上手に煮始めた。
「そうそう、そのくらいまで煮詰めたらいいわ」
「王女殿下、全て焼き上がりました」
「それは折りたたんだものを三枚程度お皿に盛りつけて、その上からそちらの果汁を煮詰めたものをかけて」
「えっ、か、畏まりました」
料理長が動揺しながら盛り付けるのを見届けながら、厨房の隅にあったテーブルへ移動し椅子に腰を下ろす。
「お待たせいたしました」
「いい香りね。……うん、美味しいわ」
料理長がクレープを盛った皿をテーブルに置きフォークとナイフを添える。
食事作法の模範になれそうな美しい所作で、クレープを一口サイズに切り口に入れると、オレンジもどきの爽やかな酸味と香り、それから蜂蜜の甘さが口の中に広がった。
クレープは適当分量でも、もちもちしていて美味しく焼き上がっている。
時々香ばしい焦げ目があるのも良い。
前世のクレープシュゼットにはちょっと遠い気がするけれど、それでも美味しいクレープだ。
ただ熱すぎて舌を火傷してしまったのは、誤算だった。日頃は毒味後の冷めたものを食べているから熱々に慣れていないのだ。
「あなた達が食べるのを許します。正直な感想を言いなさい」
ヒリヒリする舌の痛みを我慢しながら、厨房の中を見渡す。皆が興味津々で私を見ている。
「私たちが食べてもいいのですか!」
「味を知らないと作って失敗か成功か分からないでしょう。食べて味を覚えなさい」
私の命令に、料理長と料理人を遠巻きにしていた厨房の人達が集まってくる。
そして、メイドまで一緒にクレープを食べ始めた。
「これは、なんという香りの良い食べ物なのでしょうか、オレンミーカの酸味と蜂蜜の甘さがとても良いです!」
「この薄く焼いた生地は、卵の味がよく分かる甘味は殆どありませんがとても美味しいです」
「いや、これは甘くないからこそオレンミーカのタレが際立つのだ」
オレンミーカというのは、あのオレンジもどきの名前だろうか。
分からないけれど、私はいつの間にか完食していた。
「料理長、作り方は覚えたかしら」
「はい、分量もある程度把握いたしました」
「生地は小麦粉に液体を混ぜる方がいいかもしれないわ。上に掛けるものは他の果物でもいいけれど、果物の香りを殺さない程度に砂糖を控える方がいいわ」
真剣な顔で聞いているから、これなら上手くいくだろうと確信する。
「もう一度作って、王妃殿下に私からだと届けて頂戴」
「畏まりましたっ!」
最敬礼した料理長と料理人達に見送られて、私は自室に戻ると湯浴みを始めた。
「治癒」
自分の舌に治癒魔法をかけると、すぐにひりつく痛みは消えてしまう。
私はいつも髪と体を洗う以外は、人払いして湯船につかるから今浴室には私一人だし、防音魔法もかけているから声を聞かれることもない。
「治癒魔法って、神聖魔法なのよね」
神の力を使うから神聖魔法と名前がついているけれど、私にしてみたらただの魔法だ。
今まで怪我するなんてことなかったから、使ったとこが無かったけれど治療すると意識するだけで多分無詠唱で使えると思う。
「浄化」
綺麗に見えるけど少し薄汚れた感もある天上に向かい、一部分にだけ浄化の魔法をかける。
するとそこだけ新品みたいになったから、全体に浄化の魔法をかける。
「うん、綺麗ね。浄化も使えると」
その他の神聖魔法も使えると思うけれど、今はそれを試しようがない。
何せ神聖というくらいだから、穢れを祓うとか場を清めるとかそういう魔法が多いのだ。
「神聖魔法は、私が使えるようになったと分からせる必要があるから使ってみせるけど、他の魔法はどうしようかしら。アイテムボックスは使えるとアピールした方がいいかな。たしかマジックバッグはあってもアイテムボックスのスキルみたいなものは無いらしいし」
神が私に特別に与えてくれた収納スキルだと、そういうものを見せるのもいいかもしれない。
それに、収納スキルは使えるスキルだ。
「多分収納力は無限、ついでに時間停止できる」
そんなのゲームの世界では特筆する必要ないくらい、当たり前の機能だった。
ゲームやっていて、アイテムが収納に死蔵されるなんてあるあるな話だし、食料いつ入れた奴だったか分からないなんてのもあるあるだった。
対象物に触れなくても収納できるし、アイテムリストから検索して取り出すなんてことも出来るし使えてしまう。
前世の私の経験が、今の私に生きているってやつだ。
「王女殿下、王妃殿下が今からであればお会いになれるそうでございます」
「あら、ではすぐに用意するわ」
これからのことを考えていたら、浴室の外からメイドの声がした。
慌てて湯船から出て、適当に髪の湿り気を魔法で飛ばす。これで、びしょぬれではない、湿った感じの髪になった。
私の部屋からお母様の部屋に行くまでには、あらかた乾くだろう。
「魔法って便利よね、隠さなくていいならもうどんどん使っちゃおう」
魔法を好き放題使っていたら、いらぬ誤解を生むだろうと今までは隠していたけれど、もう止めた。
私はご機嫌に浴室を出て、窮屈なドレスに着替えるとお母様の部屋へ急いだ。
※※※※※※
「まあ、ミラルーカ、お化粧もしないで」
「お忙しいお母様のお時間を無駄にしないように、急いだのですわ」
挨拶もそこそこにお母様に叱られる、そんな十三王女の私です。
「あなたは全く。それで急ぎの話とは?」
「はい、ご存知だと思いますが、今回もお見合いは断られてしまいました。申し訳ございません」
お母様の反応からまだクレープは届いていなさそうだと判断して、まずは見合いのことを話し始める。
「はぁ、今回もなのね、仕方がないわね。そう……断られたのね」
私の顔を見て、お母様は大袈裟に肩を落としため息を吐く。
私は口だけの謝罪をした後は、それを冷ややかに見つめるだけだ。
「はい」
「それで、話はそれだけ?」
ここで、はいと言えばお母様は部屋にお帰りと言うのだろうと思いながら、首を横に振る。
「お母様に重要なお話がございます」
クレープが目の前にあった方が早いけれど、違うのなら他のことで印象つける。それは想定内だ。
扉のところに立っている女性騎士の一人に視線を向けて、ちょいちょいと指を動かして呼ぶ。
普通なら騎士は廊下に立って護衛しているもの、なのに私がいる時はお父様もお母様も部屋の中に騎士数人を立たせている。勿論部屋の外にも騎士達が何人も立っている。
大袈裟なほどに、私を警戒している。
アラン兄様にもそうだったと、彼は国を出る時に私に打ち明けて去っていった。
『誰にも何も恨みはないし策略もないのに、いつか何かするかもしれないと疑われるならそうしてやろうかと何度か本気で考えたこともあるが、俺はもう一抜けすると決めたんだ。ミラルーカを置いて逃げてすまない』と私に謝って、遠い国に行ってしまった。
おとぎ話なんて所詮おとぎでしかない。
幼い頃そう言われ私はそのつもりで育ったのに、両親はおとぎ話は実は史実だったとでも言うように、自分の近くに騎士を置く。
アラン兄様はこの仕打ちに心が折れたのか、それとも何か切っ掛けがあったのかそれは分からないけれど、もうこの国にいたくないと考える何かがあって一人で遠くに行くと決めたのだろう。
相談してくれれば、一緒に逃げたのに。なんて思うけれど、結婚相手は可愛い人らしいから、アラン兄様には幸せになって欲しい。
「王女殿下お呼びでしょうか」
「私が使うとお母様が驚くでしょうから、お前が私の腕を切りなさい」
笑顔のまま、袖をめくり上げて腕を出す。
このために袖にボタンのないめくり上げやすいドレスを選んできたから、私の腕はすぐに見せられる。力仕事なんてしたことのない、細く頼りない腕だ。
「申し訳ありません、私は耳がおかしくなってしまいました?」
「ミラルーカ?」
戸惑う騎士とお母様、部屋の隅に控えている者たちも戸惑っている。
「命令よ。早くして」
笑顔でそう言うと、部屋の中にいた騎士がお母様の前に私から守るように立つ。
素晴らしい反応だと思う、それが私に対しての警戒でなければの話だ。
「私は、お母様を切れとは言っていないわ。お前早くなさい。お母様に神の御業を見ていただくのですからね」
誤解なのに、誰も警戒を解かない。
酷く傷つくけれど、慣れているから笑顔は崩さずに命令する。
「王妃殿下」
「何を考えているのか分からないけれど、神の御業などと大層なことをいうのだから、叶えてあげなさい」
お母様は冷静を装っているけれど、目が動揺して警戒している。
この目は、私を最大限警戒している。実の娘なのに、そういう目で見るのだ。
黙って消える方法もあるのにこんなことをするのは、意趣返しと言う奴だ。
嘘で固めて、何もしていない私とアラン兄様を疑い続けていた皆へ、失意と後悔を爪の先程度でも与えてやろうと思った故の行いだ。
「動かずにいてください」
王妃殿下の命令で、決心したように騎士は剣を抜き私の腕の上に刃先を滑らせる。
「ミラルーカ、これで満足? それで、神の御業とやらはいつ見せてもらえるの」
「ええ、王妃殿下。今すぐに」
私を疑うこの人を、私は母親だなんてもう思うのは止めて、にやりと笑う。
よく研がれた剣、普通ならこんな程度で切れないのかもしれないけれど、私の柔肌に赤い血の線が出来て、赤い雫が床に落ちて豪華な絨毯にシミを作る。
「治癒」
王妃殿下に見せつける様に、傷の上に反対の手をひらひらとかざし治癒魔法を発動する。
「まさか」
「そんな、王女殿下が治癒魔法を?」
一度の魔法で傷は綺麗に癒えたけれど、腕には赤い血はそのまま残っているから「浄化」の一言で綺麗にして「ああ、床も汚れてしまいましたね」と今度は無詠唱で浄化を使う。
「そんな、ミラルーカ。あなた」
「神の御業です」
「神聖魔法、それを使うには神力が、それに神聖魔法は長い詠唱が必要で、でも治癒と浄化」
混乱している人を見るのは愉快だ、こんなのありがたくもなんともないただの魔法なのに。
神の力でもなんでもない、これはただの魔法だ。
でも、私はこれからの自分のためにさも本当のように嘘を吐く。
「神はこの国に試練を与えましたが、この国は試練を乗り越えられませんでした」
「試練?」
「おとぎに惑わされず十三番目の子を疑い警戒することなく、皆が愛し大切にするなら、この国は永遠の富と幸せを得る。そのための試練です。国王陛下の子が今までの王家の歴史の中でも類をみない人数であったのは、神の力によるものだったとか」
妻が三人で、子供が二十三人。殆ど年子で毎年毎年子供を生んでいったなんて、医療が進んでいた前世でも難しいことだ。
母体が常に健康で、安産で、赤ん坊は健康に生まれすくすくと育つ。ただの風邪が重症化して亡くなるのも珍しくない世界で、二十三人の子供は皆が元気に成人している。
私が言った神の力は嘘でも、お金をかけて子育てできる王家の子供でも、あまりにも多すぎる数だ。
「神は試しのため、すべての子供を健康に育つよう守りました。十三番目の子の試しをするために」
嘘をさも本当のことのように言う、私とアラン兄様は神の試しの子だった。
おとぎ話があっても、子供を差別することなく大切に愛するか。それが神の試練。
だけど、この国の人は、私とアラン兄様の両親は、兄弟は、周囲の人々は。
十三番目の子は私かアラン兄様だと誰もが思い、あれはおとぎ話だと言いながら警戒し、一線を引いていた。
私たちは虐げられはしていなかったけれど、警戒は常にされて決して心を開いて付き合おうとはしてくれなかった。
「何を言うの、お前を愛していないわけでは」
「私がいる時だけ騎士が部屋の中で王妃殿下や国王陛下を守り、私がおかしなことを言ったらすぐに騎士がお母様を守るために動くのに?」
「そ、それはっ!」
「民は私を嫌っているから外向きの公務は私にさせず、外交の席にも出すことはなかった。姉も妹達も国交のため外に嫁いでいったのに、私は国内貴族と見合いをさせて、断っても良いと許可まで与える始末」
「それは」
なにも言えない王妃殿下は、下を向いてしまった。
ちらりと見れば、騎士達もメイド達も視線をそらすだけ。
「聞いてしまったのですよ。私が他国に嫁いでこちらに牙を剥かない保証はないと、国王陛下が大臣達に言っているのを。王妃殿下が貴族夫人に形だけの見合いでいい、断ってもいいと言っているのも全て聞いていたのです」
私は魔法で遠くの声でも拾えてしまうから、嫌な気持ちになるなら聞かなければ良いのについ聞いてしまったのは子供の頃だ。
まだ自分がなぜ皆に遠巻きにされるのか、理由が分からなかった頃の話だ。
そこで傷ついて止めれば良かったのに、私は何度も周囲の声を集めて、沢山の兄姉弟妹が私にだけ近寄らないようにしていると気がついた。
前世の記憶があるから、皆はおとぎ話を信じているのだから仕方がないかと諦めて、好き勝手に生きればいいと自分を慰めた。
私は悪くない、十三番目の王女に生まれただけだと自分に言い聞かせ、似たような扱いを受けているアラン兄様に親しいものを感じていたのに、彼はさっさと一人だけ逃げる道を作ってしまったのだ。
いっそ修道院に向かわせるとか、離宮に閉じ込めるとかしてくれたらいいのに。
それをせずに、無駄な見合いを思い出したように時々させては相手に断らせる。
私にはなんの価値がないから何度お見合いしてもこうなるのだから、おとなしくしておけと言わんばかりに、王妃殿下は私の見合いが失敗するたび私の前でため息を吐いて終わるのだ。
「試しの機会は、私とアラン兄様それぞれにあったそうです。アラン兄様は国内で結婚し子が生まれること。そして私は十三回の見合いの中で誰かが私と添い遂げたいと願うこと」
私の話に、部屋の空気が皆の失意に染まっていく。
アラン兄様は遠い国に婿入りしたし、私は今日十三回目のお見合いを断られてしまった。
王妃殿下が『遠慮なく断ってくれていいの、あの子に自分は何の役にも立たなくて力のない王女だと自覚させるためだから』と相手の母親に言っていたお見合いだったから、彼は私に挨拶をしただけで早々に断りの言葉を口にして部屋を出ていった。
おとぎ話のことが無かったとして、本当に私に人望がなくて国の役に立てないのだとしても、母親なら娘が悲しむ見合いを自ら用意するなんて、そんなことたとえ平民の親だってしないだろう。
普通の親であれば娘が健やかな日々を過ごすことを望み、結婚後の娘の幸せを望んで相手を吟味するはずだ。
「今日のお見合い」
ゴクリと唾を飲み込んだ後で、王妃殿下が恐る恐る私に確認する。
「今日が十三回目のお見合い、つまり神の試しの最後の見合いでした。彼は挨拶もそこそこに見合いを断り部屋を出ていってしまった。王妃殿下がそれを許していたからです、だからこそ神は私を憐れみ、今日私に力を授けてくれたのでしょう」
私の返事に、王妃殿下も彼女の前に立つ騎士もメイド達も息を呑む。
嘘だけど、試しの機会はもう終わったのだと、皆が自覚したその時扉を叩く音が響いた。
「入りなさい」
誰か分からないだろうに、王妃殿下は入室許可を出す。
王妃殿下がいつになく動揺しているのが、おかしくってたまらない。
「失礼致します。十三王女殿下のご指示で新しい菓子を作りましたのでお持ち致しました」
料理長が恭しく部屋に運んできた、それはオレンミーカの爽やかな香りがするクレープシュゼットもどきだ。
「十三王女が」
「はい、これは菓子の革命です。王妃殿下におかれましては、今までの菓子とは全く異なる新しき味と食感をお楽しみいただけるかと」
料理長は自信満々にそう言うと、料理長の後ろについて入ってきた毒味係りがすぐに食べられるように準備を始める。
「お前が菓子を?」
「その知識も力と共に得たものですわ」
にこりと笑うと、面白いように皆がビクリと体を震わせる。
「王妃殿下、毒味を始めます」
「い、いいえ、毒味は不要よ!」
見た目にも新しい菓子だと分かるのだろう、毒味係りが興味津々の顔で宣言すると、王妃殿下が慌てて止める。
神から授かった知識で作った菓子と聞いて、毒を疑うのはマズイと考えたのかもしれない。
でも、作ったのは神ではないのだから、王妃殿下が毒味を止めないのはどうなのかしらね。と私は意地悪い気持ちで思う。
「いただくわね」
笑顔で私にそう言うと、王妃殿下はクレープを一口分切り分けて口に入れる。
「なんて香りの良い。こんな優しい甘味の菓子など今まで見たことも食べたこともない」
王妃殿下は夢中で食べていく、こんな姿誰も見たことがないだろう。
お菓子は好きではないと言っていた人が、あっという間に全て食べてしまったのだから。
「素晴らしい味でした。今日の晩餐に是非陛下にも召し上がっていただきたいわ」
「畏まりました。それでは失礼いたします」
ご機嫌で空になった皿を持ち部屋を出ていく料理長と毒味係り、部屋に残ったのは名残惜しそうにそれを見送る王妃殿下と、困惑して私と王妃殿下を見ている者たちだ。
「あれが神から授かった知識で出来たというのは納得できます。未知の味でした」
神聖魔法より、未知のお菓子を作らせた方に神の御業を感じたかもしれない。
私が一度も厨房に入ったことがないのも、菓子の作り方どころか果物の皮を剥いたことすらないのは誰もが知っているのだから。
クレープを食べた後で、王妃殿下が私を見る目が変わった。
使えない娘から、実は使えそうな能力がある娘に変わったのだ。
「そうでしょうね、残念なことです」
「残念?」
「神は私に旅立ちを命じました。人を癒やし、人に甘味で幸いを与える旅です」
どんな旅だと、自分で自分に笑う。
でも神の命令を理由にしたら、私は堂々とこの城とこの国を出ていける。
逃げるのではなく、追い出されるのでもない、私は堂々と使命を持って出ていくのだ。
「神はこの国を出て、神の導きのまま私に一人で旅をせよと仰せでした」
「この国を出る? 一人で旅を?」
「はい、十三番目の子を愛さななかったこの国と王家から離れて生きよと。試しの機会は終わったのだから、知らぬ土地で幸せを見つけよと」
世間知らずだけど、それでもこのお城で生きていくよりきっと外の世界の方がマシだ。
今日のことで十三番目の子供が親を殺す、そんな疑いをもたれることはなくなったのかもしれない。
でも親殺しになるかもしれない役立たずから神の使徒に変化した私に、態度を変える人を見ながら生きるのなんて、楽しくもなんともない。
それなら人の目を気にせずに生きて、旅の途中でのたれ死んだ方がマシだ。
「試しの機会は終わった、本当に神はお前にそう言ったというの?」
「ええ、私は世間知らずの王女ですが、この国に留まらず旅をせよと」
私の返事に、王妃殿下の顔が青くなる。
王妃殿下の目か見て、使えそうな娘に変わった私をどう使おうかと計算し始めていたのだろうけれど、私が使われてやるつもりはないと悟ったのだろう。
無理強いは出来ない、神の言葉がある。
十三番目の子を大切にしていたら、この国は永遠の富と幸せを得たと私は言った。
嘘だけど。
これから私がこの国から出て、何かある度に王妃殿下も国王陛下も私の言葉を思い出すことだろう。
天候不良で農作物の不作が続いても、流行り病が出ても、国交に問題が起きても、あの時私やアラン兄様を他の子と同じ様に愛していればと後悔するだろう。
別に悪いのは国王陛下でも王妃殿下でも、この国の民の誰でもない。天候不良も不作も流行り病も、国交の問題も、起きる時は起きるしそうでない時もある。
でも、これから何か問題が起きる度に皆は思うのだ。
おとぎ話なんて信じなれけば良かったと。
「私は旅支度をしてすぐにこの国から離れます」
立ち上がり、皆の顔を見渡す。
「私に当てられていた予算や、私の部屋にあるものは全部、例えばドレスや宝飾品や本や置物などはいただいても?」
「も、勿論よ。あなたが神のお告げで旅立つのだもの。全て持っていきなさい。その他になにか望みがあるなら……」
「それでは、宝物庫にある魔道具をいくつか」
何があるかなんて、知らされてもいないけれど私は知っているんだよね。
中にこっそりと入って鑑定したことがある。
「宝物庫?」
「旅に必要だと、神が教えてくださいました。姿を変える魔道具、野営を安全に行える小さな家、どれだけ歩いても疲れない魔法の靴の三点です」
姿を変える魔道具と靴はともかく、野営を安全に行える小さな家というのは気軽に持ち運ぶことは出来ない大きさのものだ。見た目は前世の漫画の白い犬が暮らしていた赤い屋根の犬小屋に似た形、でも大きさは二頭立ての馬車くらいはある。
「宝物庫に家、家というなら持ち運べないのではないかしら」
「そのための力も頂きましたのでご心配には及びませんわ」
私を心配する振りをする王妃殿下に、私は微笑んで私の腕を切った剣に手をかざしアイテムボックスに収納する。
「王女殿下、今のは」
「あなた何をしたの?」
「力をお見せしただけです。返すわ」
ぽんっと両手のひらの上に剣を取り出して見せると、皆がそろって驚きの声を上げるからついつい笑ってしまう。
「そこまで驚くことでしょうか」
「驚くなと言う方がおかしいわ、今のは何をしたの」
「非力な私が沢山のものを持ち運べるように、神が下さった力をお見せしました。それでは私は旅の用意がありますので、失礼いたします。宝物庫の件は王妃殿下から国王陛下にお許しを頂いてください。ああ、それから旅装も必要になりますので、王妃殿下から娘への最後の餞として魔法使いのローブと歩きの旅に耐えられる服を一式お願いします」
それだけ言うと立ち上がり、部屋を出た。
あまりのことに動揺したのか、誰も私について来なかったから、気分良く一人で部屋に戻る。
「ドレスはいらないけど何かに使えるかもしれないし、最悪売れるわね。役立たずでも王女のドレスだもの良い布を使っているし、宝石だってついてるわ」
旅装は王妃殿下にお願いしたから、用意はしてもらえるだろう。
さすがにそういう用意は自分でできないし、物語みたいにドレスを着たまま町の服屋に飛び込んで着替えるなんて現実では無理だ。
「凄いわ、なんでも入れられるのね」
腐っても王女、いや腐ってないけど、王女の私の衣裳部屋の中のもの全部入れてもまだまだ入る、私のアイテムボックスの壊れ性能に自分でも呆れながら、宝飾品、本、靴、刺繍道具をしまっていく。
着飾るより本を買うのを望んでいたから、私のものは宝飾品より本の方が多い。
学ぶのを良く思われていなかったから、小説的なものや童話、貴婦人が好みそうな詩集が多いけれど、こっそりと城の図書室から持ってきた旅の話や魔物や薬草全集、錬金術の教本なんかもある。
「疑うくらいなら、上手く使えば良かったのにねえ」
誰かに頼られることなんてなかったから、お願いされたら私はホイホイと協力したと思う。
力をつけたら何かをするかもと疑うよりも、味方につけたら良かっただけだ。
私の力になってと頼まれたら、私は永遠に王妃殿下の一番の味方でい続けただろう。
だけど私はただの一度も王妃殿下に何か頼まれたことなんてなく、それどころか頭を撫でてもらったことも愛していると言われたこともないのだ。
「ああ、私疑われ続けたのが嫌だったんじゃなく、一度でいいから姉様たちみたいに私を娘として見て欲しかっただけなんだわ」
ドレスを仕立てる相談をしたり、宝飾品を選んだり、そんなことすら一度も無かった。
姉妹で一緒に刺繍をしたり、詩を読むこともなかった。
庭を歩くことも、薔薇を愛でることも、何もなかった。
「私がお願いしたら良かったのかしら。……そうしたら」
信じて欲しい、疑わないで欲しい。愛して、離れないで、側にいて。
そう願って言葉にしたら、誰かが私を信じてくれたのだろうか。
「あれはただのおとぎ話だといいながら、疑ってきた人たちが私の願いを叶えてくれるわけないわ」
馬鹿な話だと、他人なら言える。
おとぎ話はどこまでいってもおとぎ話でしかないと、関係のない人ならきっとそう笑って言える。
でも両親も兄弟も誰もかれも、そう言いながら疑っていたのだから、あれはもう呪いみたいなものだ。
「私に神のお告げがあったというのも簡単に信じたのだから、昔からあるおとぎ話を信じるなんて簡単なことよね」
前世の私なら、信じるなんて馬鹿みたいだと笑えるけれど、魔法があるこの世界なら神のお告げは本当にあるものだと信じられることなのだろう。
目に見えないものを本当だと信じてしまう人達だから、おとぎ話だって事実になるかもしれないと盲目的に信じてしまうのだろう。
「私もアラン兄様も、十三番目に生まれただけなのにね」
馬鹿みたいだと笑って、私は空っぽになった衣裳部屋を出た。
私室で持って行くものを選んでんでいると、宝物庫に入る許可が出たと知らせにメイドがやって来たから宝物庫で希望の品を受け取ってアイテムボックスにしまうと、宝物庫の番人が腰を抜かしてしまった。
家を持ち運べる力を授かったと伝えてあっても、目の前でそれを見せられると驚くものなのかもしれないと思いながら部屋に戻ると、テーブルの上に旅装一式が用意されていた。
「凄いわね、言ったその日に用意されるとは思わなかったわ」
丈夫そうな布で作られた飾り気のないドレスとマント、それに魔法使い用のローブだ。
その上に金貨、銀貨、銅貨が詰まった革袋と、一枚の地図と身分証、それと手紙?
「……今更だわ」
そんなつもりは無かった。見合いは私の幸せを考えてのことだった。
手紙はそんな言い訳ばかり、一度も私を愛していたとも大切な娘だったとも書かれてはいなかった。
「よし、思い立ったら吉日って言うし、もう出よう」
着替えてから革袋と地図をアイテムボックスにしまうと、便箋を折りたたみ封筒に戻して封筒に『神の導きに従い、今日出ていきます』とだけ書くと身分証と共にテーブルに置く。
私の名前と王女の身分を書いた身分証なんて、これから先は邪魔なだけだ。
靴はさっき宝物庫から貰って着たもので、あとは用意されていた旅装だ。
「転移って出来るかしら。試しにさっきの庭」
思い浮かべると、すぐに景色が変わる。
「知らない場所にもできるかしら。うーん、町の中、いいやいっそ王都の外から少し離れた人気のない場所」
地図を出して考えて、転移をする。
見事に人はいない、けれど王都の外なのかどうか分からない。視界に入るのが木と雑草しかない。
「どこよ、ここ」
分からないまま歩いて、用意が悪いことに何も食料を持ってきていないと気が付いた。
「私馬鹿じゃないの。ええい、どこか町の近く」
あまりにも衝動的すぎる旅の始まりをしてしまった自分に呆れながら、再度転移すると少し離れた場所に素朴な石造りの門が見えた。
「身分証置いて来たけど、大丈夫かしら」
王女の身分を証明したものを持っていて、この姿で使えるかどうか分からない。
それならいっそ身分証を無くしたと言った方がマシな気がする。
「冒険者登録ってやつをしてから王都を出るべきだったかしら、もしも駄目なら一度王都に戻ろう」
魔道具で姿変えをして、持っている中で一番地味に見える鞄に銅貨の入った革袋と本を一冊と下着詰めてから両手で鞄を抱え門に近付く。
「あの、身分証が無いのですが、中に入れますか」
人畜無害な顔で門番に尋ねる、色を魔道具で変えただけで今の私はちょっと世間知らずないい所のお嬢さんに見えているはずだ。
「銅貨五枚で入れはするが、身分証は落としたのか」
「はい」
「そうか、ここから王都に行くなら身分証がないと入れないから、冒険者ギルドに登録した方がいいな」
この町は門番の確認がザルだけど、王都は違うと……ふむふむ。
「ありがとうございます。銅貨……五枚です」
銅貨を門番に渡して中に入る。
王都の町は馬車の中から何度も見たことがあるけれど、自分の足で町を歩くのはこの世界で初めてのことだ。
「わあ、ドキドキするわ」
門番に教えられた冒険者ギルドの扉を開きながら、私は今まで感じたことのない緊張とワクワクを胸に中に足を踏み入れる。
前世のアニメなら、私の旅はここから始まる。って感じだ。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか」
受付に座る女性が笑顔で私に話しかける。
「冒険者登録をしたいのですが」
「畏まりました。ではこちらにお名前を書いてください。登録料は銀貨三枚です」
受付嬢の説明を聞きながら、名前をルーとだけ書いて銀貨を三枚カウンターに置く。
これから私は魔法使いのルーだ。
冒険者の魔法使いになって旅をして、まずはアラン兄様のところに会いに行こう。
もう私は、十三番目の王女なんて忘れてしまう、おとぎ話なんてただのおとぎ話なんだから。
長い長い旅をして、アラン兄様に再会して嘘の神のお告げを伝えると、王女と結婚したアラン兄様は私の前で大泣きしながら私に謝罪した。
自分だけ逃げてごめん、辛かったのは自分だけじゃなかったのに。と泣くアラン兄様を見て、人生二度目の私だってキツイと思ったのだから、ちゃんと子供だったアラン兄様は私以上に辛い王子時代を過ごしたのだろうと今更ながらに気が付いて、私の方こそ気遣ってあげられずにごめんなさい。と謝った。
二人で謝罪合戦をしているのを、アラン兄様の妻は「銀色の髪と目の夫は尊いけれど、金色の髪に銀の目の妹様も同じく尊い」と微笑んでいて、彼女の膝にはアラン兄様と同じ色の女の子が座っていて、泣いている兄様の膝には妻と同じ色をした男の子が座っている。
アラン兄様は、この国で自分の家族を手に入れたのだ。
そう思ってから、私たちは祖国に家族がいたのに彼らを家族だとは思っていなかったのだと、気が付いてしまった。
「アラン兄様は、家族を得たのですね」
アラン兄様はどう思っていたか分からないけれど、私は彼らを家族だとは思っていなかった。
王族の家族への思いなんて前世とは違うのは分かっているけれど、それでも今世の私はそうだったと考えながら言えば、アラン兄様は膝の上に座る子の頭を撫でながら小さく頷いた。
「アラン兄様、話をした通り今の私はある意味神の使いなのです」
「そうだな」
「兄様の子供達に祝福をしてもいいでしょうか」
神の使いは嘘だけれど、私は神聖魔法が使えるしその魔法の中には神の守りというものがある。
名前は大袈裟なものがついているけれど、体が少し丈夫になってちょっと運が良くなる程度のまじないがかかるだけだ。
ただし魔力の込め方で、まじないの効果時間が変る。
「ぜひお願いしたい」
「では、お二人ともこちらに並んでください」
そう言うと、アラン兄様夫婦は子供と共に私の前に立つ。
「……健やかに育ち、幸いを。神の守り」
子供達の額にそれぞれ指先で触れて、美味しいものを沢山食べて幸せに生きて欲しいと願いながら魔法を発動するとキラキラした銀色の光が子供達だけでなくアラン兄様と妻を包むこむ。
魔力を込め過ぎただろうか? 鑑定すると、子供達だけでなくアラン兄様たちにも神の守りの効果がかかっているのが見えた。
「きらきら」
「わああ」
「銀色の光……なんて尊い光なのでしょう」
「凄い、こんな祝福を……ありがとう」
無邪気に光を喜ぶ子供達に愛しい気持ちが湧いてきて、私の心があたたかいもので満ちていく。
「アラン兄様、幸せでいてください。家族と共にずっとずっと幸せでいてください」
「ありがとう。ミラルーカも幸せに」
「はい」
頷いて、一度アラン兄様を抱きしめてから私は転移魔法を使い外に出た。
私が家族を得ることはこの先あるのかどうか分からない。
それでも、私が幸せを願う人達がここにいるのだと、それが知れただけで十分だと思えた。
それから私は旅を続けた。
小さな町に長く暮らしたり、また旅をしたりしていると、捨てた国の噂を聞くことが幾度もあった。
国は衰退することもなく、かといって大きく栄えることもなかった。
ただ、私が国を出てしばらく経った後で、国王陛下が病気療養のため王位を王太子に譲ったと知った。
国王陛下と王妃殿下は、離宮に居を移しひっそりと暮らし始めたのだという。
離宮での暮らしの中で、二人は朝に夕に祈る姿を使用人たちは見ていたけれど、それは何に対しての祈りなのか、それは誰にも分からなかったという。
「祈りに意味なんてないわ、私がそれを知っても何も思わない」
国から遠く離れた私にそんな情報が届くのは、誰かが意図してそれを流しているからなのだろう。
私の親だった二人が祈りの日々を送っていることを、私に知らせる意味なんてないのに。
冷ややかな気持ちで旅を続ける私の耳に、ある日王妃殿下の訃報が届いたけれど、私が彼女の安らかな眠りを祈ることは無く、ただ最後の王妃殿下の顔を思い出すだけだった。
それから後も私は旅を続け、王女ミラルーカではなく魔法使いのルーという名前の方が自分に馴染んで来た頃漸く終の棲家を持とうと思える村を見つけた。
「ルー、俺は薬を作るしか能がない男だけが、一緒に生きてくれないか」
「あなたが薬を作るしか能がないなら、私なんて魔法が使えるだけだけど、それでも一緒に生きてくれるのかしら?」
愛想がない男は私の前でだけ少し笑う、私は彼の前でだけ魔道具の効果を解いて元の姿に戻る。
ドレスも宝飾品も必要のない暮らしの中で、私は誰の目も気にすることなく生きる幸せを嚙みしめる。
生まれた国から遠い遠いこの村で、私はやっと家族を得たのだった。
終わり
最後がちょっとグダグダすぎましたね。
読んでいただきましてありがとうございます。




