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STORY 7



喫茶店の仕事が終わり数時間後、バーのフロアーに立っていた俺の前に驚きがあった。

如月きさらぎ・・・店長・・・?」

居るはずのない如月がフロアーで接客をしている。

呆然としている俺の横に、佐伯が近付き、苦笑交じりに俺の頭に手を置いた。

それだけで、ドキリとしてしまい戸惑う。

「急にまさきが来れなくてフロアーが大変って話したら“あれ”だ」

その言葉が嬉しそうに聞こえて、胸がきりきりと痛んだ。

あぁ、やっぱり俺の憶測は間違っていないと知らされているようで、落ち込む。

1度落ちてしまったけれど、頭を振り下っぱら辺りに力を込め笑顔を作った。

「如月さんが居てくれると、俺なんだか心強いです」

そう言って佐伯の顔を見た。笑顔であろうと思っていた佐伯の顔が、しかし不思議に歪む。

あれ?と思った時には、もう元のきりっとした顔に戻っていた。

見間違い?と思ったけれど妙に胸に引っかかる。疑問があったけれど、其れを口に出せる程、俺は図太くなかった。

再度自分に気合を入れ、佐伯から距離を取る。そうして忙しいフロアーの仕事に入って行った。



「因幡くん、だいぶ板に付くようになったね」

ふと客足が遠のいた時、如月が近付いて来て、そんな事を言った。

「いや、まだまだです。・・・バイト期限のもう半分に近付いて来てるのでもっと頑張らなくちゃと思ってるんですよ」

笑顔を作りながら告げると、如月は綺麗な笑顔を湛えた。

「そうだね、あっという間だね。因幡くんは良く頑張ってるよ。仲間とも仲良くなっているみたいだし。・・・ねぇ因幡くん」

急に笑顔を引っ込め呼ばれる。

俺は何故だか居住まいを正し、そんな如月の顔を見た。

「はい?」

俺の返事に一拍を置き、口を開く。

「・・・夏休みが終わってもここのバイト、続ける気はない?」

驚いて、思わずしげしげと如月の顔を見た。

「初めは大丈夫かな?って思ったけど、因幡くん客受けも良いし、真面目だからこのまま一緒に働けたらいいんだけど」

ますます俺は言葉が出てこなかった。その時、店の入り口が開き、客が来た事を告げる。

如月はスマートな動きでメニューを手に取り、そうして俺を振り返った。

「ちょっと、考えてみてよ」

そう言い残すと、新しい客の元へと歩いて行ったのだった。



次の日も、又次の日も、なぜだか柊は仕事を休んでいる。佐伯にそれと無く理由を尋ねても、言葉を濁すだけだった。

そうして人手不足の為、如月は俺と同じように昼夜を“ Beach Sound ”で過ごしている。

「あの・・・大丈夫ですか?」

住み込みの部屋で、俺は如月の為に珈琲を淹れていた。日に日に顔色が悪くなる如月に、部屋を使ってくれと言ったのは自分だった。

「う~ん・・・。因幡くん、この珈琲美味しね」

手渡した珈琲に口を付け、誤魔化される。ぐったりとソファーに身体を沈めている如月は、明らかに具合が悪そうで、俺は付け置きの戸棚からビタミン剤を出した。

「気休めでしかないかもしれませんが、飲んで下さい」

ビタミン剤が入っている瓶を手渡すと、青白い顔を綻ばせる。

「ありがと~、ごめんね?気を使わせちゃって」

如月は身体を少し起こし、ビタミン剤を大人しく口の中に放り込んだ。そのまま再度ソファーに沈むと、その瞳を閉じる。瞼に浮かぶ血管が痛々しく感じた。

顔色の悪い如月に、初めベッドを使ってくれと伝えたが、頑として承諾してくれない。

何時もリビングのソファーにその身を沈め眠りについていた。今日こそは、と思うのだけれどもう既に寝息が聞こえていて、だから仕方なく俺はリビングの電気を消し、静かにベッドルームに入って行ったのだった。



今日もやっぱり、柊は休み。そうして青い顔をしている如月はホールに立っていた。

心配しながらもオーダーをとったりしていた俺も元に佐伯が姿を現した。

「あいつ・・・お前の部屋でどうだ?」

眉間に皺を寄せながらの言葉に、俺の胸はきりきりと痛む。明らかに如月を心配している姿に嫉妬を覚えてしまった。そんな自分に嫌気を感じる。自然と自分も眉間に皺を寄せていた。そんな俺の顔を見た佐伯が苦笑する。

「なんて顔してんだ」

すっと大きな手が伸びたかと思うと、皺が寄ってしまった眉間にその指を這わせた。瞬間、顔が熱くなるのが解る。急いでその手を払わなければいけない、と思うけれど、伝わる熱が俺の思考を狂わせもっとその感覚が欲しい、と思ってしまった。

今だけ・・・と思い、目を閉じる。

その時だった。

佐伯の鋭い声が上がる。

瑞希みずき?!」

そうして大きな手が離れて行く。

初めて佐伯が如月の事を名前で呼んだ―――、と妙に冷静に思い、そうして何が起きたのか確認する為に目を開いた。

それまでの時間は、ほんの数秒だったと思う。

ざわりとフロアーが騒がしくなった。

視線の先には如月がいて、顔面蒼白になった彼はふらふらと倒れそうになっている。

そこに、俺に背を向けた佐伯が駈けつけ、すんでの所で如月を抱きとめた。

スローモーションのようにその姿が俺の網膜に焼きつく。

血相を変えた佐伯が如月を横抱きにしながら、そうして俺の横を通り過ぎ、消えていったのだった。



一時フロアーは騒然とした。けれど、バーテンダーが機転を利かせ俺を呼び、騒がせた詫びにドリンク一杯店からサービスする事を伝えると、波が引くように騒ぎは収まった。

安堵と共に疲れが一気に俺を襲う。

後ろに消えて行った2人を気にしながらも、なんとか仕事をこなし、そうして閉店を迎えた。

金勘定はできないけれど、他の片付けを終え住み込みの部屋に戻ったのは、閉店して1時間も後だった。

如月が倒れて3時間たっていたが、2人が姿を現す事はなくて、俺の心は崩壊寸前。

兎に角早くベッドに入りたくて、俺は急いで玄関のカギを開けた。

あまりにも疲れていて、何時もなら変化があれば直ぐに気付くはずなのに、其れに気付かずにベッドルームに向かう。そうして部屋に入った時、俺の動きは止まった。

目に飛び込んできたのは、俺のベッドにぐったりと横になっている如月と、そのか細い手を項垂れながら握っている佐伯の姿だった。

世界が一気に灰色になり、自然と俺の瞳からは涙が零れる。そんな自分を叱責し、急いで涙を拭うと佐伯に声を掛けた。

「如月さん・・・大丈夫ですか?」

俺の存在に気付いていなかったらしい佐伯が、肩を揺らし顔を挙げその焦点を俺に向ける。

「あ、あぁ・・・。今クスリ飲ませて眠らせた。・・・店、大丈夫だったか?」

呆けたような言葉に、引っ込めたはずの涙が顔を出し、俺は急いで下を向いた。

「・・・とりあえず片付けはしました。レジとかは手を付けられないのでそのままにしてありますが」

俺の言葉に佐伯は思い出したように頷く。

「そうか・・・レジやらなくちゃな」

そうは言ってもその瞳は如月を見ていて・・・俺の胸は余計に痛み出す。其れを振り払うように笑顔を浮かべた。

「明日でいいんじゃないですか?ちょうどお店休みですし」

「そう、だな・・・」

上の空の言葉。

もうこれ以上この場に居たくなくて、俺は静かに自室の扉を閉じた。

瞬間、佐伯の小さな声が聞こえる。

「瑞希・・・」

その痛々しいまでの言葉に、限界だった。

如月がバイトを続けないか、と言ってくれたけれど、想い人が自分とは違う人間を見ていると解っている所に居られる自信はない。

契約が切れたら、またいつもの大学生に戻ろう、と決心した。



如月が倒れた日から、俺は仕事をこなすことだけに集中した。翌日には柊も帰ってきて、如月はいつもの業務に戻る。表情の固い俺に帰ってきた柊は眉間にシワを寄せた。

「因幡ちゃん、顔怖いよ?」

心配そうな言葉に、誰のせいだよ、と思う。

そもそも柊が仕事を休まなければ、如月はオーバーワークなどしなくて済んだし俺があんなシーンを見ることもなかったのだ。

いや、違うと本当は解っているけれど、誰かのせいにしなければ残りのバイトをこなせる自信はない。

だから、八つ当たりと解っているけれど言わずにはいられなかった。

「柊さんが休んでたからですよ」

嫌味たっぶりに言ってみる。柊はポリポリと頭を掻き申し訳なさそうに笑った。

「ん〜…、俺も休みたかったわけじゃないんだけどね」

余計にイラッとして、じゃあ、説明しろとばかりに柊を見る。

柊は少し困ったように笑い何かを思案した後、口を開いた。

「因幡ちゃんを信じて言うけど…、これ、絶対OFFレコだよ?!」

妙に真剣な顔で言われて、ちょっと身体を引きながら頷いてみせた。

「今年の冬位に、新しい店ができるんだ。俺、そこを任される事になってこの1週間オーナーと一緒に予定地の下見とかに行ってたんだよ」

新しいお店…。

更に詳しく聞くと、どうやら今回のお店は県外らしい。そこで、はたと気が付いた。

こんな俺にも焼きもちを妬き、鋭い視線を向けていた慧である。

ただ黙っているはずはない。俺は柊の顔を覗きこんだ。

「慧はどうするんですか?」

俺の言葉にふわりと笑う。

「大丈夫。慧には勿論一緒に来てもらうことになっているから」

羨ましい、と純粋にそう思う。

好きな人と同じ時間を歩めるのだ。それに比べて自分はどうだろう。

好きな人には想い人がいて…その人にはどうやら恋人がいるらしいけれど、俺を見てくれる可能性は皆無ときている。

「い、なばちゃん…?何か有った?」

さっきまでにこにこ顔だった柊が、急に真顔なった。

「…え、何が…ですか?」

意味が解らなくて柊を仰ぎ見ると、その顔が困惑で歪む。

「何がって…、因幡ちゃん泣いてるよ?」

柊の大きな手が俺の頬を撫でた。

続いて自分で頬を触り濡れた感触を確認する。

驚いて涙を拭うけれど幾重にも零れ落ちてくる涙を止める術は無くて、小さな笑いと共にその手を両脇に降ろした。

「…は、はは…大丈夫です、もう止まり・ますから…」

強引に笑顔を作るけれど、口角が上手く上がってくれない。

心が締め付けられて、そこが破裂してしまったかのような痛みにもう立っていられそうになかった。

フロアーの、ぎりぎりまでに抑えられた照明に助けられ、俺は背を壁に預けながらその場に蹲った。

ぽろぽろと零れる涙そのままに、嗚咽を抑えるのに必死な俺を、柊は強引に立たせる。そうして腕を掴んだまま、仮住まいへ俺を連れて行ったのだった。




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