STORY 5
パーティーはあっという間に過ぎて行く。
俺は慣れない仕事に心身共に疲れきって、そろそろホントにやばいかも、と思った時、お開きを告げるオーナー千葉の挨拶が流れた。
壇上に上がった千葉は、いつにもましてぴしっとしたスーツで身を包み、来場した客に挨拶をする。
その最中に、何時も無表情の千葉の顔が、ほんの少しだけれど笑顔に変わった気がした。千葉の視線がある一か所を捉えているのがわかり、俺は視線を這わせる。其処にはやっぱりスーツに身を包んだ昼間の店長、如月 瑞希がいた。
まさか彼もこのパーティーに居たなんて全然しらなくて驚く。
パッとオーナーを見ると、もう何時もの無表情に戻っていた。その不思議な空気、しかしまだ俺には解らなかったのだ。
俺は何故だか見ては行かない物を見てしまった気がして、急いで視線を戻し近くのテーブルの片付けに入ったのだった。
客が引いた店舗は、そりゃー酷い状態だった。
俺を含め、フロアースタッフが最後の仕事、所謂片付けに取り掛かる。そんな俺に佐伯が声を掛けてきた。
「お疲れ。お前はもう帰っていいぞ?」
ミネラルウォーターのペットボトルを手にしながらそう言われ、俺は戸惑った。
「え、でもまだ片付けが・・・」
周りを見渡すと、まだまだ汚れたままだ。流石にこれを残して帰る程、俺は無責任であるつもりはない。
「俺も最後まで残ります!」
言いきって、俺はフロアーに戻って行った―――。
のはやっぱり間違いだったみたいだ・・・。
片付けが終わり、みんな帰るのかなと思った俺は、しかし打ち上げと称した愚痴大会に捕まってしまった。
オーナーの千葉と如月は、片付けが終了したと同時に“打ち上げ代”を置いて帰って行った。
俺は酒を片手に管を巻いている慧に捕まっている。
「みんな柾がかっこいいからって、変な目で見ないでよねっ」
既に呂律が回っていない。俺はうんざりしながらお茶の入ったグラスを煽った。
そんな俺に慧は又しても絡んでくる。
「とわ~、何飲んでるの~?」
俺のグラスを取り上げ中身を飲んでしまう。そうして眉間に皺を寄せた。
「なにこれ~、お茶じゃ~ん」
俺は急いでグラスを取り返す。
「一緒にのも~よ~。・・・はい、これ」
再びグラスを取り上げられ、違う物が手渡される。それは明らかにお酒で、俺はフリーズした。
「ちょっと!・・・僕の酒が飲めないの~?!」
どんな親父だよ・・・。横でぎゃいぎゃいと絡んで来る慧に、俺は諦め仕方なく其れに口を付けようとした。
瞬間、手の中からグラスが引き抜かれる。
「慧、いい加減にしろ。永久はまだ未成年だ。飲ます訳にはいかないんだよっ」
苛立ちの含まれた言葉は佐伯のものだった。助かったけれど、なんだか場の空気が悪くなってしまったようで余計に焦る。
慧はみるみる内に不機嫌になり、その綺麗な唇からとんでもない事を吐き出していた。
「なんだよ、佐伯さん。そんなおっかない顔してさっ。オーナーに如月さん盗られたからってやつあたりしないでよね!」
「慧!!」
言い終わるのと、柊の怒鳴り声とは略同時だった。
周りが一瞬にして静まる。ただ佐伯がグラスを置く音だけが妙に響いた。
だけど俺はそんな事にも気が回らない程動揺している自分に驚いて、佐伯の表情を確認するまでには至らない。
「・・・どういう意味だ?」
低い、佐伯の声が木魂する。明らかに怒気が含まれた言葉に、しかし慧は譲らない。
「佐伯さんは、如月さんの事好きなくせに何もしなかったじゃないか!」
悲鳴にも近い慧の言葉に、流石に切れたのは佐伯ではなく柊だった。
何時もはとても温和な柊が、鬼の形相で立ち上がり慧の腕を掴み上げる。痛みに悲鳴を上げた慧に、しかし柊は許さなかった。
ほぼ捻り上げるようにし、慧を引っ張る。そうして静かにその場の全員に告げた。
「すみません、こいつだいぶ酔ってるようで・・・。このまま連れて帰ります。佐伯さん・・・ホントすみません!」
深々と頭を下げ慧をひっつかみながら店を後にしたのだった。
始発にはまだ時間がある。
あの後、他の人間も蜘蛛の子を散らすように解散した。
今、この店には俺と佐伯しかいない。始発には後1時間程時間があった。
俺は片付けを手伝いながら、さっき慧が言っていた事を思いだしていた。
慧は、如月さんを盗られた、と言っていた。それはつまり佐伯は如月が“好き”と言う事になる。
でもしかし男同志だぞ?
そんな事があるのだろうか・・・。
そこである事に思い当たる。
確か、佐伯は慧はとっても嫉妬深い、と言っていた。慧も柊は自分の物だと、俺に牽制をした。
つまりだ、あの2人は所謂恋人、という関係なのか?! だから柊に優しくされていた俺に嫉妬したのか。
色々と絡まっていた糸が解れた気がした。
そしてもう一つ思い当たる事がある。
この関係図で言うと、オーナーの千葉と如月も恋人同士?!
とんでもない事を知らされてしまった気がする。
しかし、それとは別に何故だかもやもやとした物が自分の胸の中に生れている様な気がした。
其れが何なのか解らなくて少しイライラする。そうして、ガタガタとテーブルを直している佐伯を見た。
同姓同士の恋愛って、どんな物なのだろう。男女の恋愛って、仕事帰りに食事したり、休みの日にはデートするんだろう。そうしてキスしたりそのあとの事だってするんだろう。同姓とはどうなのだろう?
食事したりデートしたりはできるんだろうけど・・・その後は・・・?
「永久?」
突然近くで声がした。
俺は文字通り飛び上がってしまう。俺のそんな反応に、声の主佐伯は心底驚いたような顔をしていた。
「あ、あぁ悪い、声掛けたんだが返事が無いから具合でも悪いのかと思ったんだが」
色々思い悩んでいて、掛けられた声が聞こえていなかったようだ。
俺は急いで居住まいを正し謝罪した。
「いや、別に謝る事はない。今日は最後まで付き合わせて悪かったな」
言葉と同時に、何時ものように頭に手が置かれる。瞬間、自分の顔が赤くなったのが解った。
そんな事には気付かずに、直ぐに佐伯の手が離れて行く。俺は其れを目で追いながら、何故だかもっと触れてほしい、と思ったのだった。