STORY 4
店内に入ると、途端に厳しい声が聞こえた。
「違う!それはここだ、お前は文字も読めねぇのか?!」
怒気を含んだ声に、自分に言われてもいないのにびくついてしまう。
隣からは佐伯と柊の溜め息が聞こえた。
「あの馬鹿は…」
言葉と同時に佐伯が歩き出す。そうして、怒気のオーラを醸し出している男の頭をはたいた。
怒気が一気に膨れ上がり、その人が勢い良く振り向く。とたんに相好が崩れた。
「…佐伯さん!」
知り合い?
疑問符をそのままに柊を見ると、俺の思いを汲み取ってくれた。
「あの人はここの店長の、荒木 静樹 (あらき しずき)さん。元々うちにいたんだよねぇ」
成程。妙に納得する。ちらりと、2人を見ると、荒木の妙に嬉しそうな笑顔が目に入った。
何故だかイラっとする。
「荒木さんは、本当に佐伯さんの事好きだからねぇ~、あんな笑顔にもなるんだよ」
俺の胸の内を知っているかのような柊の言葉にもイラっとする。そんな自分の反応に驚きながらも、そっぽを向いた。小さく柊の笑い声が聞こえた気がした。
制服に着替え、慌ただしく準備が進められていく。
俺も佐伯からの指示になんとか答え、動いていると鋭い視線を感じた。
初めは気のせいかと思っていたけれど、その視線があまりにも敵意剥き出しのような気がして気になる。恐る恐るといった感じで視線を這わせ敵意の元を探した。
そうして視線を這わせた先に、とても綺麗な、日本人離れした顔の人物を発見した。痛い程の視線はどうやらその人から送られてきているらしい。
俺、なんかしただろうか???
あんなに美人な人間から睨まれる覚えはない。というか、知り合いですらないのだ。敵意などという物を向けられるはずはない。・・・ないはずなのに、やっぱり視線は俺を捕まえていた。
困惑している俺の耳に苦い声が聞こえた。
「慧・・・」
それが柊の物と解ると、俺は視線を向ける。柊の端正な顔が少し歪み、そうして俺を見た。
「因幡ちゃん、ちょっと抜けるね・・・?」
申し訳なさそうに笑い足早に睨み付けている彼の元に向かう。そうして徐にその彼の手を掴みフロアーを後にした。
ぽかん、としてそんな2人が出て行った扉を見ていると、大きな手が俺の後頭部を軽くはたいた。振り返る事をしなくてもそれが誰の物か解る。
「どうした?・・・ん?柊は?」
出て行った事を告げていいのか悩み、頭を振ると存外に優しい視線が降ってくる。だからなのか、すんなりと言葉が出てしまった。
「あの・・・凄く綺麗な子と出て行きました」
佐伯が一瞬眉間に皺を寄せる。そうしてフロアーをぐるりと確認するとフッと笑った。
その笑顔があまりにも魅力的で視線を外せずにいた俺に、佐伯は更に笑顔を深める。
「そうか、・・・多分その子は慧、飯塚 慧だな」
確かに、柊も『慧』と呼んでいたような・・・。なんとなく理解したような、しないような・・・。
だって、なんであの子は俺に対してあんなおっかない顔して睨んでいたのか、其処が解らない。
なんとなく解せない顔をすると、佐伯は更に笑った。
「なに?お前、慧に睨まれたか?」
図星で驚く。俺は無言でこくこくと頷いた。
「慧は、そりゃ物凄く嫉妬深いんだ。多分、お前に優しい柊を見てヤキモチ妬いたんだな」
笑いの含んだ言葉に、俺はやっぱり理解できない。
確かにあの子はとっても綺麗な子だったけれど、どう見ても男だ。女には見えなかったはずだ。そんな彼に何故嫉妬されなければならないのか・・・。
やっぱり解せない俺は佐伯を見た。いつもなら自信たっぷりに答える佐伯も、飲み込みの悪い俺に困惑したのか曖昧に笑うに留めたのだった。
「君!こっち!!」
大きな声に呼ばれ、俺は小走りに客の元に走って行く。オーダーのようだ。
俺は他の客の声で聞き取りずらいオーダーをなんとか聞き取り、バックヤードに小走りに向かう。
バーテンダーにオーダーを伝え作ってもらうのを待っている間に、向こうから慧が向かって来るのがわかった。
何故だか思わず身構えてしまう。慧も気付いたらしくその綺麗な顔をぴくりと震わせた。
「安岐さん、ジントニック2つ」
バーテンダーに注文をし、俺と少し距離を開けた所に陣取る。俺は視線を外し、フロアーに目を向けた。
しかし、其処だけなんだかとても静かな空気が流れ、俺は居心地の悪い物を感じる。
ちらりと慧を盗み見ると、同じように俺を見ている視線とぶつかった。急いで視線を外すと、小さな声が聞こえた。その小鳥の様な耳触りの良い声に、再度頭を動かす。今度はしっかりと視線がぶつかった。
「・・・さっきは睨んだりして、ごめん」
正直驚いた。まさかこんなに素直に謝られるとは思わなかったのだ。
「あ・・・いや、気にしていません」
俺の言葉に、何故だかとっても驚いた顔をした後、その綺麗な顔を笑顔に変えた。
「良かった。僕、飯塚 慧ってゆうんだ。仲良くしてね」
一瞬にしてまたしても表情が変わる。表情が色々変わるなんてなんだか羨ましいな、などと思ってしまう。
もともと表情に乏しいと言われていた俺には無い芸当だ。だからか、とても慧が可愛らしく思えた。
「あ、俺は因幡です」
名乗られたので一応伝える。
「下の名前は?」
そう聞かれ、素直に答えた。
「そっか、永久くんか。・・・永久って呼んで良い?」
小悪魔的な笑顔に変わる。見惚れる、とはこういうのをいうんだろうなぁ、なんて漠然と思いながら了承した。
「僕ね、自他共に認める嫉妬深さなんだ」
突然告げられて、曖昧に頷く。途端に笑顔が消え、又しても表情が変わった。怖い程の無表情に俺は固まる。
「柾は俺のだから、変な気起こさないでね」
決して低い筈はない慧の声が、何故だか地を這うようなそれに聞こえ俺は急いで首を動かしていた。
それに納得したのか慧の表情がまたしても変わる。綺麗な笑顔が俺に向けられ、俺は息を吐くしかなかった。
「バーボン2つとジン2つ上がったよ」
バーテンダー安岐のハスキーボイスが俺たちの間を抜ける。慧と俺は急いでそれを受け取りフロアーに散っていった。