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STORY 2



初めてのバイトは思った以上にハードだった。

今まで、バイトと言う物をした事のなかった俺は、まず始めに厨房の皿洗いを任されたのだ。

次から次へと来る汚れ物に目が回りそうになりながらも、それを片づけて行く。

幼い頃から、母の手伝いをしていた為、決して苦ではなかったが、量が量なものだから流石に溜息が出る。

昼の12時から店はスタートし、午後の3時に一旦クローズする。3時間程自由時間があり、夜の6時からバーがスタートし深夜の2時までの営業だった。途中1時間休憩時間があり6日間、皿洗いに没頭していた俺の効き腕の左が、昨日から悲鳴を上げる。どうやら腱鞘炎のようだった。

誰にも気付かれないように昼の営業が終わった後、近くのドラッグストアーに掛け込み、シップとサポーターを購入する。

店の奥の住居に入り、俺はベッドに突っ伏した。

「はぁ~・・・」

大きな溜息。ねっころがりながら左手首にシップを張り、サポーターを付ける。少し、痛みが和らいだように思い、そのまま目を閉じた。

そんな俺の耳に、扉がノックされる音がする。片目を開け扉を見ると、今度は声がした。

永久とわ、いるか?」

夜の店長、佐伯さえき 音羽おとはの声だ。とたんに心臓が鼓動を速める。

面接の時の人の良いイメージは、初日に覆されたのだ。

180はあるであろう長身に、鋭い眼光。モデルのような顔立ちをしているのに、人を小馬鹿にしたような態度が、妙に目に付く。冷たい視線を感じた俺は、いつの間にか彼に苦手意識を持っていた。

出たくない・・・けれど、大事な用かもしれない、と思い仕方なくベッドから立ち上がる。嫌がる足に叱咤しながら玄関まで向かいその扉を開いた。

細身の長身が、俺を見下ろす。冷たい、鋭い視線を感じながら声を発した。

「あ、の何かありましたか?」

「・・・上がるぞ」

強い言葉が発せられ、そのまま自分の横を通り越して行く。あっと言う間に靴を脱ぎ、部屋に上がった佐伯に呆然とした。その場から動けない俺に、更に堅い声が掛けられた。

「お前も早く来い」

有無を言わさぬその言葉に、かちんと来るものがあったけれど大人しく従う。

「突然どうしたんですか?俺、なんか問題でも起こしましたか?」背を向けていた佐伯は苛ついたように振り返り、痛む左腕を無言で掴んだ。

突然の事に堪えきれずに小さく痛みを訴えた俺を佐伯は見逃さなかった。

「…やっぱり。なんで早く言わないんだ」

威圧感たっぷりにそう言われ、俺は首を竦める。

頭上から小さな溜め息が聞こえた。

佐伯の手がサポーターを剥がすと、ますます痛みその手を引っ込めようとするけれど赦して貰えない。

困惑しながら上目遣いに佐伯を見た俺は、思いの外真摯な眼差しがそこにあり動きを止めた。

「サポーターだけじゃ無理だ」

徐にそう言うと、佐伯は手に持っていたビニール袋から何か白い物を出した。なんだろう、と思い物を確認しようとした俺は、ぐいっと左手首を引っ張られ悲鳴を上げそうになる。佐伯はそんな俺にはお構いなく手首に何かを巻いていた。そろりと見ると、それはテーピングだった。手際良く巻かれていくテーピングをボーっとしながら見ていると、あっと言う間に出来上がった。

「動かしてみろ」

佐伯に言われ、大人しく従う。きっちりと固定された手首は、少し動かしずらかったが痛みは殆なかった。

じっくりと手首を見ていると、頭をポンと叩かれた。決して痛くはないその行為に顔を上げると、優しい笑顔が其処にあった。思わずドキリとする。

「バーの時間までゆっくり休め」

優しくそう言い、俺の横を通り過ぎた。其処で初めて気付く。お茶などを出すべきではないか?と思った俺は、急いで口を開いた。

「さ、佐伯さん!」

俺の言葉に佐伯はゆっくいと振り返る。

「なんだ?」

「あの・・・今、お茶でも淹れますので座って下さい」

俺の言葉に、佐伯は困った様な顔をした。何かまずっただろうか?と心配になる。

「あぁ・・・気持ちはありがたいが、やる事があるから。それじゃ」

そう言われてしまえば、もう引き止めるすべはない。扉を出て行く佐伯の背中を、俺は無言で見送った。

ぱたん、と閉じた扉を見詰め、其処でお礼を言っていない事に気付いた俺は1人で青い顔をしていたのだった。



バーの開店の時間。俺はテーピングで固められた手首を気にしながらキッチンにたった。しかし、其処には既に別の人間がいる。

あれ?と思った俺に、同僚が声を掛けた。確か俺とあまり年が変わらない人で、矢沢と言ったか・・・。

「あぁ、因幡はホール」

短く伝えられた言葉に困惑する。視線を彷徨わせながら、とりあえずホールの方に向かうときびきびとした佐伯の声が聞こえた。何かを指示しているようだ。俺は声を掛けられずにその場に立ち尽くしていた。

そんな俺を佐伯が振り返る。険しいその表情にびくりとする俺に、佐伯は更に険しい顔をした。

「因幡!」

低い声で呼ばれ更に固まる。

「今日からお前は俺と一緒にフロアーに入ってもらう」

端的に告げられ一応頷いた俺は、しかしその格好はキッチン用であり、どうするのかと視線を佐伯に向けた。

「じゃあ、持ち場に入って」

佐伯の言葉に、フロアースタッフは蜘蛛の子を散らすように持ち場に散っていった。その場に残ったのは俺と佐伯だけ。振り向いた佐伯は顎で俺を促した。

行きついた先はロッカールーム。ロッカールームに備え付けられた倉庫から、佐伯はフロアー用の制服を出した。

「これに着替えろ」

威圧的に言われ、それを受け取ると佐伯はロッカールームを後にした。

それは黒のデニムに、店のロゴが入った紺色のTシャツ、そうして黒のギャルソンエプロン。

とりあえずデニムを履くと裾が余ってしまった。妙に居たたまれなくて急いで裾を折る。今度はTシャツに袖を通すと、やっぱり何だか大きかった。

「・・・嫌がらせか?」

どうせ、俺は小さいですよ・・・。不貞腐れそうになるけれどグッと我慢し、今度はギャルソンエプロンを腰に巻いた。他の人間が着けているのを見よう見真似しなんとか巻きつけると、まぁ、それなりの格好になった・・・気がした。

「着れたか?」

扉が急に開き、佐伯が顔を出した。取り敢えず着た俺を値踏みするように、上から下へと視線を這わせる。

居心地の悪い物を感じるけれど我慢し、次の言葉を待った。佐伯は無言で近寄り俺のギャルソンエプロンを解く。そうして手際よく巻き直した。

「・・・随分と細いな」

そう呟くと、再度出来上がった俺の姿を上から下までしっかりと見、

「まぁ、こんなもんか」

と言ったのだった。






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