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STORY 11



大きく溜息を吐く。

ひいらぎけいの3人で食事に行った翌々日、俺は飛び出したはずの“Beach Sound”の前に立っていた。

荷物を取りに来ただけ、と自分の言い聞かせ、それでも一歩を踏み出せないでいる状況に苦笑する。

ちょっと前まで、世界の終りのように沈んでいた心が、こんな状況だけれど想い人の姿をこの目にできるのだと思うと、ふわりと暖かくなった。だけれど、やっぱり怖い。

あんな風にキスされて飛び出して、どんな顔でこの扉を開ければいいのかと思い悩んでいた。

「と・・わ?」

全ての思考がストップする。自分の姿を覆い隠すかの様な影がかかったかと思ったら、今一番聞きたい、けれど聞きたくない声が、頭上から聞こえた。

振り向く事が出来なくて、ただ一点を見詰める事しか出来ない俺の身体が抱きすくめられる。

突然の事に逃れようと身体を捩ると、耳元に熱い吐息が掛り安堵したような声が聞こえて、俺の顔はそれはもう真っ赤に染まってしまった。

「よかった・・・」

背中に感じる鼓動と身体に回された腕の暖かさに吐息が零れる。

「さ、えきさん…」

「この間は悪かった。お前を傷付けようと思ったわけじゃないんだ・・・」

苦しそうな声に、心臓が鷲掴みされたかのように驚き、そうしてもうどうでも良いと思った。

痛い程の傷になってしまっていた全てが、怒鳴り散らしたい程の想いがはらはらと解れていく。

現金な程の自分の思考回路に火が出るのでないか、と思う程顔が熱い。

震える自身を奮い起たせ、絡まる逞しい腕にそっと手を添えてみた。

途端に視界が揺れて、身体の向きを反られる。そうして痛い程の口付けを施された。

息もできないくらいに口付けられて、酸欠になる。そこで漸く唇が自由になった。

肺一杯に新鮮な空気を吸い込み、息を整えた。

再度ギュッと抱き閉められて頭上から苦笑交じりの言葉が降って来る。

「はぁ〜…、悪い、俺余裕なさ過ぎだよな」

俺は目を閉じ、筋肉のしっかりついた広い胸に頭を預けた。

「…大丈夫です…」



手には温かいカップが握らされている。

中身はレモネード。

鼻を擽る爽やかな香りに、火照っていた心が少し落ち着いた。

ここは店の奥にある、俺が住み込んでいた部屋。

飛び出した日と何一つ変わっていないように見えた。佐伯は困ったような、照れ臭いような顔をして、俺の隣に座っている。

ふと、店は大丈夫なのかと思い佐伯を見た。

「あの佐伯さん…」

声を掛けると身体を揺すりながらも顔を上げてくれる。

「な、なんだ?」

きつくならないように注意しているのか、少しどもりながら答えてくれた。そんな反応が、なんだかとても年上なのに可愛いと思えてしまう。

俺は相好を崩しながらも言葉を続けた。

「あの、俺荷物を取りに来ただけなので、お店に行って下さい」

話しは又今度すればいい。もしくは、店が終わるのを待っていても良いと思ってそう言ったのに、佐伯の表情は一変し、今にも泣いてしまいそうな程悲しいそれへと変わってしまった。

そうして気付く。言葉が足りなかったと言う事に・・・。

あわてて言葉を紡ごうと思ったのに、それより先に佐伯が言葉を発していた。

「行かないでくれ」

あまりにも真剣な、そうして必死な言葉に声が出ない。じっと見詰められて息が止まりそうになった。

「・・・ちゃんと、俺の話を聞いてくれ」

熱の籠った視線に、頷く事しか出来ない。ぎゅっと拳を握り、佐伯の瞳を見詰め返した。

「まずだ。お前がこの間言っていた事について、訂正したい事がある」

訂正?

なんの事なのか解らないけれど、頷いておく。

「俺には想っている奴がいる、と言ったな?」

想い人の顔が見れた事で、すっかりと失念していた。抱き締められて、キスされて、のぼせ上っていたのだ。自分が必要とされていると勘違いしてしまった。

己の浅はかさに穴があったら入りたい、と真剣に思ってしまう。

そうだったのだ。幸せな夢はあっと言う間に過ぎ去り、現実へと引き戻される。

佐伯には、ずーっと前から好きな人が居たのだ。俺が間に入り込む余地などない程に・・・。

鼻の奥がつんっと痛くなり、慌てて目を強く閉じた。

「・・・永久?」

俺の変化に敏感に反応した佐伯が、心配そうに声を掛ける。

ここで、泣いてしまったら迷惑になってしまう。必死に涙をこらえ、俺はソファーから立ちあがった。

「ご、ごめんなさい!」

勢い良く頭を下げると、佐伯の気が抜けたような声が聞こえた。

「俺、頭悪くて・・・あの時いっぱいいっぱいだったから佐伯さんの迷惑も考えずに変な事口走ってしまって、まるで八つ当たりのようでしたよね・・・?あの時の事はどうか忘れて下さい!・・・俺も忘れますから・・・」

あ、やばい、と思ったけれど涙が一筋頬を伝ってしまう。急いで雫を払い、踵を返そうとした俺に怖い程の声が降りかかってきた。

「忘れられるか!・・・忘れる必要が何処にある?お前は人の気も知らずに自己完結したのか?!」

驚きで涙も息も止まってしまう。怖い顔で俺の事を睨みつけている佐伯を、呆然と見詰めた。

一拍の呼吸の後、佐伯の表情が柔らかい物に変わり、俺はホッと息を吐いた。

「兎に角・・・俺の話を最後まで聞け」

そう言われて、力が抜けたかのようにソファーに腰を降ろす。其れを確認し、佐伯は再度話出した。

「もう一度言うぞ?この間お前は、俺には想っている奴がいる、と言ったな?」

静かにそう言われて小さく頷く。フ―っと佐伯の溜息が聞こえた。

「それはちょっと間違いだ」

えっと思い顔を上げると、存外に優しい顔で俺を見ている佐伯の視線とぶつかった。

「確かに今俺には、好きな奴がいる」

目の前が真っ暗になる。やっぱりそうなのではないか、と暗い気持ちになり目を閉じた。

「お前が言った好きな奴っていうのは、如月の事だろう?…慧が言ってたからな、そう思われても仕方ないな」

溜め息に戸惑った。

「そう、なんですよね?」

絶望を覚悟で聞いてみると佐伯の困ったような顔があった。

「俺と如月は、腐れ縁みたいな物だ。確かに一度はあいつの事を大切に思った事もある。でもそれは恋ではなかったんだよな。事実、あいつが千葉さんと付き合うようになった時、ショックより安堵の方が大きかった」

え?それって?と視線で問えば苦笑が返される。

「あいつ、凄く身体が弱かったんだ、ガキの頃」

なんとなく、そうなんだろうなと思い頷くと、佐伯の優しい眼差しが俺を包んだ。

「だから、俺が守らないといけないと思ったのが始まり、かな?」

佐伯の話では、身体の弱い如月はまるで弟のようで目が離せなかったという。今にして思えば、その思いを恋心と勘違いした、らしいのだった。

「だから、俺以外の人間が如月を守ってくれると解った時、肩の荷が降りたように感じたんだ」

そう、話をくくられる。

解ったような、解らないような・・・、俺は曖昧に頷いた。

では、今佐伯の心を締めていろのは誰なのか・・・俺には検討もつかない。

佐伯が何故自分にこのような昔話をしたのかも解らなくて、自分なりに結論を考えてみた。

兎に角想い人は如月ではないこと。でも今好きな人が居る、ということ。

俺の気持ちに誠実に対応し、でも応えられないと言おうとしていること。

だったら、この間とさっきのキスはなんだったのかという思いが、俺の心を占領した。

そうして、こうやって佐伯の話を聞く事に何の意味があるのかと疑問に思う。

だんだんと話続けている佐伯の声が遠くなり、そうして全ての音がシャットアウトされ、自分の鼓動の音だけが耳の中に響いた。

柊と慧には申し訳ないが、これ以上は無理、と思った時、自分の鼓膜を伝って嫌な音がした。それが己の卑屈な笑いだと理解する。

ソファーから立ちあがり、佐伯の前に立つと、その端正な顔を眺めた。

「・・・じゃあ、佐伯さんの好きな人って・・・?」

まるで吐き捨てるように呟くと、視界が歪む。

全てを諦める為に、絶望を覚悟で問うと自らの瞳から雫が零れた。

佐伯の顔が涙で見えない。

「佐伯さんの好きな人が如月さんではない事は十分に解りました。・・・だからもう教えて下さいよ。俺の苦しみを早く終わらせてよ・・・!!」

絞り出すように叫ぶと、腕を掴まれその大きな胸に抱きしめられた。

ぎゅっと、息もできない程に抱き締められて、じたばたともがく。そんな俺の耳に、低く甘い声が囁かれた。



「お前の事が好きなんだよ」






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