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第8話 魔王城の大浴場で知った、刻印に縛られた女たちの真実

「うーん……」


意識がゆっくりと浮かび上がった。


目を開けると、見慣れた天井が視界に入る。


私の部屋。

そして、私のベッド。


大きくて、ふかふかで、

信じられないほど寝心地がいい。


(どれくらい寝たんだろう)


体は驚くほど軽い。

頭もすっきりしている。


だけど――


何かが足りない。


ガバッ。


「……どこ?」


私は慌てて身を起こした。


きょろきょろと部屋を見回す。


……いない。


「エリン?」


姿が見えない。


すると、控えていた侍女が静かに答えた。


「乳母たちが、エリン様のお世話をしております」


侍女たちは整列したまま、

深く頭を下げている。


報告が終わっても動こうとしない。


命令が下りるまで決して動かない――

そんな空気だった。


(ああ……乳母)


そういえばいた。


背丈も体格もよく似た五人の女性。


交代で授乳すれば、

負担はかなり減るはずだ。


……たぶん。


でも。


エリンのあの食欲を思い出すと、

少し不安になる。


「今はどこに?」


「エリン様専用のお部屋で、乳母たちが待機しております」


何かあればすぐに報告が来るらしい。


「今の時間は?」


ここには窓がない。

外が昼なのか夜なのか分からない。


「ちょうど日が沈んだところでございます」


「私、いつ寝たの?」


「日の出から二時間ほど経った頃でございます」


なるほど。


日が昇ると眠くなり、

日が沈むと目が覚める。


……完全にヴァンパイアの生活だ。


(体が慣れてきてる)


私は次の疑問を口にした。


「誰が私をここへ運んだの?」


私は会議室で眠ったはずだ。


なのに目を開けたら、自分のベッド。


「魔王様が、お運びになりました」


……やっぱり。


魔王妃を運べるのは魔王しかいない。


(寝顔のまま抱えられて運ばれたのか)


ちょっと恥ずかしい。


(眠れる森の美女か私は)


まあいい。


「エリンに会いに行く」


私はベッドから立ち上がろうとした。


その瞬間。


侍女たちが一歩前に出た。


「湯とお召し替えの準備が整っております」


「魔王様のご命令です」


……なるほど。


侍女たちは私を恐れている。


でも今こうして止めるのは、

魔王の命令があるからだ。


無視してもいいけど、

困らせるのは気が引ける。


それに――


(大浴場、ちょっと見てみたい)


私の部屋にはシャワーしかない。

湯船はない。


「……案内して」


侍女たちは一斉に頭を下げた。


そして私を地下へと案内する。


階段を降りる。

さらに降りる。


かなり深い。


その時。


くんくん。


鼻をツンと刺激する匂いが届いた。


(硫黄……?)


まさか。


(温泉?)


肌にいいと言われる硫黄泉。


魔王城の地下に温泉があるらしい。


青い扉の前に着いた。


侍女たちが私を見る。


……ああ。


(私が開けるのね)


私は扉を引いた。


動かない。


完全に封印されたようにびくともしない。


ふと、右側に四角いプレートがあるのに気づいた。


(これだ)


手を当てる。


ウィィン。


ガチャ。


扉が開いた。


(認証式か)


つまり。


私専用。


中は広かった。


奥には湯気の立つ扉。


ここは脱衣所らしい。


私は中央に立った。


侍女たちが静かに近づき、

服を脱がせ始める。


(自分でできるけど)


でも初めてだ。


見て覚えよう。


私はタオルを取り、体を隠した。


そして奥の扉を開いた。


ぶわっ。


熱い蒸気。

硫黄の香り。


「広っ……」


巨大な浴場。


いくつもの湯船。

休憩用の台。

装飾された床。


金色に輝く床材。


(まさか)


指で押してみる。


柔らかい。


(純金……)


そして輝く石。


(ダイヤ?)


王族専用の浴場だ。


……そうだった。


(私、魔王妃だった)


その時。


カチャ。


扉が開いた。


侍女たちが入ってきた。


彼女たちは浴場の台の前に整列する。


私は察した。


「横になっていただければ、お身体をお洗いいたします」


「……よい」


私は横になった。


侍女たちは体を洗い、

髪を洗い、

丁寧に流していく。


人生で初めての経験だった。


(次からは自分で入ろう)


そう思った。


洗い終わると、

侍女たちは頭を下げた。


その時。


一人の侍女が前に出た。


首筋を差し出す。


「吸血を」


……違う。


「もう吸血はしない」


私ははっきりと告げた。


しかし侍女は言った。


「では美少年を準備いたします」


「……は?」


私は浴場の台を見た。


リング。

拘束具。


つまり。


……そういう用途。


私は必死に想像を止めた。


その時、侍女が言う。


「人間の商人は金さえ払えば」


「少年奴隷をいつでも」


……奴隷。


私は事情を聞いた。


三年前。


アシラ帝国の皇帝が

奴隷制度を廃止した。


しかし一部の奴隷商人は闇へ潜り、

新たな市場を見つけた。


――魔族。


侍女たちは手首を見せた。


そこには刻印。


所有の証。

そして精神拘束。


「私たちはエステル様の所有物です」


逃げても。

帰っても。


殺される。


私は唇を噛んだ。


(許せない)


刻印を外し、

彼女たちを自由にする方法。


あるのだろうか。


その時。


私は一人の男を思い出した。


奴隷制度を廃止した皇帝。


アシラ帝国の若き皇帝。


もし。


あの男なら。


この世界の常識すら変えたあの男なら。


この城の運命も変えられるかもしれない。


そして、その時――

ふと、ある考えが頭に浮かんだ。


次の瞬間、

私は胸の奥から安堵している自分に気づいた。


(よかった……)


(エリンが生まれる前に、私がエステルになっていて)


もし私が転生する前の――

“設定通りの悪女エステル”のままだったなら。


きっとエリンはまともに育てられなかったはずだ。


ゲームをプレイしていた時、

ずっと引っかかっていたことが一つある。


魔王城五階層を守っていた――

魔王の子どもたち。


彼らは強かった。


間違いなく、強かった。


だが。


同時に、どこか壊れていた。


狂気。

残酷さ。

歪んだ価値観。


もちろん、ラストボス前のボスキャラだ。

強烈な個性が与えられていたのだろう。


でも――


それでも私は思った。


あの子たちは、

ただ悪いだけの存在じゃない。


どの子も例外なく、


愛情に飢えていた。


心のどこかが、ぽっかり欠けていた。


まるで――


誰にも愛されずに育った子どもみたいに。


(……だから)


(私は決めた)


私は、ゆっくり拳を握った。


そして静かに誓う。


私の子どもたちは、絶対にあんな風にはさせない。


たとえ世界が敵になっても。


たとえ運命が決まっていても。


私は――


この子たちの未来を、必ず変えてみせる。

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