第51話 双子の序列と、家族の距離
「うーん……ほとんど同時ですね……」
記録を確認していたカサンドラが、困ったように表情を曇らせた。
本当にわずかな差だった。
まるでオリンピックの百メートル決勝の着差判定を見るような僅差だ。
「時間がかかってもいいわ。正確に確認して」
私の指示を受け、カサンドラは記録の精査を始めた。
部屋にはしばらく沈黙が流れる。
――さて、結果は。
「男の子のほうが、先に生まれています」
カサンドラの報告と同時に、双子の表情が劇的に変わった。
片方はぱっと顔を輝かせ、
もう片方は今にも泣き出しそうな顔になる。
「大丈夫よ。二人とも、かけがえのない大切な子なんだから」
私は揺り籠の中からこちらを見つめる双子に、優しく微笑みかけた。
「不思議ですね……まったく泣きません」
「あら、本当ね」
双子はただ、きょとんとした目で私を見つめているだけだった。
「まさか……」
もしかして、声が出ないのでは――
そんな不安がよぎった、その時。
扉の外から、控えめなノックの音が響いた。
「母上! 弟妹に会いに来ました!」
エリンの声だ。
誰よりも早く駆けつけたらしい。
「まだ知らせてもいないのに?」
カサンドラが驚いた表情を浮かべる。
「エリンは勘が鋭いの」
私がそう言うと、カサンドラは入室の許可を求めた。
「エリン!」
「母上」
エリンは弾むように駆け寄り、そのまま私の胸に飛び込んできた。
しばらく会えなかった寂しさが、ようやくほどけていく。
「弟と妹が生まれたのよ」
私はエリンの頭を撫でながら告げた。
出産の知らせは、もう城中に回っているはずだ。
まもなく魔王も乳母たちもここへ来るだろう。
「……そうですか。弟妹……」
エリンは揺り籠へ視線を向けた。
――あれ?
その笑みが、いつもと少し違う気がする。
するり。
双子の様子も妙だった。
エリンの視線を避けるように、そっと目を逸らしたのだ。
「この世界へようこそ。母上を困らせず、よく頑張ったな」
エリンが揺り籠を見下ろして語りかける。
すると――
示し合わせたかのように、双子が同時に泣き始めた。
「えあああん!」
「えああん!」
カサンドラが慌てて駆け寄る。
「正常に泣き始めました。ご心配には及びません」
泣かないことを心配していただけに、胸を撫で下ろす。
「お腹が空いたのかしら」
「その可能性が高いかと」
私はふと記憶を辿った。
エリンの時も、確かこの頃に泣き始めたはずだ。
「魔力はまだ持ってきていないの?」
あの時と同じ。
魔王の魔力を摂取し、精製してから与えなければならない。
その時――
噂をすれば影。
魔王と乳母たちが到着した。
そして、あまり歓迎できない“おまけ”が一人。
「おお、魔王妃様。おめでとうございます。本当に――むぐ」
「静かに。何を言うつもりか分かっているから」
私は騒がしい、と目で制し、マハトラに口を閉ざすよう合図した。
珍しく素直に従った。
エリンが横でじっと見ていたからだろうか。
その時、魔王が歩み寄り、私を抱き寄せる。
「よく頑張った」
感慨深げな表情で双子を見つめる。
父の気配を感じたのか、双子の泣き声が小さくなった。
そして――
双子の翼を見て、魔王の目が見開かれる。
「三代目魔王が持っていたと伝わる……白と黒の翼だと?」
エリンは初代魔王の黒き瞳と黒髪を受け継ぎ、
双子は三代目の翼を受け継いだ。
「光と闇を統べる魔王。それが三代目の称号だ」
「すごい……」
思わず息を呑むほどの迫力だった。
もっともエリンは、たいしたことでもないと言いたげに鼻を鳴らしたが。
弟妹が生まれ、注目が移るのが不安なのだろうか。
私は手を伸ばし、エリンを抱き上げる。
「エリンが弟妹を守ってあげてね。約束よ?」
「はい」
「母はエリンも弟妹も、同じくらい大切。だからエリンも、たくさん可愛がってあげて」
ぎゅっと抱きしめる。
――あれ?
空気が一瞬、静まり返った。
皆、どこか戸惑った顔をしている。
……また“魔族らしくない振る舞い”をしてしまったらしい。
でも構わない。
今日は、双子が生まれた大切な日なのだから。
「さあ、母と約束」
小指を絡める。
ようやくエリンの笑顔がいつものものに戻った。
弟妹が生まれて、自分への関心が薄れるのが少し寂しかったのだろう。
そしてエリンの笑顔が戻った瞬間、
双子も泣き止み、先ほどのようににこにこと笑い始めた。
……もっとも。
エリンの視線を、どこか避けているように見えたのは気のせいだろうか。
◆◆◆
「……あの、赤ちゃんたちのお名前は、いかがなさいますか?」
カサンドラが遠慮がちに尋ねた。
記録として残す必要があるのだ。
私は魔王へ視線を向ける。
事前に決めていたことがある。
「息子である第二子は――アル(Aru)」
「娘である第三子は――タル(Taru)」
「素敵なお名前でございます、魔王妃様」
その時、聞き慣れた声が響いた。
様子を窺っていたマハトラが、ようやく口を開いたのだ。
「誠におめでたいことにございます。双子の御子様が、偉大なる先代魔王様ゆかりの翼を受け継いでお生まれになるとは」
いつもの“純血”や“最強”といった言葉は使わず、
慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
(空気は読めるのね……でも)
「こちら、魔王様の魔力をお持ちしました」
マハトラが瓶を取り出した。
魔王の魔力が封じられている。
「台帳への記載は?」
私の問いに、マハトラは軽く一礼する。
「ご指示どおり、すべて記帳済みにございます」
私は彼の表情を注意深く観察した。
後ろめたさや怯えがあれば問い詰めるつもりだったが、
無表情のままでは内心までは読めない。
(……あとで帳簿を確認すればいい)
瓶には、私自身が打った通し番号が刻まれている。
照合すれば持ち出し本数は一目瞭然。
横流し防止のための措置だ。
(やっておいて正解ね)
マハトラが魔王の魔力を管理するということは、
その気になれば不正も可能ということ。
他の魔族は気にしないようだが、私は違う。
「えあああん!」
「えああん!」
その時、双子が再び泣き始めた。
お腹が空いたのだろうか。
そういえば、エリンもこの頃によく泣いていた。
カサンドラが控えめに告げる。
「それでは、ナサド様とアイシャ様に授乳を」
――退出を促す合図だ。
「では、また来よう」
魔王の言葉をきっかけに、皆が部屋を後にする。
「図書館の本、続きを読んできます。読み終わる頃には、また会えますよね」
エリンが手を振る。
「ええ、またいらっしゃい」
名残惜しそうに振り返りながら、エリンは魔王と共に退室した。
――バタン。
扉が閉まり、
室内には私とカサンドラ、そして乳母たちだけが残る。
私は魔王の魔力を飲み込んだ。
体内で精製されるのを待ち、
双子を同時に抱き上げて授乳を始める。
最初の授乳だけは、自分の手で行いたかった。
身体から淡い光が溢れ、
浄化された魔力が双子へと流れ込んでいく。
この子たちもエリンに劣らず、
凄まじい量の魔力を受け入れていく。
しかも二人分。
消費も倍だ。
(乳母たちがいて助かった……)
一人では到底支えきれない。
ライカンスロープの村から乳母が派遣されていなければ、
相当苦労していただろう。
(私が魔王と結婚した時から、準備していたの……?)
以前も考えたが、
これほどの手配は事前準備なしでは不可能だ。
(マハトラの狙いは?
……それともライカンスロープ一族の思惑?)
今はまだ分からない。
ただ――
現時点では思惑は一致している。
強大な力を持つ子どもたちを、
私が無事に産み育てること。
その範囲なら協力できる。
だが本心が見えるまでは、
警戒を解くつもりはなかった。
ビリッ――
(もう……?)
一瞬で魔力が尽きる。
待機していた乳母たちが、
双子を一人ずつ抱き上げて授乳を引き継いだ。
(能力はどうかしら)
エリンの時と同じように、
私は意識を集中して双子を見つめる。
すると――
視界に仮想画面のような情報が浮かび上がった。
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Name:タル(Lv.1)
HP:20 / 30
MP:未開放
属性:アサシン型サポーター
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Name:アル(Lv.1)
HP:20 / 30
MP:未開放
属性:タンク型サポーター
==========
(サポーター系……
でもアサシン型? タンク型?)
単純な支援型ではない。
複合型能力のようだ。
(私は“戦闘型サポーター”だった。
この子たちは型が分かれているのね)
言葉の意味からある程度は想像できるが、
実際にスキルを見たわけではない。
断定はできなかった。
(まあいいわ。今は元気に育ってくれれば)
生まれたばかりの赤ん坊だ。
望みすぎるのは酷というもの。
「ふぁ……」
強い眠気が襲ってきた。
就寝時間をとうに過ぎている。
(やっぱり……純血のヴァンパイアね。
体内時計が正確すぎる)
それでも離れたくなかった。
双子のそばにいると、安心できる。
私は何かあれば呼ぶよう伝え、
簡易ベッドに横になった。
サイレンは鳴らない。
乳母たちが交代で魔力を与え、
泣かせないよう丁寧に世話をしてくれている。
――本当に。
一人で子どもを育てる母親は、
心から尊敬する。
子育てって、本当に大変なんだな……
◆◆◆
――はっと。
目が覚めた。
日が沈み、月が昇っている。
私は他の者たちとは昼夜が逆転している。
物音を立てないよう、そっと身を起こす。
きっと双子は眠っているはずだ。
……やはり。
乳母たちの姿も、カサンドラの姿も見えない。
隣室で休んでいるのだろう。
(あれ……揺り籠が変わってる?)
生まれた直後は別々だった揺り籠が、
今は一つの大きな揺り籠にまとめられている。
眠っている間に新調されたらしい。
ベッドで言えば、シングルからクイーンサイズへ。
(どうして……?)
そっと中を覗き込む。
(……わあ)
思わず息を呑んだ。
銀の髪。
黒と白、対を成す翼。
さっきまで競うように騒いでいた二人が、
今は小さな手をきゅっと握り合い、
広げた翼で互いを包み込むように寄り添って眠っている。
まるで――
天から舞い降りた、本物の天使。
胸が、じんわりと温かくなる。
この子たちを守れてよかった。
生まれてきてくれて、本当によかった。
けれど。
私はまだ知らなかった。
この“天使”たちの本当の姿を、私はまだ知らなかった。
可愛さと破壊力を兼ね備えた、
怪獣級の問題児コンビだということを。
第51話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
双子の誕生は喜びだけでなく、
家族それぞれの心にも静かな変化をもたらしました。
“母”としての決意。
長兄としての戸惑い。
そして無邪気すぎる新しい命たち。
ここから魔王家の物語は、
より深く、より濃く動き始めます。
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