第50話 双翼、降臨――命を賭けた出産の果てに
「カサンドラ!」
この日のために助産師が控えている。
耐え難い痛みに襲われたなら、躊躇なく呼ぶように――そう言われていた。
今が、その時だった。
私の悲鳴を聞いた瞬間、
カサンドラの眼差しが鋭く現状を射抜く。
「直ちに処置いたします」
差し伸べられた掌から、淡い光があふれ出す。
柔らかな輝きは私の身体を包み込み、荒れ狂う痛みを撫で鎮めていった。
(助かった……本当に……)
彼女がいなければ、耐え切れなかっただろう。
だが――
「……お、王妃様」
かすれた声が震える。
「どうしたの?」
「も、申し訳……ございません……」
血の気を失った顔。
噴き出す汗。
乱れた呼吸。
「これは……私の力の及ぶ範囲を……っ」
糸が断ち切れたように、彼女は崩れ落ちた。
そして次の瞬間――
抑え込まれていた激痛が、再び牙を剥く。
全身が引き裂かれるような苦痛。
◆◆◆
カサンドラは戦慄していた。
(双子様の魔力……想定を遥かに超えている……!)
双子であることは承知していた。
しかし、この規模は常識の範疇に収まらない。
否――
そもそも己の魔力など、触れることすら許されぬ領域。
(どうすれば……)
王妃の体内で暴走する膨大な魔力。
鎮めねばならない。
だが、自身の力では到底及ばない。
王妃が苦しんでいる。
それでも何もできない。
ただ歯を食いしばり、見守るしか――
――パチリ。
空気が震えた。
外部から流れ込む強大な魔力。
誰かが力を分け与えている。
(誰が……?)
魔力転移。
高度な術式。
至近距離。
精密な座標把握。
(まさか……魔王様……)
思考はそこで途切れた。
今は考察している余裕などない。
流入した魔力が、最後の機会をもたらす。
暴走制御への、最後の一手を。
ざああっ――
奔流となった魔力が解き放たれる。
荒れ狂う波動は、やがて確実に鎮静していった。
(これなら……いける)
呼吸を整え、次段階へ移行する。
母体外転移――出産工程へ。
カサンドラ家に伝わる秘術が展開される。
命を迎え出す、古き血統の魔法。
転移出産が始まった。
◆◆◆
「……成功、した?」
低く身構えたエリンの足元。
円環の魔法陣が静謐な光を放っていた。
即興の術式。
それでも成功は成功だ。
助産師へ魔力を譲渡した。
そして弟妹たちは、
エリンの魔力を感じた瞬間に悟る。
己の暴走を。
「あとで叱らないと。走るなって言ったのに……」
手首を払う。
魔法陣は砂のように崩れ、静かに消失した。
部屋を出ると、待機していた乳母と護衛が一斉に立ち上がる。
「分娩室へ行こう。弟妹に会いたい」
唐突な命令。
だが誰一人として迷わない。
いつしか彼らは、
エリンに従うことを本能のように受け入れていた。
◆◆◆
「……助かった」
胸奥から安堵が滲む。
やはり助産師は不可欠だ。
カサンドラがいてくれてよかった。
視界の先。
両腕を広げ、未知の詠唱を紡ぐ彼女。
転移出産魔法。
「――っ」
パキン。
世界に亀裂が走る音。
二条の光が溢れ出した。
「そんな……」
震える声。
私も言葉を失う。
宙に浮かぶ、二つの光。
白と黒の翼を持つ幼子。
瞳を閉ざしたその姿は、神話に描かれる天使そのもの。
そして――
私にとっては、本物の天使だった。
失いかけた命。
それでも生まれてきてくれた、かけがえのない存在。
「信じ難い魔力……翼を持つ魔族……これは伝説の……」
「伝説?」
カサンドラは詩を紡ぐように語る。
「天より降りし双翼の魔族
強大なる魔力を宿し、二人の子として双子に生まれ
世界を統べる魔王の左右の翼となる――」
翼の魔族。
前例なき存在。
(マハトラ……絶対に近づけさせない)
歓喜に震えながら歩み寄る姿が脳裏に浮かぶ。
接触は即刻遮断する。
その時――
エリンの時に用いた揺り籠が顕現した。
今度は二つ。
光に包まれた子どもたちが、優しく収められていく。
私は歩み寄り、静かに覗き込む。
エリンは黒髪。
双子は、私に似た銀髪。
黒翼と白翼。
「性別が異なりますね」
「二卵性かもしれないわね」
「初めて目にしました……」
この世界では稀有な例らしい。
その時、再び光が私を包んだ。
「これは?」
「王妃様の魔力が肉体を再構築しています。消耗したエネルギーの補填です」
妊娠前の身体へ戻る感覚。
視界が揺れる。
「まだ動いてはなりません。魔力枯渇状態です」
血ではない。
魔力の消耗。
休息すれば回復する。
「ヴァンパイアは未知が多く不安でしたが……安心いたしました」
「そう」
「マハトラ執事の助言が功を奏しました」
皮肉だが、今は受け流す。
「本当に可愛いわ」
黒翼の娘。
白翼の息子。
泣かずに、ただ私を見つめている。
母だと理解しているのだ。
指先を伸ばす。
小さな視線が追いかける。
結局、両手で同時に触れた。
二人同時に微笑む。
「どちらが兄(姉)になるのか」
術式記録が空間に残る。
出産の全過程。
命を賭して競い合った二人。
先に生まれようと、全力で駆けていた。
気になって仕方がなかった。
第50話までお読みいただき、本当にありがとうございます。
命を懸けて守り抜いた先に、
ようやく辿り着いた、小さな奇跡。
エステルの覚悟と、
生まれてきた双翼のぬくもりが、
皆さまの心にも残っていれば幸いです。
ここから物語は、
“家族の物語”として新たな局面へ進んでいきます。
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