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第48話 血の品格

「ブラッドパック……?」


魔王は私の言葉を静かに反芻し、ゆるやかに首を傾けた。

未知の概念に向き合った者の、慎重な沈思がその表情に滲んでいる。


それも無理はない。

この世界において、前例のない発想なのだから。


「あなたの力が必要なのです」


私は落ち着いた声で告げた。


声音とは裏腹に、胸奥では焦燥が波紋のように広がっている。

猶予は、もう残されていない。


魔王家に代々継承されてきた秘奥――

《物体形成魔法》。


無形なるものへ形を与える、王家のみが扱う奇跡の業。


その力を借り、血液を保存する容器と保管装置を創りたい。


魔王の膨大な魔力を封じる保管庫が存在するのなら、

生きる糧としての血もまた、同様に管理できるはずだ。


かつて目にした記録映像。

献血という行為。

整然と並ぶ血液パック。


遠い記憶の光景が、今になって鮮明に蘇る。


「血を保存し、必要な時に摂取する……理に適っています」


エリンが静かに同意した。


恐怖に震えながら吸血を受け入れていた人間の侍女たち。

あの怯えを、二度と繰り返さずに済む。


「だが、問題がある」


魔王の低い声が、場の空気を引き締めた。


「器具を創るには、構造を完全に理解し設計できる者が必要だ。

さもなくば、実物の見本が要る」


その瞬間、己の見通しの甘さを悟る。


魔法は奇跡。

だが奇跡とて、理を踏み外しては成立しない。


精緻な理解なき具現は、幻想と変わらぬ。


「協力者は?」


「いる」


「どなたですか」


魔王はわずかな間を置き、答えた。


「あなたもよく知る者だ」


やがて姿を現したのは――マハトラ。


漆黒の燕尾服。

一点の曇りもない丸眼鏡。

隙の欠片すら許さぬ端整な佇まい。


人の装いを纏う魔族は多い。

だが彼は違う。


“人間であるかのように”完成されている。


「お力添えいたしましょう」


柔らかな微笑の奥に、冷徹な理性が潜む。


一瞬、言葉を失った。


信用してよいのか。


だが、逡巡している時間はない。


腹部は確実に重みを増し、

双子の鼓動は日に日に強くなる。


あの危機を、二度と繰り返してはならない。


「ブラッドパックを製作したいのです」


説明を聞き終えたマハトラは、静かに顎へ手を添えた。


「器具の製作自体は容易です。

しかし……問題は“血液の凝固を防ぐ成分”」


抗凝固剤。


それなくして保存は成り立たない。


血は生命の象徴であり、

同時に時とともに死へ向かう物質でもある。


「一つ、お伺いしても?」


マハトラの声音は穏やかだった。


「人間の身体こそ、最も優れたブラッドパックではありませんか」


空気が凍りつく。


「皮膚は外殻、血管は循環機構。

生きている限り、血液は最良の状態で維持される」


残酷なまでに合理的な論理。


人間なら拒絶する発想。

魔族にとっては自然な帰結。


私は静かに目を閉じ、思索した。


確かに、機能だけを見れば正しい。


「保管目的であれば、昏睡状態で維持する方法もございます」


「……本気で仰っているのですか」


「合理性の話です」


迷いのない視線。


彼は善悪では語らない。

効率で語る。


それが彼らの理だ。


「それでも、理由をお聞かせ願いたい」


問いは誠実だった。


私は腕を組み、静かに告げる。


「品位がありません」


刹那の沈黙。


「人を捕らえ、縋りつき、血を啜り続ける姿は――美しくない」


私はグラスを手に取った。


紅を帯びた液体を注ぎ、

ゆるやかに口元へ運ぶ。


静謐な所作。


まるで一幅の絵画のように。


飲み干した後、言葉を継ぐ。


「こうしていただく方が、洗練されているでしょう?」


合理の問題ではない。


文化とは、合理だけでは測れない。


マハトラは目を見開き、やがて静かに笑った。


「なるほど……“品格”の問題ですか」


「抗凝固成分は私が調達いたします」


「対価は?」


「双子様への誕生祝いとして」


意外な申し出だった。


「ご無事の誕生、心よりお慶び申し上げます。

どのような力を宿されるのか……実に興味深い」


力への純粋な渇望。


だが今は、それが味方となる。


私は静かに頷いた。


この男は――使える。


ただし。


決して、目を離してはならない。

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