第47話 血で守る命
「やめて……動いて……
お願い……動き続けて……!」
無情にも、カウントは止まらない。
ゼロになった瞬間――
お腹の中の命は、永遠に光を見ることができなくなる。
「あなたたちは……不死鳥でしょう……
だから、耐えられるはず……!」
子どもたちを授かる前に見た夢。
炎の中から蘇った、二羽の小さな不死鳥。
あの光景を信じて、
私は喉が裂けるほど叫んだ。
この子たちは死なない。
――いいえ、死なせない。
母である私が、
この命を手放すなんて、あっていいはずがない。
その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が迫ってくる。
(……何?)
ドンッ!
扉が勢いよく開き、
差し込む光の中に、小さな影が立っていた。
「母上!」
右手を強く突き出したまま、
エリンが駆け込んでくる。
その後ろにはガーディアンたち。
そして、蒼白な顔で震える人間の侍女たち。
「彼女たちの血を――お飲みください」
最も純粋で、最も即効性のある力。
人間の血。
ガーディアンたちは、ためらう侍女たちを導き、
私の前に静かに跪かせた。
「ひっ……」
彼女たちは専属侍女ではない。
吸血という行為を実際に見たこともなく、
ただ“恐ろしい何か”として怯えている。
「た、助けて……」
「大丈夫よ。命までは奪わない」
声は穏やかだった。
けれど理性の奥底では、
抗いようのない衝動が荒れ狂っている。
血。
ただそれだけを、身体が求めていた。
理屈も倫理も押し流す、
原始的な渇望。
(……本当は、望んでいない)
それでも。
私は人間じゃない。
魔王妃エステル。
ヴァンパイア。
なら、生きるための選択をするしかない。
ガリッ――
牙が首筋に沈む。
柔らかな皮膚を貫いた瞬間、
侍女の身体から力が抜けた。
分泌された唾液が神経を麻痺させる。
流れ込んでくる温かな液体。
鉄の匂いを帯びた、命そのもの。
血が喉を満たし、
干上がった身体の奥へと染み渡っていく。
ウィィン……
《Blood》の数値が上昇していく感覚。
(……違う)
勇者の血を飲んだ時とは、まるで違う。
あの時は奔流のような力。
魂の奥まで満たされる感覚。
だから私は、ここまで保てた。
けれど今は違う。
これは“延命”のための血。
ふと視界に入る。
侍女の顔色が、急速に白くなっていく。
――限界だ。
牙を離す。
私は次の侍女へ向かった。
二人。
三人。
四人。
そして六人目の血を飲み終えた時――
飢えは、ようやく静まった。
侍女たちは床に崩れ落ちる。
だが、命の灯は消えていない。
体格、血量、循環速度。
すべて計算済み。
境界線は越えていない。
「彼女たちを別室へ。
栄養を与えて、必ず休ませなさい」
「はっ。王妃殿下」
カサンドラが深く頭を下げる。
乳母たちが静かに侍女を運び出していった。
静寂。
そして視線。
恐れと困惑が、部屋を満たしている。
無理もない。
ヴァンパイアの魔王妃が
血不足で倒れかけるなど――
誰が想像できただろう。
(……気づけなかった)
血の欠乏。
呼吸法が、その感覚を鈍らせていた。
痛みも渇きも、遠ざけてしまっていた。
(呼吸を……やめる?)
いいえ。
人間だった頃を、忘れたくない。
だから選ぶ。
管理すること。
向き合うこと。
そして――
“ブラッドパック計画”を進める。
「母上……大丈夫ですか?」
エリンの声が、現実へ引き戻す。
「ええ。もう平気よ」
頭を撫でると、彼は安堵した。
「そろそろ必要な頃だと思い、侍女たちを」
……この子は分かっていた。
私の異変も、
命の危機も。
「双子の御子様、異常なし」
診察の言葉に、胸の奥がほどける。
気配。
姿を見せないまま、
角の向こうに立つ存在。
――魔王。
彼もまた、安堵している。
「お父様のところへ行きましょう」
血が巡る身体は、羽のように軽い。
そして私は理解する。
私はヴァンパイア。
血を拒み続けることで、
自分を誤魔化していただけ。
人が食事を必要とするように、
私は血を必要とする。
生きるために。
母であるために。
この命を守るために。
同じ過ちは繰り返さない。
一度は許されても、二度目はない。
だから――
魔王と共に、
必ず解決策を見つける。
それが、私の覚悟だった。




