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第42話 奪うつもりが、奪われた日

レペルスは慎重にホヤキンへささやいた。


「拒否なされば――面倒なことになります。」


――今は従うべきだ。


その含みを込めた進言だった。


だが次の瞬間、ホヤキンが跳ねるように声を荒げる。


「断じて、あんな礼はできん。なぜ私が? なぜだ!」


「……では、このままお引き返しになりますか?」


「引き返すだと? あの女を相手にする気はない。魔王と直接話す。」


ホヤキンの言葉に、レペルスは小さく首を振った。


「我々はいま、エリン様に拝謁しております。

使節団の目的は、すでに果たしております。

それに……魔王陛下は、我々と面会なさらぬおつもりのようです。」


「ぐ……」


「今回の使節団、その責任者として――慎重なご判断を。」


“責任者”。


その言葉に、ホヤキンの顔が歪む。


役職には権限と同時に責任が伴う。

成功すれば莫大な利益。

だが失敗すれば――長老会の追及は苛烈を極める。


「……簡単な話だと思っていたのに。くそっ。」


弱みを握った魔王から巻き上げるだけの仕事。

そのはずだった。


だが目論見は、完全に外れた。


その時、マハトラの声が静かに響く。


「いかがなさいました? このままお帰りになりますか?

お帰りの道案内も、私の得意分野にございます。」


ホヤキンは歯を食いしばった。


やはりライカン・スロープとは相容れない。

ヴァンパイアが絡む事となれば、あらゆる手段で妨害してくる連中だ。


「簡易形式の礼がお気に召しませんか。

では、正式作法を最初から最後まで執り行われますか?」


マハトラが、淡々と追い打ちをかける。


正式礼。


先ほど示された、あの屈辱的な一連の儀礼を

すべて行うことになる。


それに比べれば――簡易形式の方がまだましだった。


(手早く……形だけ済ませればいい)


ホヤキンはぞんざいに終わらせるつもりだった。

だが、その考えの甘さは見抜かれている。


「簡易形式とはいえ、所定時間がございます。

私が計測いたしますので、動作をお合わせください。

無論、不十分であればやり直しとなります。


……ご安心を。私情など、微塵もございません。」


私情まみれの物言いを、慇懃に包む。


マハトラは懐中時計を取り出した。

終わらせる気はない。

“正しく”やり遂げるまで。


「この野郎……」


他の魔族なら鼻で笑えた。

だが相手はライカン・スロープ。


ヴァンパイア相手となれば、理屈も体面もかなぐり捨てる種族だ。


「エリン様のウムカウテを祝賀する、使節団の礼――開始。」


マハトラの宣言が、大広間に重く響いた。


◆◆◆


私は、簡易礼を行う二人のヴァンパイアを眺めていた。


同族。


確かに雰囲気は違う。

魔王城で会った他の魔族とは、どこか異質だ。


異国の街で、同郷の者を見かけた時のような――

それくらいの感覚。


だが、それだけ。


特別な感情は湧かない。

記憶もない。縁もない。


(……今回は、本当に使えるわね)


事前協議の不在を盾にごねられれば厄介だった。

そこからは互いに退けない消耗戦になる。


だが、その盤面を一枚で覆せる札がある。


ライカン・スロープのマハトラ。


ヴァンパイア一族にとって彼らは、

理の通じぬ野蛮な“狼犬”。


そんな相手とチキンレース?

成立するはずがない。


マハトラは“道具”として使う時、最も有用だ。


(……もちろん、その刃が私に向く可能性もある)


油断はしない。


彼は何を考えている?

エリンの力を奪うつもりか?


能力への執着。

それこそが、あの一族の本質。


もし子どもたちに手を出すなら――

その時は、容赦しない。


愚かな真似をしないことを祈るだけだ。


にこり。


マハトラがこちらを見て微笑んだ。

計測完了の合図。


使節団は、ついにエリンへ頭を下げた。


前例の重み。

最初が肝心。


一度前例ができれば、今後の使節も避けられない。

それを知れば、軽々しく来ようとは思わない。


続いて、贈呈式が始まる。


「エリン様のウムカウテを祝し、使節団より献上品を。」


赤い包みを携え、マハトラが進み出た。


「確かめてごらんなさい。」


私の言葉に、エリンが自ら包みを解く。


「わあ……これ、何? すごい。」


象牙色の腕輪。

中央には赤い宝石。淡い魔力が漂っている。


象牙製かと思った。

だが違う。


「高級白香木製の魔導腕輪にございます。

入手困難な素材。相当に配慮された贈答品かと。」


高地に育つ白香木。魔法具の上質素材。

長寿祈願の象徴。


魔法適性の高いエリンへの祝いとしては最適。


「軽量で肌にも優しく、ウムカウテ期の魔法訓練に適しております。」


魔導腕輪は魔力を補助する魔具。

いわば“予備魔力源”のようなものだ。


エリンの目が輝いた。


「つけてみなさい。」


装着と同時に主認識が始まる。

以後、エリンの魔力波長にのみ反応する。


「気に入りました。」


その笑顔に、私も頬が緩んだ。


「……ただし。」


空気が変わる。


「返礼に過度な要求は困りますね。

贈答選定は長老会ではなく外務部門でしょう。

あの部署は、まだ常識が残っている。」


マハトラが指で小さな円を作る。


担当部署はまともでも、長老会は別。


恐怖を失った者は、自力で正気に戻れない。

必要なのは外圧。


私の子を口実に奪おうとするなら、

痛みをもって理解させる。


◆◆◆


「遠路ご苦労だった。」


私が告げる。


ホヤキンの口元が緩む。

本題に入れると確信した顔。


だが――


「では、金と領地の話をしよう。」


一拍。


「金は……三十万ゴールドでよい。」


三本の指を立てる。


「は?」


ホヤキンの目が見開かれる。


あまりに即断。

交渉の余地すらない提示。


(……もっと取れたのでは)


欲が、あからさまに顔に出る。


「領地は……地図を。」


マハトラが地図を広げた。


「ゴールドに加え、領地割譲も行う。

ただし境界は山脈ではなく河川基準とする。」


合理的提案。

だが彼の耳には入らない。


「領地まで……?」


「私は常に一族へ配慮している。」


「もちろんです!」


露骨な喜色。


「では、イブラ川を新境界とする。」


線が引かれる。


だが――


「……?」


線は北へ。


奪われる側。


「この地は、ヴァンパイア一族が支払うべき代価だ。」


「代価?」


「魔王軍が戦争を防いだ代価。

安穏を望むなら、相応の負担を払え。」


冷たい声音。


「ここは魔族連合軍の駐屯地と訓練施設にする。」


「連合軍?」


「魔族にも統一軍は必要だ。」


「馬鹿な……」


「エリンが指揮する。」


「はは……ははは……」


乾いた嘲笑。


「費用だと? 誰のおかげで魔王に――」


「最低限の措置だ。」


遮断。


「魔王城が落ちれば、貴様らも無事では済まない。」


空気が凍りつく。


「子どもたちの未来のため。

その負債、必ず回収する。」


私はエリンの頭を撫でた。


最愛の子どもたちに、滅びの未来は渡さない。


その身から放たれる威圧が、場を完全に支配していた。

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