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第41話 外戚の終焉

ぶるぶる。


ホヤキンの手が震えた。


ライカン・スロープは劣等な連中だった。

優れたヴァンパイア一族には敵わぬと悟るや、その力を盗み始めた盗人ども。


あらゆる卑劣な手段を用いるライカン・スロープのせいで、

ヴァンパイア一族は長きにわたる戦いを強いられてきた。


正々堂々という言葉も知らず、

勝つためなら、己の利益のためなら手段を選ばない。

それがライカン・スロープという連中だ。


「和平協定によって、両一族の長年の遺恨は解消されたものと承知しておりますが?」


マハトラが両手を軽く持ち上げながら言った。


それは事実だった。

人間との戦争が長引くにつれ、アトランティス島の各魔族も、

一つ、また一つと和平協定や仲裁を結び、互いの戦闘行為を停止していったのだ。


だが、それとこれとは別問題。

ライカン・スロープ一族を見下し、蔑む感情は何一つ変わっていない。


「なぜ貴様がこの城の執事なのだ?」


「少し前に任命されました。

そしてそれは、魔王様がご判断なさるべきことかと存じます」


魔王城の執事に誰を据えるかは――

貴様が口を挟む話ではない。


そう言外に示していた。


「人間のような格好をしているのはなぜだ?」


「何のことやら。

私は人間の真似をしているのではありません。

最新の――いわばコンテンポラリー・スタイルの装いをしているだけです。

我が一族は常に流行の最先端を追いますので」


そう言いながら、マハトラは使節団の一行を上から下まで眺めた。


彼らの装いは伝統的なヴァンパイア一族の衣装。

上下が一続きの作りで、腰を紐で締める形式。

生地も粗く、古式の織り方によるものだった。


それに対しマハトラの衣服は、

上質な毛織物を人間の密輸商から入手し仕立てた一着。


――ずいぶんと野暮な装いですね。


そんな含みを持たせた視線だった。


「ふざけた話だ」


ホヤキンが苛立たしげに吐き捨てた。


空気を察したレペルスが、素早く場を収めに入る。


「あなたが案内役を務めるのであれば、

我々を使節団の客人として丁重に案内していただきたい」


“使節団”と“客人”を強調する。

これ以上空気を悪化させても得策ではない――その示唆だった。


「ええ、もちろんです。

使節団の皆様にご不便がないようにするのが私の務めですから」


マハトラは両手を軽く広げ、流すように一礼した。


レペルスには、その仕草が彼らを小馬鹿にしているように見えた。

だが、ここで言い返すわけにはいかない。


「我々の目的をお忘れなく。

たかが執事一人のせいで話を台無しにするわけにはいきません」


レペルスは必死にホヤキンをなだめた。


「ちっ。“狼犬”を執事に使うとは。

正気か? あんな信用ならん連中を」


“狼犬”。

ヴァンパイア一族がライカン・スロープ一族を指す蔑称だ。


優秀な血統を見れば交わり、

新たな能力を持つ一族を生み出してきたことへの嫌悪と軽蔑が込められている。


レペルスは小声で囁いた。


(私が前に出ます。

ホヤキン様は見なかったこと、聞かなかったことになさっては)


(臭い狼犬など相手にしたくない。任せる)


(承知しました)


レペルスはホヤキンを一歩下がらせ、安堵の息をついた。


ここで揉め事を起こされては困る。

自分が前に出た方がまだましだ。


だが嫌な予感は消えない。


(聞いていた話と違う。

魔王が我々を扱う態度が変わっている)


ホヤキンはまだ気づいていない。

だがこれは、使節団への今後の扱いを示す“予告”に等しかった。


今は警告段階。

その意図を読み取れるかを試されている。


これからは自ら頭を下げる側に回らねばならない。

さもなければ何が待つか――想像もできなかった。


「では、魔王城の執事殿。ご案内を」


丁重なレペルスの言葉に、マハトラは感心したような表情を浮かべる。


ホヤキンの補佐役は、予想以上に話の分かる相手だった。


本来ならさらに神経を逆撫でするつもりだったが、

レペルスの低姿勢を見て案内を開始した。


「こちらへどうぞ」


マハトラの先導に従い、二人は歩き出す。


「……ん?」


ホヤキンが違和感を覚えた。


魔王の元へ向かうと思っていたが違う。

廊下を抜け、別の場所へ案内されている。


魔王の執務室は中央の最高塔のはずだが。


「現在、魔王様はご不在ですので、

魔王妃様が直々に使節団をお迎えになります。

同族が祝賀に訪れたのです、実に喜ばしいこと。

エステル様もさぞお喜びでしょう」


「喜ばしいこと、ではあるが……」


レペルスの表情が強張る。


使節団が来訪しているのに魔王は姿を見せない。

意図的な回避――明白だった。


マハトラが重厚な扉の前で立ち止まる。


「魔王妃様がお待ちです。

久方ぶりの郷里の方々との再会、感慨も深いことでしょう」


ホヤキンは無視し、レペルスのみ軽く会釈した。


ぎぃ――


扉が開く。


「エリン様のウムカウテを祝賀するため、

ヴァンパイア一族の使節団、到着いたしました!」


二人は息を呑んだ。


高壇の上。

女王のごとく君臨するエステル。


銀髪に映える銀のドレス。

燦然と輝くティアラ。

顎に指を添えた気高き姿。


氷雪の女王が見下ろしていた。


どん、どん、どん!


長槍を携えた騎士団が左右に整列し、

一斉に石床を打ち鳴らす。


凄絶な威圧感。

壇上の人物が魔王だと言われても信じるほどだった。


「使節団として、丁重なご挨拶を。

――このように」


マハトラが模範を示す。


深く一礼。

さらに膝をつき、平伏し、両手を掲げる。


「これは……?」


「人間帝国で皇帝に拝謁する際の礼法です。

見栄えが良かったので、少々改変して取り入れました」


「何だと?」


「ただし簡略式で結構です。

祝賀使節団の皆様には、膝をつき両手を掲げるのみ。

同族ですから特別扱いですよ」


恩着せがましく言う。


「我々にそんな挨拶をしろと?」


背筋を誇りとしてきた一族には屈辱的な所作。


ホヤキンの顔が紅潮する。


「そなたは誰だ?」


エステルが静かに問う。


レペルスが即座に応じる。


「使節代表、ダストネ長老のご子息にしてマバルン領主ホヤキン様。

私は補佐レペルスにございます、魔王妃殿下」


「そして、エステル様の異母方の従兄にあたられます」


静寂。


「私は一族長ディアポルの娘。

そして今は、魔王の妻だ」


空気が凍る。


(まずい……)


外戚の威光は、もはや通じない。


「我々は祝賀使節団だ! 魔王妃に挨拶に来たのではない!」


空気が完全に凍りつく。


「承知している。

だからこそ――挨拶を命じている」


椅子の後ろから、一人の少年が姿を現す。


黒髪、黒瞳。

古代純血魔族の証。


「私はエリンに挨拶せよと命じた。

そなたらは祝賀のために来たのではないのか?」


母として、エリンを抱き寄せる。


レペルスの喉が鳴る。


理屈ではない。

血が、魂が、本能が告げている。


――逆らってはならない。


“時代そのものを塗り替える者の威”。


もし現魔王が選ばれし王なら。

あの少年は、生まれながらの支配者。


膝を折るのは屈辱ではない。

敗北でもない。


未来への投資だ。


商人の勘が、そう告げていた。

次話、

「祝賀」は終わり、

“清算”が始まります。

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