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第40話 先制の一手

一団が馬に乗り、ゆっくりと進んでいた。


総勢は十名。


彼らはヴァンパイア一族の使節団だった。


先頭の二人が、使節団の正使と副使である。


「やっぱり昼間に動くのはきついな。

夜に動ければいいんだが」


つばの長い茶色の帽子をかぶった男が、ぼやくように呟いた。


彼は使節団の正使、ホヤキンだった。


「もうすぐ魔王城です。

あちらは太陽の出ている間に起きている者たち。

我々は客なのですから、合わせるほかありませんよ、ホヤキン様。

それに、これがこれまでの使節団の慣例でもあります」


ホヤキンの横で馬を走らせていた男が言った。


青白い顔に落ちくぼんだ目。

かなり不気味な風貌で、彼もまたホヤキンと同じく、つばの長い帽子をかぶっていた。


正使を補佐するレペルスである。


「我々を迎える者たちは、いつ来るんだ? レペルス」


「もう少しお待ちください」


レペルスはすぐさま答えた。


ホヤキンの機嫌があまり良くないことを察していたのだ。


レペルスとは違い、純血の血が濃いホヤキンは、日差しに慣れていなかった。


レペルスは長い銀髪のホヤキンを見つめた。


エステルの異母方の従兄にあたる、と聞いている。


ヴァンパイア一族の七大豪族の一人。


平民であるレペルスには、

本来なら気軽に言葉を交わせるような相手ではない。


だがレペルスは、極めて珍しい“ヴァンパイア一族の商人”という立場にあるため、

今回の使節団でホヤキンの補佐役を務めることができた。


ホヤキンの目に留まり、

自分の商会の影響力をさらに広げること。


それが今回、使節団に加わった理由だった。


そしてこの同行によって、

彼は新たな事実を知ることになった。


(エステル様の婚姻は、ただではなかったのか)


ライカン・スロープ一族から譲歩を引き出した。

だが一族の長老会は、その事実を表に出さず、

“大義”に基づいて魔王家へエステルを嫁がせたのだ――

そんなふうに一族の中へ触れ回っていた。


いわば非公開の合意。


ところがホヤキンは、道中で

エステルと魔王の婚姻の裏にあった真相を語って聞かせた。


実際には、自分がそんな重要な役目に関わったのだという自慢に近かった。


(なのに、それに加えてさらに金まで絞り取っているのか?)


商人であるレペルスは、不安になった。


(いくら何でも、ほどほどにしておくべきだろう)


人間との戦争の最中であっても、

魔王はヴァンパイア一族が金を要求すれば、どうにか都合をつけて差し出していた。


金は渡す。

だから、これ以上は我が妻に関わることで騒ぎ立てるな。


そういう意味だった。


レペルスとしては、

エステルを口実に魔王から金を巻き上げるのは、もうこの辺で終わりにすべきだと思っていた。


だがホヤキンは、

これまでとは桁違いの要求を突きつけようとしていた。


「三十万ゴールドは取らねばな」


「戦時下の魔王に、そんな大金が支払えるのでしょうか?」


「三十万ゴールドを本当に払うなら、それでもよし。

もし支払えず、一部の金額と引き換えに領地を割譲させられるなら、それも悪くない。

ふふふ」


新たに組み込まれた領地は、

ホヤキンの領地の一部に編入される。


自分の土地が増える――

そう考えているからこそ、七大豪族の一人であるホヤキンが、

わざわざ面倒を押してここまでやって来たのだ。


「迎えの者たちが来たようです」


レペルスが声を上げた。


彼らの視界の先に、土煙を巻き上げながら近づいてくる騎馬隊の姿が見えた。


魔王軍の旗が、はっきりと見える。


「ふん。

こうして見ると、まるで人間の騎士団と変わらんな」


ホヤキンが鼻白んだように言った。


「魔王軍も長く人間と戦ってきましたから。

彼らの戦略や戦術、それに武具の体系を取り入れているのでしょう」


「それでも気に食わん。

山の下に住む連中の大半は、人間の文化にどっぷり浸かっているようにしか見えん」


ヴァンパイアたちは、

人間の風習に染まった魔族たちを、内心では見下していた。


高地で古き伝統を守る自分たちこそが、真の魔族。


あれらは、人間の風習にかぶれて魔族の精神を失った者たち。


ホヤキンは、そうした選民意識に浸っていた。


「人間どもの船が初めて海岸に姿を現した時、すぐ追い返すべきだったのだ。

余計な情けをかけて受け入れたから、今の有様ではないか」


もともと彼らは商人だった。

だが、その後で商人たちはアトランティス島の情報を大陸へ流し、

やがて侵略軍がこの島へ上陸した。


力を合わせられず分裂していた魔族たちは、

南部の海岸地帯を奪われてしまった。


それ以来、うんざりするような戦争が何十年も続いている。


やがて魔王軍の騎馬隊が到着した。


「祝賀使節団の皆様でしょうか。

こちらに、我々がご用意した馬車がございます。

これにお乗りいただいた方が、はるかに快適かと」


正使たちを乗せるための高級馬車が一台。

従者たちのための一般馬車が二台、用意されていた。


「……あれが馬車か?」


騎馬隊の後方に、頑丈そうな馬車が見えた。


本来、魔族には道を整え、道路網を作るという発想がなかった。

そうした環境では、馬車の存在自体が難しい。


だが魔王城の周辺には道路網が整備されており、

そのおかげで馬車での移動が可能になっていた。


「馬車を?

人間どもの乗り物を用意したというのか?」


「貴一族の皆様がご不便なきよう、

窓をなくした特別製の馬車にございます」


よく見れば、普通の馬車とは違っていた。


窓のない馬車。


日差しを嫌う彼らのために作られたものだった。


レペルスは、そっとホヤキンの方へ顔を向けた。


馬車は典型的な“人間の乗り物”である。


人間文化を嫌悪している彼が、

どんな反応を示すのか不安だったのだ。


「悪くないな」


ホヤキンの顔が明るくなった。


彼らは案内されるまま馬車へ乗り込んだ。


中には、最低限の視界が確保できる程度の明かりしかない。


もっとも、ヴァンパイアたちは

その程度の光ならすぐに慣れるため、大した不都合はなかった。


「おお、これはいい」


馬車が動き出すと、

ホヤキンは揺れもほとんどないと満面の笑みを浮かべた。


「これで移動するのは実に快適だな。

やはり平地では馬車に限る。

それに、あの忌々しい陽光も避けられるのがいい」


馬車を絶賛して騒ぐホヤキンを見て、

レペルスは少し呆れた顔をした。


人間文化に染まった者たちを見下していたくせに、

いざ自分が快適になれば、これほど喜ぶのだ。


結局のところ、

自分が使わないもの、利用しないものに対する選択的な軽蔑にすぎない。


だがレペルスが、

その態度を指摘できるはずもなかった。


適当に相槌を打ち、

さっさと受け取るものを受け取って帰る。

それが最善だった。


「最初からここまで気を遣ってくれるとは、

やはり魔王はこちらを手厚くもてなすつもりらしいな。

ふふ。

だが三十万ゴールドから、たとえ一ゴールドたりとも負けてやるつもりはない」


エリンのウムカウテを祝う気持ちなど、

彼の中には欠片もなかった。


しばらく走っていた馬車の速度が、ゆっくりと落ちていく。


「ふふ。いよいよ到着か?」


眠っていたホヤキンが身を起こした。


馬車のおかげで、

実に快適に眠ることができた。


外へ出てみると、

いつの間にか夕陽が沈みかけていた。


「……ん?」


魔王と、その側近たちが待っているものと思っていた。

だがそこにいたのは、眼鏡をかけた魔族の男が一人と、

侍女らしき人間の女たちだけだった。


ホヤキンの後ろから馬車を降りたレペルスも、

一瞬あっけに取られた。


「エリン様のウムカウテをお祝いするため、

遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。

私は魔王城の執事、マハトラと申します」


「お前……まさか」


ホヤキンの表情が凍りついた。


ただでさえ、眼鏡にネクタイ、黒いスーツと、

人間と変わらぬ格好をしていて気に食わなかったというのに、

この男から漂う気配は――


「ご推察の通りでございます。

私はライカン・スロープ一族の者です」


にこりと微笑みながら言うマハトラ。


ヴァンパイア一族の宿敵――

ライカン・スロープ一族が、彼らを出迎えていたのだ。


◆◆◆


今日は少し早く起きた。


今ごろ、

マハトラが使節団を出迎えているはずだ。


「ママ。どうしてマハトラを行かせたの?」


魔導書を読んでいたエリンが、

ふと不思議そうに丸い目を向けてきた。


「彼が一番、あの連中を迎えるのに適任だからよ。

たぶん、彼の正体を知った瞬間に大騒ぎになるでしょうね」


私は地図を広げ、

ヴァンパイア一族とライカン・スロープ一族の仲が良くないことを簡単に説明した。


「ライカン・スロープ一族そのものが、少し特殊な気質を持っているのは確かだけど、

そもそも隣接している勢力同士って、仲良くしにくいものなの。

そのことをまず理解しておかないと、

アトランティス島全域で起きている一族間の争いも分からないのよ」


「そうなんですか?

そんなこと、図書館の本には書いてませんでした」


もっと話してほしい。

そんなふうに目を輝かせてエリンが尋ねてくる。


「うーん、つまりね……」


“遠交近攻”の意味を、

まだエリンが理解できるだろうか。


私は昔、本で読んだその考え方を、

なるべく分かりやすく噛み砕いて説明してやった。


「なるほど。

本当にすごいです。

ママの話は、本より分かりやすいです」


「でも、本はちゃんと読み続けないとだめよ。

長い時間をかけて積み重ねられた知識が、その中に詰まっているんだから」


エリンは特に魔法書を好んでいた。

図書館にある魔法関連の本は、片っ端から読んでいる。


私は目の前に置かれた魔法書を手に取り、言った。


「これを土台にして、まず完璧に覚えるの。

その上で、今度はあなたが新しいものを生み出していくのよ」


よく、想像力や創造力を語る際に、

暗記を悪いもののように扱う人がいる。


でも、それは間違いだ。


新しいものを生み出す。

その土台は、暗記にある。


一を学んで十を知るというのは、

基本概念をしっかり身につけてこそ、

原理を見出し、まだ学んでいないことまで理解できるという意味だ。


だから、暗記なき創造性など、

本来は成り立ちにくい。


だがエリンは、

まだそこまで腑に落ちていないようだった。


私は身をかがめ、

エリンの耳元でこっそり囁いた。


「これはね、あなただけに教える話よ。

よそで、私が言ったって話しちゃだめだからね」


「はい!」


「ものすごく有名な人が、こんなことを言ったの」


「人間ですか?」


「そう。人間よ」


「何て言ったんですか?」


「私は巨人の肩の上に乗っていたから、

より遠くまで見ることができました――って」


そう言って、

私はエリンの前に置かれていた魔法書を持ち上げた。


「先人という“巨人”たちが書いた本を読みなさい。

そして、それを自分のものにするの。

そうすれば、あなたも巨人の肩の上に立って、

もっと遠い世界を見ることができるわ」


「僕にも、できますか?」


おずおずと尋ねるエリン。


私はそんなエリンを、ぎゅっと抱きしめた。


「できるわ。

あなたは全知全能のオールラウンド・マジシャンになるのよ」


“オールラウンド・マジシャン”。


その言葉に、エリンの肩がぴくりと揺れた。


魔法使いなら誰もが夢見る境地。


「はい。僕はオールラウンド・マジシャンになります。

そして、僕にとっての巨人はママです」


そう言って、エリンは私の首にしがみついた。


「ママの肩の上に乗って、もっと遠い世界を見ます。

パパの肩車も好きですけど、

ママの肩の上に立って、もっと広い世界を見るのも好きです」


しっかりとした、エリンの抱負。


私は「頑張りなさい」という意味を込めて、

エリンの背を優しく叩いた。


全知全能のオールラウンド・マジシャン。


成長したエリンの姿が、ますます楽しみになった。


ウィーン。


その時、魔法石のアラームが鳴った。


マハトラが使節団との対話を始めたという合図だ。


(そろそろ、私も出る準備をしようかしら)


最初は、まず先制の一手。


ここが甘く見ていい場所ではないと、

思い知らせてやる必要がある。


そして、そのあとに私が出る。


マハトラは、そういう役目には実にうってつけの男だった。

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