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第3話 勇者、我が腕の中に

「大丈夫か?」


彼は心配そうに眉を寄せ、そっと私の頬に手を当てた。


あたたかく、やわらかな手。


本気で気遣ってくれていることが、触れた瞬間に伝わってくる。


(この時間に? この場所で? どうしてそんなに驚いてるの……あ)


そこでようやく思い出した。


私はゲームの中の魔王妃。エステル。

そして彼女は、“ヴァンパイア一族”だった。


太陽を嫌う一族。


とはいえ、ヴァンパイアだからといって

太陽の光で燃え上がったりするわけじゃない。


ただ――

だからといって、日差しを平然と受け入れられるわけでもなかった。


日光を浴びれば、

全身を刃物で刺されるような痛みが走る。


焼けはしない。

だが重く鈍い苦痛が、確実に体力を削っていく。


だからエステルの活動時間は、基本的に夜だった。


(なるほど……)


この部屋に窓が一つもなかった理由も、それで納得がいく。


なのに私は、まだ日が落ちきらない時間に城内を歩き回った。


そりゃあ侍女たちも驚くはずだ。


もちろん――


魔王である私の夫も。


普段は完全に夜にならないと姿を見せない私が、

こんな時間に外へ出ているのだから。


しかも。


私は今、夕焼けを眺めている。


ヴァンパイアとしては、かなり珍しい行動だ。


(まさか……バレてないよね?)


“中身が違う”なんて気づかれたら終わりだ。


「大丈夫です。少し……夕焼けを見たくなっただけです」


頭の中で組み立てた言葉が、そのまま口をついて出る。


しかも自然に、エステルらしい口調で。


どうやら疑われてはいないらしい。


「無理はするな。それと……今日は用事がある」


魔王は静かに言った。


「明日の夜、また来る」


おそらく、連れてきた人間たちの件だろう。


そう言い残すと――


魔王の姿は一瞬で掻き消えた。


(どこへ……?)


下を見ると、先ほどの兵たちと合流して移動している。


転移か何かだろう。


(よかった……)


とりあえず時間は稼げた。


状況も整理できていないのに、いきなり“夫婦”なんて言われても困る。


「ふぅ……」


張りつめていた緊張がほどけ、深く息を吐いた。


そこで気づく。


(あれ……?)


エステルは、呼吸を必要としない。


(今まで……息してなかった?)


さっきの深呼吸は、人間だった頃の癖だ。


私は意識して呼吸してみる。


「すぅ……はぁ……」


できる。


やろうと思えば、普通に。


廊下を歩きながら、何度も呼吸を繰り返した。


そうしないと――


自分が人間だった感覚まで失ってしまいそうで。


(よし……だいぶ自然になってきた)


呼吸を続けていると、身体がほんの少し軽くなる。


エステルはきっと、こんな呼吸の仕方をしたことはない。


でも私は違う。


人間だった記憶がある。


だから、できる。


(それより……これからどうする?)


部屋へ戻り、ベッドに腰を下ろす。


これから何をすべきか。


まるで見当がつかない。


(今って、ストーリーのどの辺?)


私はこのゲームを勇者側でプレイしていた。


だから大まかな流れは覚えている。


けれど、細かい時間軸までは思い出せない。


(いきなり勇者が来たりは……しないよね?)


いや、まだのはずだ。


魔王の妻エステルには五人の子どもがいる。


そして彼らは、魔王城各階層の中ボス。


つまり――


子どもたちが生まれてから、勇者は来る。


(なら、まだ時間はある……)


その時。


魔王の言葉が脳裏をよぎった。


「明日の夜、来る」


「……」


身体が固まる。


まさか。


子どもを作るって意味?


頭の中に、妙に生々しいR指定シーンが浮かぶ。


カァッと顔が熱くなった。


身体は完全にヴァンパイアなのに、反応は人間のまま。


「……逃げよう」


結論はそれだった。


ここにはいられない。


魔王の妻なんて、ゲームの設定だ。


私には関係ない。


そう決めた瞬間、行動は早かった。


「まずはお金かな」


ゲームの通貨はGold。


なら、この世界にも金貨があるはず。


部屋を見回す。


……ない。


宝石すら見当たらない。


(魔王の妻の部屋だよね?)


驚くほど簡素だった。


ゲームでも魔王城は廊下くらいしか描写がなかった。


生活感ゼロ。


(まあ……棺桶だけの部屋じゃないだけマシか)


ポジティブ思考、大事。


「お金は……なんとかなる、よね」


そもそもこの姿で人間社会に溶け込むのは難しい。


「山奥とか、洞窟とか……」


いずれ勇者たちが魔王城を攻めてくる。


その時、魔族の多くは死ぬ。


「……でも食事は?」


目覚めてから、空腹は感じていない。


けど、いつかは腹が減る。


その時どうする?


(やっぱり……血?)


鏡で牙を確認する。


(歯、めちゃくちゃ綺麗……って違う)


思ったより普通だ。


(もしかして、何も食べなくても……?)


コンコン。


扉がノックされた。


「エステル様。お食事をお持ちしました」


“食事”という単語に、耳がぴくりと反応する。


くん、と鼻を鳴らす。


いい匂い。


(普通の食事……?)


そう思った瞬間――


「入れ」


冷たい声が勝手に口から出た。


扉が開く。


メイドが入室する。


だが。


食事用のカートはない。


「以前お望みだった少年をお連れしました」


「……え?」


メイドは一度下がり、再び戻ってきた。


車椅子を押して。


そこに座っていたのは――


息を呑むほど美しい少年。


十五歳ほど。


整った顔立ち。


透き通る肌。


髪を伸ばせば少女と見紛うほどの中性的な容姿。


「……」


思わず見入ってしまう。


問題は服装だった。


ギリシャ神話の登場人物みたいな薄衣。


ほぼ半透明。


身体のラインがくっきり見える。


(え……)


メイドは少年を私のベッドへ座らせる。


ぺこりと一礼。


「それでは、ごゆっくり“お食事”を」


「……」


待って。


待って待って待って。


食事?


その瞬間――


エステルの記憶が蘇った。


ヴァンパイアの食事。


人間の血。


そしてエステルは――


美少年の血を好んでいた。


私は思い出す。


この少年の名前を。


「帝国騎士団見習い騎士」


少年は静かに名乗った。


「カリオン・S・マジェルです」


その瞬間。


思考が止まった。


(それ……)


勇者の名前じゃん。


未来で。


私を倒す勇者。


その勇者が今。


私の腕の中にいる。


私は――


少年の首を掴んだ。


少し力を込めれば。


簡単に折れる。


もし。


今ここで、勇者を殺したら?

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