第23話 料理は戦場を越える
「おお、これは?」
ギルガオンの手が一気に速くなり、あっという間に皿を空にしていった。
上品に食事を進める魔王に比べれば、少々品に欠けると言うべきか。
だが彼は本当に美味そうな表情を浮かべながら、私とエリンが作った具だくさんのカレーライスをきれいに平らげた。
……食べるの早すぎない?
完全に野戦軍人タイプね。
それに比べて、私の夫――魔王は、まさに総司令官の風格だった。
ギルガオンは皿を置き、ナプキンで口元を軽く拭うと、魔王の許可を得て立ち上がり、私に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。王妃様の実力を見誤っておりました」
(それを今さら気づくなんて)
私は心の中で鼻を鳴らしつつ、寛大な表情で彼の謝罪を受け入れた。
私が頷くと、ギルガオンは拳を握りしめて力強く言った。
「人間との戦争は、剣や矢だけで決まるものではありません。
奴らの武器を奪い、それで奴らを討つように――
人間の料理を我々がさらに進化させ、より美味くしてしまえば、それもまた勝利と言えるでしょう」
……この人、何でも戦争に結びつけるのね。
とはいえ、
「人間の料理など食うべきではありません!」
なんて面倒な思想に固執されるよりは、ずっといい。
味方にしておいた方が楽だ。
「王妃様の料理に比べれば、かつて人間界で食べたカレーは泥のようでした」
さっきまで怒っていた人の台詞とは思えない。
でも、合理的に考えを改められる人材は貴重だ。
能力があり、忠誠心があり、報酬に応えて働く者なら、なおさら。
ちらり。
その時、ギルガオンの視線がカートに向いた。
三人前持ってきた料理は、まだ一皿分残っている。
もっと食べたいの?
私は魔王を見た。
「私は食べ過ぎを好まぬ。残りはギルガオンに与えてもよいか?」
魔王は私に判断を委ねた。
当然だ。
私とエリンが作った料理なのだから。
「食べ物を残すのは好きではありません。
あなたがそう思うなら、どうぞ」
ギルガオンは嬉々として最後の皿を手に取った。
しかも最後の一皿は、トッピングが一番多い。
「ふふふ……」
彼は満面の笑みを浮かべた。
「人間どもは、なぜこんな良い食材であの程度の料理しか作れないのか。
特にトッピングと白米に絡むカレーの味……絶品です」
(それは……ゲームの仕様だからよ)
私は心の中で呟いた。
「本当に美味しいです。心から」
お世辞ではない。
純粋な感想に聞こえた。
「今後、王妃様の料理なら何でも喜んでいただきます」
――私の料理ファン第一号、誕生。
対して魔王は慎重だった。
表情は満足しているように見えるが、食べ終えるまで明確な評価はなかった。
やがて食事を終え、彼は静かに言った。
「料理長が聞けば寂しがるだろうが――
これまで食べた中で、最高の料理だった」
それだけでも十分な賛辞。
だが彼は続けた。
私のそばまで歩み寄り、そっと頭を撫でる。
「この料理を、二番目に美味い料理にしてくれるか?」
「もちろんです。期待してください」
まだまだ作れる料理はある。
ふと顔を上げると、彼と目が合った。
距離が近づく。
……ギルガオンもいるのに。
「にゃあはは!」
エリンが笑い出した。
「エリンも一緒に作ったのよね?」
「にゃあ!」
「パパが美味しく食べてくれて嬉しいのね」
エリンは満面の笑みだった。
その時、ギルガオンが口を挟んだ。
「地下牢の人間どもは、こんな美味いものを知らずにいるのでしょうな」
ギルガオンの何気ない一言に、私は小さく息を止めた。
――地下牢の人間たち。
そういえば、この城には捕虜がいるのだった。
ゲームではほとんど語られなかった存在。
ただ背景設定として流されていた人々。
けれど、ここはもう“物語の外側”じゃない。
同じ空の下で生きている、現実だ。
(ちゃんと食事は出てるの?
扱いは……酷くない?)
胸の奥が、ざわついた。
魔族と人間は敵同士。
それは分かっている。
分かっているけれど――
もし。
ほんの少しでも、
関係を変える余地があるのなら。
剣でも魔法でもなく、
もっと別の方法があるのなら。
私は、試してみたいと思った。
料理で、心は動かせる。
少なくとも――
さっき、この部屋で証明された。
静かに視線を落とす。
腕の中で眠そうにしているエリンの温もり。
この子が生きる未来を、
少しでも穏やかなものにしたい。
そのために、私にできることは何だろう。
「……陛下」
私はそっと口を開いた。
「少し、お話しする時間をいただけますか?」
食後の静かな空気が、ゆっくりと張りつめていく。
――これは、ただの世間話じゃない。
そして今。
運命を書き換える選択が、動き出す。




