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第17話 この城で最も危険な挑戦――吸血妃の初料理

厨房を目にした瞬間、

ふと――昔、料理をしていた記憶が蘇った。


(私、料理……すごく得意だったのよね)


外で食べるより、

自分で作って食べる方がずっと好きだった。


……そういえば。


エリンは母乳を卒業したら、

その後は何を食べるのだろう?


厨房で作られた幼児食?

この世界にも離乳食はあるのかな。


料理長に聞けば分かりそうだ。


「エリン、ここが私たちの最初の冒険場所よ!」


私は向こうの扉を指差した。


「にゃはは」


エリンが楽しそうに笑う。


この子にとって――

今見ているすべてが、生まれて初めての世界だ。


それに。


聞いた話と、ぼんやりした記憶から察するに、

私のようにここまで子どもに付き添う母親は珍しいらしい。


あの“高性能すぎるベビーベッド”。


便利すぎるがゆえに、

逆に育児そのものを遠ざけてしまっている。


多くの魔族は、

設備に任せきりで、

赤ん坊と向き合おうとしない。


愛情がなければ、

どれほど優れた道具も意味を持たない。


どれだけ技術が進んでも、

決して代わりになれないものがある。


――母親の愛情だ。


産んだだけで終わり、じゃない。


こうして一緒に歩き、

同じ景色を見て、

心を通わせる時間こそが必要なんだ。


そんなことを考えているうちに、

厨房の扉の前に着いた。


思ったよりも大きな扉。


(食材の搬入が多いなら、そりゃ大きいよね)


(さて……どうしよう)


いつもは侍女やガーディアンが

自然に道を整えてくれていた。


でも今日は違う。


自分の足で、

自分の意思でここまで来た。


いざ一人になると、

どう振る舞えばいいのか少し戸惑う。


厨房の前に立つと、

距離を取ってついてきていた魔王も止まった気配がした。


(どこまでついてくるのかしら)


さすがに中までは来ないよね。

目立ちすぎるし。


……気づかないふり、継続。


(とりあえずノックしてみよう)


中から人の話し声が聞こえる。


コンコン――


のつもりが。


ドン、ドン!


(あっ……強すぎた)


厨房の中の物音が一斉に止まる。


今度は優しく。


コン、コン。


……反応なし。


(え? さっき確かに誰かいたよね?)


私は扉を開けた。


「どなたか――」


ドンッ!!


勢いよく扉が開き、声が響く。


「誰もおらぬのか!

料理長はただちに我が前へ出よ!!」


(ちがうちがうちがう!)


しばらくして。


巨大な白帽と制服姿の魔族が駆け寄ってきた。


頭の両側には、雄牛のような立派な角。


「当厨房の責任者、料理長ロデクス。

ウルトゥス一族にございます」


深々と頭を下げる。


「扉を叩いたのに、なぜ応答しなかった」


「申し訳ありません。

見張りの者が食材搬入と勘違いし、倉庫へ向かってしまいました」


紫色の制服を着た女性たちが現れ、頭を下げる。


「誤解ならよい。だが今後は確認せよ」


「はっ」


私は厨房を見渡した。


巨大な鍋。

壁一面の調理器具。


(大量調理専用ね……)


別区画には小型の調理場。


「そこは?」


「魔王様と幹部専用の厨房です」


なるほど。


「他の者は?」


「在庫整理中です」


先入れ先出し。


基本だけど重要だ。


「にゃにゃ!」


エリンが倉庫を指差す。


「見たいの?」


私も気になっていた。


「ご案内します」


衛生管理の魔法が幾重にも施された通路。


完璧だ。


倉庫は12室構成。


冷蔵、常温、種族別食材区分。

駐屯軍の食料もここで管理されている。


「にゃはは」


エリンがはしゃぐ。


「衛生管理は万全です」


「ご苦労。ところで――」


料理長の肩がびくりと揺れた。


「明日の昼前、ここで料理をしてみようと思う」


「!?」


「魔王様に召し上がっていただく料理だ」


料理長の顔色が変わった。


私は気づく。


(反対してる……?)


「何かあるなら言いなさい。怒らない」


彼は唾を飲み込んだ。


「……恐れながら、魔王妃様」


「ヴァンパイア一族は……

通常の食事を口にされません」


「味見も、確認もできないお方が――

料理を……なさるのですか?」


空気が凍りついた。


周囲の視線が突き刺さる。


“血しか口にできない王妃”


それは、この城の常識。


料理とは――

味を知る者の領域。


だが。


私は静かに笑った。


(ああ、そうか)


この世界の私は知らない。


けれど――


前世の私は知っている。


香りも。

火加減も。

食材の変化も。


味見ができなくても。


料理はできる。


むしろ――


“味を知りすぎている”。


「問題ないわ」


私は言った。


「魔王様のための料理くらい――

私にだって作れる」


静まり返る厨房。


そして私は続けた。


「明日、証明してみせる」


“血を飲む王妃”ではない。


“未来を変える母”として。


そして――


“料理ができる転生者”として。


その瞬間。


運命の歯車が、静かに動き始めた。

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