第15話 魔王がくれた夜――天空の部屋と祝福の花火
魔王に手を引かれたまま、私は部屋の中へ足を踏み入れた。
「……ここが?」
思わず声が漏れる。
部屋は、私の想像よりずっと広かった。
大きな窓の外には、まだ夕焼けの余韻が残っている。
柔らかな橙色の光が、部屋の中を静かに染めていた。
壁には風景画。
床にはふかふかの絨毯。
そして――
部屋の中央には、信じられないほど大きなベッドが置かれていた。
……大きすぎない?
いや、どう考えても大きい。
三人で寝ても余裕がありそうだ。
「気に入ったか?」
魔王が静かに尋ねた。
「え、ええ。とても……素敵です」
そう答えながら、私はベッドからそっと視線を逸らした。
なんというか。
変に意識してしまう。
その時だった。
「にゃああ!」
腕の中にいたエリンが、突然声を上げた。
そして――
手足をばたばたと振り始めた。
「エリン?」
どうしたの?
そう思った瞬間。
すうっ――
エリンの体から、淡い光が溢れ始めた。
(……あれ?)
(これ、私にしか見えてない?
それとも普通のこと?)
周囲の者たちは特に騒ぐ様子もない。
私はただ、エリンを見つめることしかできなかった。
すると――
エリンは、そのまま静かに眠りに落ちた。
「エリン様は、私たちがお預かりいたします」
空気を読むように、ガーディアンと乳母たちが現れた。
ついさっきまで手足をばたばたさせていたのに。
まさか。
(……お父さんとお母さんに時間を作るために寝たふり?)
いやいや。
さすがにそれはないか。
その時、私の視線は彼女たちが運んできたものに向いた。
(移動式ベビーベッド?)
授乳室のものと似ているが、
こちらには車輪が付いている。
私はエリンをそっと寝かせた。
カチッ。
車輪が固定された。
押しても動かない。
動かすにはボタンを押しながら押す必要があるらしい。
暴走防止の安全装置だろう。
しばらくすると――
ふわああ……
インキュベーターのような保護装置が作動した。
柔らかな光が流れ、
エリンの体を自動で清潔にしていく。
寝かしつけてくれて、
しかも自動で清潔にしてくれるベビーベッド。
(すごい……)
(これがあれば育児かなり楽になるんじゃない?)
私は頬杖をつきながら、エリンを見つめた。
泣いている時は大変だったけれど。
こうして眠っている姿を見ると――
まるで天使みたいだ。
……いや、魔族だから天使って言うのも変か。
その時だった。
そっと腰に回る腕。
魔王だった。
彼は侍女たちに何かを指示したあと、
私の隣に立っていた。
気が付けば、部屋には私たち二人だけが残っていた。
結婚して一年。
けれど戦争のせいで、
まともに夫婦の時間を過ごしたことはほとんどなかった。
今になってようやく――
ようやく迎えた、本当の意味での新婚の夜だった。
テーブルには赤いワインと、二つのグラス。
魔王がワインを注いだ。
グラスを軽く回す仕草が妙に慣れている。
(……今日のために練習したの?)
ふわりとワインの香りが鼻をくすぐった。
悪くない。
この程度なら酔わないだろう。
私たちはグラスを軽く合わせた。
「乾杯」
一口飲む。
舌に少しだけ弾ける感覚。
ほんのりした酔い。
心地よい程度だった。
すると魔王は私に断ってから、
自分のグラスに強い酒を混ぜた。
私に合わせたワインでは、
彼にとってはジュースと変わらないのだろう。
(……優しいな)
そんな小さな気遣いが、嬉しかった。
その時だった。
外の闇の景色が――
突然変わった。
ぱっ。
ぱぱぱっ。
光が次々と灯り始める。
「……?」
私はグラスを持ったまま、窓へ近づいた。
そして――
次の瞬間。
ドォン!
夜空に大きな花火が咲いた。
「えっ……」
信じられない。
夜空いっぱいに広がる花火。
赤い薔薇のような花火。
踊るように広がる光。
連続して咲き乱れる光の花。
まるで花火の祭典だった。
魔王が耳元で囁いた。
「君のために用意した」
「気に入ってくれるといいのだが」
……なるほど。
さっき侍女たちに指示していたのは、これだったのか。
ドォン!
ドォン!
花火は次々と夜空に咲き続ける。
魔王がグラスを持ち上げた。
「我らの未来に」
私は微笑み、グラスを合わせた。
「乾杯」
その瞬間。
魔王の腕が私の腰を抱いた。
顔が近づき。
そして――
静かなキスが落ちた。
彼の唇から伝わる酒の熱。
私は思わず力が抜けた。
魔王は私をそっと抱き上げた。
そして――
大きなベッドへと歩き始める。
ドォン!!
ドォン!!
夜空では、まだ花火が咲き続けていた。
まるで――
私たちの夜を祝福するかのように。
花火の光に照らされながら。
魔王は私を抱き上げた。
その夜。
私はまだ知らなかった。
この夜が――
魔王と私の
そして
この城の未来を
すべて変えてしまう夜になることを。




