第11話 吹雪の山で出会った少女が、未来の魔王妃だった
『よく食べて、すくすく育つんだよ』
私は、ひたすら自分の魔力を吸い続けるエリンを見つめながら、ぽつりと呟いた。
――その時だった。
『あれ? これは……』
エリンの上に、見覚えのある表示が浮かび上がった。
まるでゲームの画面のように。
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Name エリン (Lv.1)
HP 20/30
MP 未開放
属性 オールラウンド・メイジシャン
『おおお……魔法使い?』
成長したエリンが、黒い瞳を輝かせながら両手から魔力を放つ。
そんな姿が、私の頭の中に浮かんだ。
完全に漫画の主人公じゃないか。
絶対かっこいい。
ラグランジュオンラインEXでは、よくあるRPGと同じく、
五つの属性でキャラクターが分類されていた。
ウォリアー(戦士)
タンク
サポーター
メイジシャン(魔法使い)
アサシン(暗殺者)
この五つをどう組み合わせるかで、パーティの強さは大きく変わる。
例えば――
前衛:タンク+ウォリアー
中衛:メイジシャン+アサシン
後衛:サポーター
これが基本形だった。
もちろん状況によっては、
メイジシャンを前に出したり、
アサシンを奇襲役にしたり、
サッカーのフォーメーションみたいに、無数の組み合わせが存在した。
『でも……』
私はエリンのステータスを見ながら首を傾げた。
『この属性表示、勇者パーティの時に見たやつだよね?』
しかも。
『こんな補足説明、なかったはずだけど』
属性の前についている言葉。
――オールラウンド。
『何それ?』
ゲームの敵。
つまり魔族には、属性表示なんて出なかった。
『もしかして……』
私は慌てて、自分のステータスを開いた。
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Name エステル (Lv.11)
HP 300/350
MP 158/350
SP 30/100
属性 戦闘型サポーター
『おおっ』
レベルが上がっている。
Lv.10 → Lv.11。
HPとMPも、それぞれ50ずつ増えていた。
さらに――
スペシャルポイントが30。
あと70貯まれば、新しい特殊スキルが解放できる。
そして私にも。
エリンと同じように、属性が表示されていた。
『サポーター……』
これはかなり重要な役職だ。
でも。
『戦闘型?』
サポーターは普通、後衛だ。
味方全体にバフをかけたり、
回復魔法を使ったり。
いわば――
母親ポジション。
戦う役じゃない。
『戦闘型サポーター……』
私は首を傾げた。
『どういう意味だろ』
そして、ぽつりと呟く。
『怖いお母さんって意味?』
私はラグランジュオンラインEX以外のゲームをほとんどやったことがない。
だから、この属性が何を意味するのか、
いまいちピンと来なかった。
その時だった。
「エエエエーン!」
エリンが泣き始めた。
「はいはい。もう少し待ってね」
私は優しく声をかける。
「もうすぐ交代だよ。乳母たちが来てくれるからね」
かなり時間が経っていた。
私の体に蓄えられていた魔力は、ほぼ空。
エリンは、吸える魔力がなくなったことを――
泣いて知らせてきたのだ。
私は目の前のボタンを押した。
乳母交代の呼び出しボタン。
「ふぅ……」
私はエリンを抱いたまま、大きく伸びをした。
時間を忘れて授乳していたせいで、全身が少し痛い。
「エエエエエーン!」
……あれ?
泣き止まない。
むしろ声が大きくなっている。
私はエリンを見つめて言った。
「大丈夫」
「ママはどこにも行かないよ」
「ここにいるからね」
すると――
不思議なことに。
エリンの泣き声が、少しずつ落ち着いていった。
ここはエリンの部屋であり、
授乳室であり、
赤ちゃんの休憩室でもある。
私も休めるように、かなり快適に作られていた。
もちろん乳母たちも、授乳の合間にここで休める。
私は、できるだけ彼女たちが働きやすい環境を整えるつもりだった。
その時――
扉が開いた。
ガーディアンの女性と、新しい乳母たちが入ってくる。
どうやら執事が、適性チェックのために先に来させたらしい。
「こちらが魔王妃エステル様です」
ガーディアンが紹介した。
五人の女性が、私に頭を下げる。
全員、銀髪。
私より少し淡い色の髪だった。
「あなたたちに、エリンの乳母を任せる」
私は静かに言った。
「もし適性がなかったとしても、心配する必要はない」
「私は、自分のために尽くした者を決して見捨てない」
その言葉に。
乳母たちの肩が、びくりと震えた。
文化の違いなのだろう。
彼女たちにとって、それは信じられない言葉だった。
「では始めます」
ガーディアンが指示を出す。
二人は外で待機。
一人が入り、乳母たちに指導を始めた。
まるで教官のように。
どうやら執事が、経験者を案内役として付けたらしい。
……なかなか気が利く。
変身すると怖いけど、
仕事はかなりできる執事だ。
――でも。
『あれ?』
私は周囲を見回した。
『執事、どこ行った?』
さっきまで外で待っていたはずなのに。
もう姿がない。
まあいい。
城のどこかで仕事をしているのだろう。
執事なのだから。
やることはいくらでもある。
◆◆◆
その頃――
魔王城、執務室。
「お呼びでしょうか。魔王様」
執事マハトラが扉をノックした。
そしてドアを開けた瞬間。
――グシャッ。
「ぐっ……!」
マハトラの頭が床に押し付けられた。
魔王の手だった。
先ほど胸倉を掴んだ時とは、比べ物にならない力。
圧倒的な圧力だった。
このまま頭を砕かれてもおかしくないほどの力。
「さっき、忠誠の誓いをしていなければ――」
魔王は低く言った。
「お前は死んでいた」
その瞳には、はっきりとした殺意が宿っていた。
エステルの前では怒りを見せないよう抑えていた。
だが、ここではその必要はない。
「私の妻の前で」
「もう一度でも戦闘モードを見せてみろ」
魔王の声がさらに低くなる。
「その時は――必ず殺す」
魔族の戦闘モード。
それは武器で言えば、
撃つ直前のロックオン状態。
つまり――
相手を殺す意思表示。
だからこそ、魔王は激怒していた。
「お前を魔王城の執事として連れてきたのは」
「ライカンスロープ一族との協定によるものだ」
「それを忘れるな」
魔王の声は冷たい。
「ここで問題を起こせば」
「お前は生きて帰れない」
「それも協定に含まれている」
魔王はそう言うと、マハトラの頭から手を離した。
マハトラはゆっくりと体を起こした。
その時だった。
サラリ――
潰れかけていた頭部の傷が、みるみる回復していく。
驚異的な再生能力だった。
マハトラは肩をすくめた。
「この能力は、北部海岸に住むマーマス一族の血です」
「彼らは戦闘力は低いですが」
「自己治癒能力だけは優れていましたから」
マハトラは軽く笑った。
「私は七長老の一人」
「この能力が特に優れているんですよ」
魔王は無表情のまま言った。
「もし私の妻に妙なことをすれば」
「お前が死ぬまで」
「何度でも殺してやる」
「肝に銘じます」
マハトラはすぐに頭を下げた。
魔王は静かに続ける。
「まだお前たちとヴァンパイア一族の戦争は終わっていないようだな」
数百年続いた因縁。
マハトラは手を振った。
「誤解です」
「歴史的な怨恨など、私にはありません」
魔王は黙って続きを促した。
マハトラは笑う。
「私が望むのはただ一つ」
「最高の優性因子が出会い」
「強い魔族が生まれること」
「魔王様とエステル様の子なら」
「きっとそれが見られるでしょう」
その言葉に、魔王の表情がわずかに固まった。
「お前たちの優性結合信仰は」
「聞くたびに吐き気がする」
ライカンスロープ一族。
彼らは略奪婚によって血統を強化してきた。
対象は主にヴァンパイア一族。
だからこそ、あの異常な再生能力を持つ者もいる。
魔界でも嫌われている一族だった。
マハトラは軽く頭を下げた。
「それでも――」
「魔王様の結婚が成立したのは」
「我々の協力も少しはあった」
その言葉に、魔王は静かに目を閉じた。
そして思い出す。
あの日のことを。
◆◆◆
ヒュオオオオ――
高山の風は冷たかった。
突然、激しい吹雪が襲ってくる。
「ヴァンパイア一族の村、まだ見えませんね」
部下が言った。
魔王――カルセウスは答える。
「ここでは代表と呼べ」
「まだ私は彼らに魔王と認められていない」
それが交渉条件だった。
「代表……」
部下はため息をつく。
「聞いていた通り、かなり面倒な一族ですね」
「仕方ない」
カルセウスは静かに言った。
「彼らはアトランティスの正統な一族だからな」
ヴァンパイア一族。
数千年前。
アトランティス島に最初に定住した種族。
長い間、
“ロード”
と呼ばれていた。
つまり――
島の正統な支配者。
ケルベス一族の王。
カルセウスが真の魔王になるには、
彼らの支持が必要だった。
だからこそ、
この太古の山まで来たのだ。
吹雪が激しくなる。
「少し休みましょう」
一行は洞窟へ向かった。
その時だった。
「……誰かいます」
部下が声を上げた。
白い稜線の上。
吹雪の向こうに、人影。
カルセウスは目を細めた。
『女か……?』
次の瞬間。
それまで荒れていた吹雪が――
嘘のように止んだ。
視界が開ける。
そこに立っていたのは。
雪のように白い肌。
銀色の髪。
薔薇のように赤い瞳と唇。
まるで。
雪の精霊のような少女。
Schneewittchen。
白雪姫。
吹雪が止んだその瞬間。
カルセウスは、
一人の少女と出会った。
そしてそれが――
魔王と魔王妃の物語の始まりだった。




