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9話 鬼頭やさことの、証明

告白を振られてから、俺は本当に変わった。


「弱いやつ、嫌いだから」――やさこの言葉が、頭から離れなかった。


ただの努力じゃ足りない。


俺は学校を休学した。


両親は裕福で、神奈川の実家から東京の一人暮らしを許してくれていたけど、今度は本気で頼った。


「ボクシングでプロになる。サポートしてほしい」


親は驚いたけど、結局了承してくれた。金銭的なバックアップを約束して。


それから、眠るより先に体が起きる生活になった。


朝4時起床は、身体ではなく意志が目覚める時間だった。

最初の1週間は、4時の空気が肺を刺す。

息が白くなる日は、鏡の前でのシャドーボクシングだけで20分以上立てた。

ロープの跳躍で、足首が悲鳴を上げる。

肩関節の可動域は広げるほど鈍く痛み、トレーナーは何度も口を挟んだ。

「フォームの崩れは、恐怖の前触れだ」

自分の動きを録画し、スマホで角度を確認しては、鏡の前で同じ動きを何十回も繰り返す。


昼はパワー系ジム。

デッドリフト、スクワット、クリーン、メディシンボール。

重い鉄に手を置くたび、肘が震えた。

5回に1回は吐き気で膝をついた。

床が近づき、視界が狭い日。

その日は起き上がるごとに「呼吸、ゼロから戻せ」。

重さが筋肉を言いくるめる代わりに、呼吸のリズムを刻み直す。


夜はスパーリング専門の道場。

最初のうちは、ミットに当てるより相手の手の角度を読むほうに時間を取られた。

ある日、相手の下からの右フックに対応する前に、左を開いてしまい腹に一撃。

息が止まり、2歩で倒れる。

鈍い音は、骨に刺さるより先に耳の奥で鳴る。

その夜は一度も寝付けず、天井を見ていた。

「打たれた体ほど、実戦を守れる体はない」と、誰かの言葉を思い出した。

翌日からは、頭ごと鍛える意識で受けてはすぐ立つ反復を増やした。


回復は別の試合だった。

氷で鎮め、圧迫し、酸素カプセルに横になる。

ストレッチは義務ではなく、翌日の打撃を守る作業だ。

食事は時間で固定。

プロテイン、クレアチン、BCAA、電解質。

食事は炭水化物を戻し、体重の数字より動きの質を上げる方に振った。


数ヶ月、1週間4回、試合相当の実戦シミュレーションを組む。

相手は、短いジャブで間合いを詰めるタイプ、

体当たりで角度を殺すタイプ、

フットワークで後退したつもりになって一気に切り込むタイプ。

最初は距離の選びに失敗し、何度も頭と腕で隙間を作ってしまった。

だが、3セット目、4セット目で足の先に意味が出る。

「右を見たら上体を先に沈める」「肘は外に逃がさない」。

この頃から、相手の「右フック」を読んで1歩外してから、

体重移動で返す1発が「やっと」掴めるようになった。


月日の積み上げで、プロテスト受験のためのスパー記録が積み上がった。

勝つための勝ち方は、派手さじゃなく、回せる体を作ることだと理解した。

その理解と、呼吸とフォームの修正が、資格取得へつながった。

――こうして、プロテスト受験資格を手に入れた。


テスト当日。

会場は重い空気という言葉では足りない、金属と汗と緊張が混ざった匂いで満ちていた。

予選リーグは短いラウンドを四つ繋いでいく連続で、最初から終わりまで自分の呼吸を消費される。


3回戦目は、同世代で最も手数の多い相手。

彼は顔を殴るのではなく、動線の先を殴るタイプだった。

第一ラウンドはジャブの音だけで意識が飛び、顎周辺で視界が揺れた。

第二ラウンドで体を狙われ、肋骨の下を薄い刃で削られたような痛みが走る。

第三ラウンド、観客の歓声が耳から遠ざかった。

その時は、リングロープと床、そして自分の呼吸だけで生きる。


「沈むな、沈むな」

頭の中で言葉が再生されるたび、下半身を落とす。

相手が短いコンビネーションで踏み込んだ隙に、

左ストレートを肩の軸で支えて、

体重を右足に乗せて一撃を吸収しながら戻す。

終盤は、勝負を作るより終わらせる場所を選ぶ判断。

無駄に勝負を広げず、ラウンドを持ちきる。


ベルが鳴り、計測と判定のための黙りが降りた。

点差は接戦ながら、判定は僅差でこちら有利だった。

胸の奥が熱いまま、

試験は合格、プロカードは手に入った。

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