4話 鬼頭やさことの、真相
次の日も、その次の日も――やさこは学校に来なかった。
本当に辞めてしまうんだな、と思いながら過ごす毎日。
斜め前の席が空っぽのまま。教室が、妙に静かに感じる。
ジム通いは始めたけど、まだ初心者すぎて成果なんて出ない。
ただ、なんとなく強くなりたいという気持ちだけが、支えだった。
ある日の下校時。
また、急に呼び止められた。
「おい、ちょっと来いよ」
ビクビクしながら振り返ると、あの時のヤンキーグループの一人。
付いてくるように言われて、行くべきじゃないと思った。
でも、意志が弱い俺は、またついて行ってしまった。
連れて行かれたのは、学校近くの人気のない路地裏。
そこには、何人かのヤンキーが待っていた。
呼び止めた男が、ニヤニヤしながら話し始めた。
「お前、あの子と誰にも言ってないよなぁ」
……意味不明だった。
何も返事せずにいると、続けた。
「あいつが俺たちとトラブったことだよ」
あの事件のことか。
俺は誰にも言ってない。警察にも、先生にも。
素直に「言ってない」と答えると、男は満足したように頷いた。
「よし。じゃあ、解放してやるよ」
それだけ言って、去っていった。
女に倒されたことが、沽券に関わるのか?
なんか、変だなと思いながら歩いていると、前を歩く知らない女子二人が、でかい声で話していた。
「あのでかい子、一軍の美咲と喧嘩して怪我させたらしいよ」
「え、マジ? だから学校来てないんだ」
「停学だってさ。相手に怪我させたのが暴行扱いになって」
……どういうことだ?
あの事件の後、やさこは学校に来てない。
美咲と会うはずがないのに。
聞き耳を立てて、そっと後ろからついていくと、頭の中で疑問が膨らんだ。
美咲の彼氏連中がやられたのも、全部あいつのせいにしたとか……?
何かがおかしい。
あの時、やさこはヤンキー五人を倒したけど、美咲に手を出した記憶はない。
むしろ、俺を守るために……。
胸がざわついて、職員室の方に向かった。
生徒指導の先生が、ちょうど見えた。
「あの、鬼頭やさこのことなんですけど……どうして学校に来てないんですか?」
先生は一瞬、困った顔をした。
「それは……答えられないんだ。個人情報だからね」
それ以上、何も教えてくれなかった。
職員室から出てくると、廊下で美咲と目が合った。
一軍女子の彼女が、明らかに怪訝な顔で俺を睨んでいる。
……バレたか。
なんか、全部が絡み合ってる気がした。
やさこは、本当に辞めたのか? それとも、停学?
真相を知りたい。でも、どうすれば……。
学校を出た帰り道。
また、絡まれた。
「おい、何チクってんだお前」
振り返ると、美咲とヤンキー連中。
美咲が睨みつけてきて、ヤンキーが周りを囲む。
俺は震えながら答えた。
「……何も、言ってない」
美咲が舌打ちして、ヤンキーに目配せ。
一人が脅すように言った。
「またボコボコにされたいのか?」
……もしかして、あの時の腹いせで、やさこに濡れ衣を着せた?
俺がそう質問すると、ヤンキーは一瞬、言葉に詰まった。
目が泳いで、言い訳を探してる顔。
そういうことか。
全部、理解した。
あの事件を美咲への暴行にすり替えて、やさこを停学(もしくは退学扱い)に追い込んだんだ。
女にやられたプライドを保つために。
俺は、ヤンキーたちに向かって宣言した。
「本当のことを、言いに学校に戻る」
その瞬間、彼らの顔が変わった。
次の瞬間――暴力が始まった。
殴る、蹴る。
俺はじっと耐えた。
痛い。でも、今回はわざと。
目立つところに蹴りを入れてもらって、青あざができるように。
遠目からだけど、後ろ姿の動画も撮っておいた(スマホを地面に落として録画モードで)。
うずくまっている俺に、ヤンキーが言った。
「これでわかったか。言うんじゃねーぞ」
吐き捨てて、去っていった。
ぼろぼろになりながら、家に向かって歩く。
ジムの前を通りかかった時――今日はもう行けないなぁ、と思った瞬間。
また、やさこを見かけた。
ジムの入り口近くで、彼女が立っていた。
俺の顔を見て、呆れたように言った。
「お前、またやられたのか」
俺はフラフラしながら、説明した。
「今回は……わざと目立つところに蹴り入れてもらったよ。後ろ姿だけど、遠目から動画も撮れた。この新しい傷で、アイツらがやったって俺が言えば……先生は信用するだろう。そうすれば、鬼頭さんはまた学校に来れるようになる」
やさこは、少し黙って。
それから、短く返した。
「そうなのか」
俺は、続ける。
「また……君と教室で会いたいんだ」
彼女は、赤い瞳を細めて、少し笑った。
初めて見た、柔らかい表情。
「頑張ってくれたところ悪いけど……どちらにせよ、学校は辞めるつもりなんだ。他に、やりたいことがあったから。でも、アイツらがどうなったのかは知りたいな。連絡先、教えてよ」
……え?
俺は驚いて、固まった。
彼女の助けになったわけじゃないのに。
でも、連絡先を教えてくれた。
急いでスマホを出して、LINEを交換した。
お互い、確認でスタンプを送る。
やさこから来たのは――ちいかわのスタンプ。
可愛いヤツ。
(……意外と、かわいいの好きなんだな)
俺はかなり舞い上がっていた。
心臓がバクバクして、顔が熱い。
でも、平静を装って言った。
「明日、どうやってアイツらのこと学校に伝えるか考えるから……帰るね」
やさこは軽く頷いて、去っていった。
家に着いて、ベッドに倒れ込んだ。
痛いけど、嬉しかった。
これで、繋がれた。
やさこの「やりたいこと」って、何だろう。




