3話 鬼頭やさことの、再会
ジムに着いた。
ビルの一角にある小さな店で、ガラス扉に少しくたびれたポスターが貼ってあって、中はよく見えない。
有名ボクサーの古い試合写真とか、ジムの宣伝とか。
こんなところに来たことなんてない。心臓がバクバクして、ドアノブに手をかけるのも緊張した。
その時、後ろから声がかかった。
「中、入る?」
振り返ると、でかい大人の女性が立っていた。
30代くらい? 筋肉質で、短い髪。ジムのスタッフっぽい。
俺が「無料体験の予約をしてるんですけど……」とモゴモゴ言うと、
「ああ、予約の子ね。入って入って」と笑って、中に案内してくれた。
中に入ると、数人の男性がトレーニング中だった。
汗の匂いと、打撃音が響く。サンドバッグを叩く音、ミット打ちの声。
一人の男が近づいてきて、「俺がトレーナーの館林だ。よろしく」と名乗った。
書類記入から始まって、設備の説明。ロッカー、リング、サンドバッグ、ミット……全部本格的だった。
早速体験。
ジャブ、ストレート、フックの三つだけ教えてもらった。
基本の構えから、パンチの出し方。館林さんがミットを持って受けてくれる。
「サンドバッグ、叩いてみていいですか?」
そう聞くと、「いいよ。でも怪我しないでね」と笑われた。
本気でフックを打ってみた。
……拳が痛い。手首もズキズキする。
フォームが悪いんだろうけど、衝撃がダイレクトに返ってきた。
館林さんに笑われた。
「ははっ、危ないから気をつけようぜ。最初はみんなそうさ」
体験はあっという間に終わった。
でも、値段も手頃だし、トレーナーもいい人、設備も申し分ない。
なんとなく、ここなら続けられそうと思った。
入会にサインした。
言われるがままに、バンテージ、グローブ、トレーニングウェア……必要なアイテムを買わされた。
さらに、「強くなりたいならこれも」とプロテインまで勧められて買っちゃった。
結構お金飛んだな。でも、やる気が出てきた。
外に出ると――そこに、鬼頭やさこがいた。
長身のシルエット。紫がかった長い髪。
ジムの前で、腕を組んで立ってる。
俺は驚いて、言葉が出なかった。モタモタしてる間に、彼女が先に口を開いた。
「お前、ボクシングやってんのにあんなに弱いのかよ」
吐き捨てるように言われた。
赤い瞳が、冷たく俺を射抜く。
「あ、今日入会したばっかりで……」
そう答えると、
「そうか」
短く返して、さっさと行ってしまいそうになった。
慌てて、聞いた。
「なんで学校来てないの?」
やさこは足を止めて、チラッと振り返った。
「辞めた」
それだけ言って、去っていった。
……学校って、そんな簡単に辞められるものなのか?
出欠名簿の✗マークが頭をよぎる。
退学? それとも自主退学?
なんか、怪訝な気分になった。
家に帰って、買ったプロテインをシェイクして飲んだ。
甘くて、意外と美味い。
辞めると言われたのはショックだけど……俺が「やめるな」って言う立場でもないよな。
ただ、なんとなく気になる。
その日は、早くベッドに入った。
明日から、本当に強くなれるかな。




