2話 鬼頭やさことの、空白の時間
あの事件から、土日は完全にダウンしていた。
顔に擦り傷と青あざができて、鏡を見るたびに痛みが蘇る。
でも、家には誰もいない。一人暮らしだから、親に心配かける必要もない。
両親は神奈川の実家で、比較的裕福だからって理由で、東京の学園に通う俺を一人暮らしさせてくれている。
事件のことは誰にも言えない。警察沙汰になったら面倒だし、何より……あの場にいた一軍連中が黙ってるはずない。
俺はただ黙って、自分で応急処置をした。
ベッドに横になりながら、ずっと鬼頭やさこのことを考えていた。
あの後、彼女は大丈夫だったのか?
ヤンキー五人を一人で倒した姿――あれは夢じゃなかった。
あんなに強いのに、なぜあんなに孤立してるんだろう。
月曜日に学校で会ったら、何て声をかければいい?
「ありがとう」って言ったら、また「キモい」って叩かれるかな。
それでも、話したい。少しでいいから。
月曜日。
学校に行くと、教室で一軍の連中がチラチラこっちを見てざわついていた。
美咲が何か言いたげだったけど、結局絡んでこなかった。
あの事件の後、彼らが俺に手を出せない理由があるのかもしれない。
……やさこのおかげか。
授業が始まった。でも、やさこの席は空いていた。
斜め前のあの長身のシルエットがない。教室が妙に広く感じる。
一日中、彼女は来なかった。
授業が終わって帰り支度をしているとき、教卓に不用心に出欠名簿が置きっぱなしになっていた。
誰も見てないのを確認して、そっと覗いてみる。
やさこの名前の横には、病欠の丸じゃなく、✗マーク。
他のページをめくってみると、入学早々に窃盗で捕まって退学になった生徒のところにも、同じマークがついていた。
……まさか、退学?
胸がざわついた。
あの事件が原因? それとも、別の何か?
心配でたまらなくて、帰り道もぼんやりしていた。
家に帰って、ベッドにゴロゴロ転がりながらスマホをいじった。
インスタを開くと、タイムラインに有名ボクサーの動画と、近くのボクシングジムの広告が出てきた。
「無料体験実施中! 月額〇〇円〜」
払えない額じゃない。
今、俺はヤンキーに目をつけられてる。
やさこにも「弱虫」ってボロクソ言われた。
スポーツなんてやったことないけど……少しでも強くなりたい、と思った。
ジムのサイトを見ると、場所は家から近い。
体験予約の空き状況を確認したら、なんと1時間後に枠が空いていた。
――行ってみるか。
急いで着替えて、家を出た。
このジムで、何かが変わる予感がした。




