第0話 少年の夢
そこにはかつて大きな都市があった。
高層ビルが立ち並び、夜になればネオンが輝き、人々の笑い声が絶えなかった場所だ。
人々はそこで生きていたのだ。
しかし、今は崩壊した建物と瓦礫しかなかった。
ビルは途中でへし折れ、道路はひび割れ、黒く焦げた跡があちこちに残っている。
風が吹くたびに、砕けたガラス片が乾いた音を立てて転がった。
都市には十メートルほどの人型ロボットが数十機、武装して待機していた。
肩には大型砲、腕にはビーム兵器と思われるハンドガン。
無機質な赤いセンサーが淡く光り、まるで獲物を待つ獣のように静かに立ち並んでいる。
上空を埋め尽くすほど、無数の飛空艇が滞空していた。
巨大な影が幾重にも重なり、昼だというのに地上は薄暗い。
その周囲を、蜂の群れのように人型ロボットが高速で飛び回っている。
ここは戦場だ。
逃げ場のない、完全包囲の空間。
今まさに最後の戦いの最中であった。
そして――
その瓦礫の都市の中心で、六人の男女が向き合い、短く、しかし重い話し合いをしていた。
「だめだ。●●●●、我々が完全に押されている」
青髪の青年が、眼下で次々と撃ち落とされていく味方機を見ながら、口惜しそうに言った。
「防衛ラインはもう崩れかけている。このままじゃ持たない」
「なぜ、■■■■の復活を予見できなかった?」
赤い長髪の青年が怒りを露わにした。
「やつは完全に消滅したはずだ。なぜだ?」
金髪の青年が●●●●に問い詰める。
「やはり、すべてを忘れることは無理なのか……」
●●●●と呼ばれた黒髪が足元まで伸びた青年が低く答えた。
突如、大きな爆音とともに、上空の飛空艇に火の手が上がる。
轟音とともに一隻が傾き、炎を引きずりながら落下していった。
被弾した飛空艇の数が徐々に増えだしていた。
少し先に、敵と思われる艦隊が近づいてきた。
巨大な影が瓦礫の街を覆い、まばゆい光が一斉にこちらへ向けられる。
周りを飛び回っていた人型ロボットたちは、その艦隊に向かって突撃を開始した。
ビームと砲撃が空を埋め尽くす。
「ここも、もうじき消されるだろう」
●●●●は怒りを抑え、あくまで冷静に話した。
「もうどうすることもできないの?何か手はないの?」
腰まで伸ばした金髪の女性が両手を胸の前で祈るように言った。
「■■■■は、もはやここにはいない。やつを倒すためにはここから移動しないといけない」
●●●●は残りの五人の顔を見回して慎重に話し出した。
「しかし、知っての通り、我々はすでに転移している。奴と同じで移動が出来ない」
「待ってくれ、まさか■■■■と同じことをするつもりか?」
青髪の青年が驚いたように言った。
「違う、♢♢♢♢♢♢。あの方法は我々ではできない。正確には■■■■がそうさせないように対処済だ」
●●●●はもう一度全員を見回して話し出す。
「やつは一度我々に負けた。だから邪魔な我々を閉じ込めたんだ」
全員が口惜しそうに下を向くと、●●●●がさらに話し出した。
「しかしだ、方法がないわけではない。そのためにはみんなの協力が必要だ」
一瞬だけ、空気が変わる。
「♢♢♢♢♢♢、▲▲▲、×××××。君たちには残った敵と戦って時間を稼いでほしい」
「♠♠♠、♠♠♠♠。君たちは私と一緒に手伝ってほしいことがある」
●●●●が指示を出し、全員が一度、迷いなく頷いた。
敵の艦隊が●●●●たちに近づいてきていた。
巨大な飛空艇がゆっくりと隊列を組み、主砲をこちらへ向けている。
赤い照準光が瓦礫の街をなぞり、地面が震えた。
上空にいた味方の艦隊はほぼ壊滅状態であった。
黒煙を上げて墜落していく艦、動きを止めて漂う残骸。
通信もほとんど途絶え、応答はノイズばかりだった。
「なら、とっとと敵をぶちのめしてくるか」
赤い長髪の青年が、迫りくる艦隊を見上げながら楽し気に言った。
まるで絶望的な状況を、遊び場にでもするかのような口ぶりだ。
「その調子だ、▲▲▲。まだ我々の完全敗北ではない。やつの好きにはさせない」
●●●●が鼓舞するように言った。
視線はまっすぐ敵を射抜いている。
「なら、▲▲▲には負けてられない。▲▲▲、どっちが多く倒せるか勝負だ」
金髪の青年が▲▲▲の顔を見て、挑発するように言った。
「ばかやろう、×××××。お前は俺の援護だ」
▲▲▲が×××××に意地悪そうに言った。
二人は互いに顔を見合わせて静かに微笑んだ。
「三人とも、さらばだ。今までありがとう」
●●●●は大きく頭を下げて三人に感謝を告げた。
戦場のど真ん中だというのに、その仕草だけは静かで、まっすぐだった。
「ふっ、初めて会ったときは敵同士だったのに、今では俺に頭を下げるとはな」
♢♢♢♢♢♢が嬉しそうに言った。
「ああ、魔王と呼ばれて人類抹消計画を一緒にやってた頃とは別人だぜ。なあ、×××××」
▲▲▲は×××××の顔を見てケタケタと笑うと、×××××も一緒に笑った。
「そうだな……そうだったな。もうずいぶんと前なのに、まるで昨日のようだな」
●●●●は小さくため息を吐いて呟いた。
上を見上げて過去を思い返していた。
「♢♢♢♢♢♢、気を付けて……」
銀髪の女性が心配そうに声をかけた。
遠くで砲撃音が響く。時間はもうほとんどない。
「ああ、♠♠♠♠。行ってくる」
♢♢♢♢♢♢はそう言って、♠♠♠♠の手を取り、そして抱きしめた。
強く、けれど一瞬だけ。
そして、二人は名残惜しそうに離れた。
♢♢♢♢♢♢、▲▲▲、×××××は並んで歩き出した。
足取りに迷いはない。
目的は眼前の敵だ。
瓦礫の街を踏み越え、煙の向こうへ。
空、地面、両方を覆いつくすほどの無数の敵へ、彼らは歩き出す。
三人の背中が、爆炎の光に照らされる。
残された三人は彼らの背中をしばし見つめた後、姿が消えた。
ガン!ガン!ガン!ガン!!
突如、金属を叩きつけるような音が目の前で鳴り響いた。
「司! いつまで寝ているの! 今日は卒業式でしょうが!! 最後の日まで寝坊する気? 早く起きなさい!」
誰かが大声で耳元で騒いでいる。
バシン!
大きな衝撃とともに、両頬に痛みが走った。
「いっ……!」
驚いて目を開けると、真っ白な天井が見えてきた。
カーテンが勢いよく開けられ、朝日が差し込んでいる。
眩しい光に目を細める。
ゆっくりと意識がはっきりとしてきた。
(そうだ、今日は中学卒業式だった……)
身を起こし、ベッドから降りる。
足元の床がやけに冷たくて、ようやく完全に現実だとわかる。
どうやら、母親が起こしてくれたようだ。
さっきの金属音はフライパンとおたまを叩く音だ。
最近はあれで起こしに来る。
すでに母の姿は部屋の中には見られなかった。
司は大きな欠伸をして、目をこすった。
(なんだかすごい夢を見ていたようだけど、忘れちゃった)
夢の内容を思い出そうと必死に考えるが、結局、なにも思い出せなかった。
「まぁ、いいか」
司は小さく呟く。
深く考えても仕方ない。
とりあえず今日を乗り切ればいい。
司はのんびりとした足取りで、朝食を食べるために部屋を出ていった。




