『きらきら』とり
冬の童話祭に投稿したかった作品でした。
間に合わなかったので供養。
初投稿です。
1.
僕だけ違うものが見えているのかもしれない。
カイヤが初めてそう思ったのは、両親と一緒にお芝居を見に行ったときのことでした。
隣り街に近ごろ評判の劇団ができたということで、
まだ家の手伝いをする年になっていなかったカイヤも連れられていったのです。
「おとうさん、あのお姉さん、すごくきらきらしてる。どうして?」
「真ん中の主役の子かい、ぼうや。衣装にいっぱい飾りがついていて、
それが光をはね返しているから輝いて見えるんだよ」
確かにカイヤが指さした少女は、奇麗なドレスにブローチやネックレスを付けて
大層目立っていましたが、彼が聞いたのはそんなことではありませんでした。
赤みを帯びた『きらきら』が、少女の胸から湧き出すように輝き、
高価な衣装もくすんで見えるほどに美しい光を放っていたのです。
それは家の暖炉の明かりや、街のガス灯、
そしてお日様やお月様ともちがう、初めて見るきらめきでした。
けれどもカイヤがどれだけそのことを伝えようとしても、お父さんもお母さんも
少女の『きらきら』がさっぱり分からないようでした。
一体あの光は何だったんだろう。
お芝居が終わり、村へ帰る途中も、カイヤは首をひねっていました。
カイヤがもう少し大きくなったころ、お父さんの仕事の手伝いで隣町に出ることが
少しずつ増えていきました。
お父さんがお客さんに卵を渡しているあいだ(カイヤの家には鶏がたくさんいて、
お父さんは集めた卵を毎日売りに行くのです)、
鳥やネコに卵を取られないよう見張るのがカイヤの役割です。
一生懸命にきょろきょろとあたりを見渡せば、市場を道行く人が目に入ります。
自分の村とは比べものにならないくらい大勢の人が隣町には住んでいました。
その中にまれにですが、『きらきら』を胸に抱く人もいたのです。
『きらきら』は黄色だったり、空色だったリ、紫だったり………。
人によって色合いがちがう輝きは、どれもカイヤの心を惹きつけるものでした。
夕焼けの黄金に染まった空より美しく、冬の月明りより優しく。
見ているだけで幸せになることが出来る、そんな光だったのです。
カイヤの周りに、『きらきら』を持った人はいません。
お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、みんなカイヤをとても可愛がっていましたし、
カイヤも家族のことが大好きでしたが、だれの胸にも『きらきら』はありませんでした。
カイヤのように『きらきら』を見ることも出来ないのです。
隣やのおじさんとおばさんも、よく遊ぶ村の子供たちも、しかめ面の村長も、
カイヤの村に『きらきら』を持った人はおりませんでした。
いえ、本当は一人だけ、『きらきら』している人を見たことがありました。
でもそれは村のはずれ、半分森に入った場所にひとりで住んでいるおじいさんで、
村には滅多に近づかずにいる人でした。
いつも土色に汚れたコートを着ており、もじゃもじゃの白髪を鳥打ち帽で押さえ、
にこりともせずに背中を丸めて歩く姿は、遠目に見てもどこか恐ろしげでした。
普段は優しいお父さんも「あの家の近くでは絶対に遊んではいけないよ」と
怖い顔をするので、カイヤもおじいさんとは話したことがなかったのです。
2.
カイヤが「それ」を見たのは、ある日の夕暮れでした。
鶏が1羽、家の小屋から逃げてしまい、村の周りを探していたときのことです。
向こうから例のおじいさんが歩いてくるのが目に入ったカイヤは、
思いのほか村はずれに来てしまっていたことに気が付きました。
避けて歩こうとしたカイヤですが、おじいさんが手に『きらきら』を持っているのを見て
足を止めてしまいました。
おじいさんの胸にともった、濃く、暗く色合いを変え続ける『きらきら』のほかに、
両手で大事そうに抱えた瓶のなかにも、あの輝きが入っていたのです。
乳白色の波を穏やかに放ちながら………。
「おじいさん、その瓶の中のきらきらはなんですか?」
「おや、ぼうや。瓶に入れた光が見えているのかい………」
初めて聞いたおじいさんの声は低く穏やかで、村長のようなしわがれ声を想像していた
カイヤは驚きました。
「ミルク色に見えています。街では青色とか、オレンジ色の光のひとを見たこともあります。
でも、瓶に入ってるのは初めて見ました」
「お父さんやお母さんや、家族のみんなは光が見えるのかい」
「ううん、僕だけ。街できらきらしてる人を教えてあげても、ぜんぜん見えないって。
こんなにきれいで目立ってるのに、誰もわからないって言うんです」
「そうかそうか………。ぼうやには、このきらきらがなにかわかるかな」
少年は首を横に振りました。なにせ、村のラピス先生ですら『きらきら』が何なのか、
教えてはくれなかったのです。
老人はゆっくりと2度頷きました。
ちょうど夕日がおじいさんの背に隠れて、彼が抱く乳白色と深緑色の光だけが
ちかちかと輝いて見えます。
「わしもそうだった。
この輝きが見えるのは世界でわしだけだと、ずぅっと思っておった。
けれども今日初めて、光の美しさ、はかなさを分かち合える若者に出会えた。
わしは、きらきらのことをよぉく知っとる。
教えてあげよう。ご両親も知らない、それどころか世界でわししか知らない秘密を。
そしてもっと、もっと美しいものも見せてあげられる。
さあ、ついておいで。わしの隠れ家に案内しよう」
おじいさんはそういって、少年の横を通り過ぎ、森の中へと歩んでいくではないですか。
カイヤが怖さと好奇心から、どうしていいかわからずに足を止めていると、
暗い森の中から2つの光が声を掛けてきました。
「どうした、ぼうや。この子たちを近くで見に来ないのかい」
片方はミルク色の光で、もう片方は群青、深緑、紫紺と、その輝きを変え続ける光でした。
その2つの『きらきら』があんまりにきれいなものですから、
カイヤは目がぼうっとなって、ふらふらと森の中へ入っていったのです。
3.
老人は森の中、やぶに囲まれたほら穴にするするっと入っていきました。
あっと思ったカイヤがほら穴をのぞき込むと、ぼうっ、と揺らめく光がいくつも目に移りました。
光に目を凝らすうち、少年は自分がいつの間にか洞窟の中に足を踏み入れていたことに気が付きました。
洞窟の両端には、老人が持っていたのと同じガラス瓶が何個も置かれていました。
洞窟は曲がりくねり、いくつにも分岐していましたが、
瓶に入れられた色とりどりの輝きたちが、奥までの通路を道しるべのように照らしていました。
「さあ、すばらしいだろう。迷路のような暗い洞窟の中で、わしらにはたいまつもランタンもいらないんだ。
ついておいで。わしの宝物たちがそこにいる」
少年はガラス瓶の導きと、老人の背中にともる揺らめきを追って、長い時間歩き続けました。
『きらきら』たちは洞窟の壁に波打ち、瞬いて、いくつもの月と太陽が優雅に踊っているようでした。
それを見るうちカイヤはもう怖いものもなくなって、洞窟の奥へ奥へと進んでいったのです。
やがて洞窟は広い空間に出ました。
その場所には毛皮が敷かれ、ごつごつした木のテーブルと椅子、そしていくつもの棚が置かれていました。
なによりカイヤを呆然とさせたのは、棚いっぱいにしまわれたガラス瓶で、
そのすべてがまばゆいほどの美しいきらめきを放っていたのです。
「ああ、ご覧。光と光がぶつかり合って、混ざり合って、語り合っているだろう。
左の棚では踊り子たちが目まぐるしく跳ねまわり、
右奥の棚では音楽家たちが即興の演奏を披露している。
赤色に燃える走者が力強く四方を駆ければ、学者が黄金色のペンで宙に図を描く。
この世界に、こんなに美しい光景があるかね。
これこそがわしの宝物だ」
少年はしばらくは心ここにあらずといった様子で、ただ目を丸くしてあたりを見回していました。
洞窟は『きらきら』の光だけで、全てを照らし出していました。
身体をまわしたとき、老人がぶつかりそうなほど近くにいたことに気づいて、
はじめて意識を取り戻したのです。
「ああ、すごい。本当にすごい。
おじいさん、僕こんなにたくさんの『きらきら』を見たのは初めてでした。
でもこの美しい光は、いったい何なんでしょう」
「そうだそうだ、教えてあげる約束だったな。
さあ、腰掛けるといい。あいにくとお客を呼ぶつもりがなかったから、
この木箱を椅子にしよう」
少年が木箱に腰を下ろすと、老人は棚からガラス瓶を一つ取り出し、テーブルに置きました。
ガラス瓶は随分と古いものなのか、埃っぽくくすんでいましたが、
その中に閉じ込められた光は鮮やかな林檎色のきらめきをはっきりと放っていました。
瓶にはひび割れかけたコルクで栓がしてあります。
「ちいさいころから、わしにはこの『きらきら』が見えていた。
わしだけに光り、瞬き、語りかけていた。
誰に言ってもわかってもらえず、いつも仲間外れにされておった。
手に届かぬ光だけがわしの友だちじゃった。
あれは……。ぼうやよりもう少し大きくなったころだったかな。
村に旅芸人の一座がやってきたのは」
4.
わしはその年まで街にいったことがなかった。
村は今よりずっと貧しかったし、ぼうやのように、恵まれた両親のもとに生まれたわけでもなかった。
こどものころの楽しみといったら、年に一度やってくる旅芸人たちの出し物くらいだった。
その年、村に来たのは踊り子の一座でな。
きらびやかに着飾った女性たちが、オルガン弾きたちの演奏に合わせて踊るんじゃ。
その中で最も美しく、そしてだれよりも華やかに踊る少女に、わしは心を奪われた。
彼女が舞うたびに赤々とした煌めきが散った。
彼女が笑いかけるたびに暖かな光に身を包まれた。
彼女は一座の中でも特別じゃった。
彼女だけが、胸に『きらきら』を灯しておった。
その日の出し物が終わり、夜を迎えたあとも、その光が目に焼き付いて眠れんかった。
わしはどうしてもどうしても、その光をもう一度見たかった。
その光を手にしたかった。
わしは一座の天幕に忍び込んだ。
さんざんにぶたれ、蹴られ、怒鳴られたよ。
わしは村の広場にたたき出されて、一座のものたちに痛めつけられた。
村のみなも口々にわしを罵った。
しかしちっとも惨めな気持ちにはならなかったよ。
わしの手のひらの中には、ずっと届かなかった、あの光が握られていたのだから。
光の抜けたあとの色褪せた彼女など、もうどうでもよかった。
5.
老人は言葉を切ると、棚から別のガラス瓶を取り出してきました。
今度は濃い黄色の光が入っています。
この瓶もコルクでしっかりと栓がされていました。
「わしが大人になったころ、隣街に、近ごろ評判の仕立て屋が出来たとうわさになった。
若い職人が採寸から裁縫まですべて一人でやっていたが、
大した腕前で、見ている間に立派な背広を一着仕立て上げるほどじゃった。
その若者ははつらつとした向日葵色の光を宿しておった。
わしは男に仕事を頼み、服をもらい受けるときにその光もするりと受け取ってやった。
踊り子の少女にそうしたように、光の幕をうまくつかんでやれば、
何ということもなく光は抜き取れた。
何年かあとにもう一度訪ねたが、店はもう潰れておった」
老人はテーブルへ深い青色、黄赤色、明るい緑色の瓶を順に置きました。
「弟子を何人も抱える海色の弁舌家がおった。
壮年になっても衰えぬ、アプリコットの競技者がおった。
放浪する若葉色の天才画家がおった。
いずれもとんと名を聞かなくなったな。
会って数年のうちにね」
老人はゆっくりと棚に近づき、またガラス瓶を一つ手に取りました。
ですが今度の瓶は栓がされておらず、光も入っておりません。
「なあぼうや。わしが思うに、この『きらきら』はひとの才能なんだよ。
それもちょっとの才能じゃあない、その道で一流となるような、とびっきりのね……。
わしには分かる。ぼうやにもとびきりの才能があると。
もしかして、自分の光は見えないのかい?
わしにははじめから、ぼうやの七色に移ろう美しい『きらきら』が見えておったよ。
おや、どこに行くんだね」
カイヤはもう木箱から立ち上がり、洞窟の通路へ駆け込みましたが、
しかし洞窟の入り口は老人のいる側だったのです。
老人は焦ることなく洞窟の奥へと歩いていきました。
「安心しなさい。
これを抜き取っても痛みはないし、倒れもしない。
いままで光をもらった者たちも、なにをされたなど全く気付いてはいなかった。
ちょっと引っ張って抜き取るだけだ。
さあ、もう袋小路だ」
洞窟はすぐ行き止まりでした。
深緑色の光は暗く、明るく、揺れ動きながら、あとひと足でカイヤに手が届くところにまで
迫っていました。
カイヤは得体のしれない恐ろしさに身体を強張らせながらも、暗い七色の『きらきら』から
目を離すことが出来ませんでした。
「なに、すぐに済む。
その何よりも美しい『きらきら』を、虹色の才能を、わしにおくれ!」
震える皺だらけの手が少年の胸に伸びたとき、カイヤもまた、その手を『きらきら』へと伸ばしていました。
暗くも鮮やかな虹の光は、少年の手にするりと収まりました。
「ああっ………!?」
輝きを失った老人は急に暗闇の中に放り出されたかのようにうろたえて、しわくちゃの手は空をきりました。
「光が! 『きらきら』たちが、どこへいった? 見えない! 見えない!」
カイヤが急いで老人の横を駆け抜けたときも、老人は激しく首を、身体を振って周囲を見渡すだけです。
振り回される手を避けようとして、カイヤが床のガラス瓶を蹴とばすと、瓶は音を立てて砕け、
橙色の光が宙に浮きました。
老人が悲痛な叫び声を上げました。
少年はそれを見て、何かを理解したわけではありませんでした。
ただ心に沸き上がった衝動に突き動かされて、色とりどりのガラス瓶たちを蹴り、投げ、
地面に叩きつけて壊していきました。
そのたびに光は宙に浮き、少し戸惑うようにあたりを漂うと、入り口のほうに向かって飛んでいきます。
少年が棚を押し倒すと、数多の瓶が一斉に砕け、光の奔流が沸き上がりました。
「やめろ! わしの『きらきら』だ! やめろ!」
老人から逃げるように、光の奔流に押されるように、カイヤは迷路のような洞窟を入り口へと走りながら、
次々に瓶を壊していきました。
そのたびに光は奔流に加わり、カイヤを包み込んでいきます。
「光を! わしの目から光を盗んだ! 盗人が、わしの『きらきら』を返せ! かえせぇ!」
洞窟の奥からはいつまでもいつまでも、悲鳴のような叫び声がこだましていました。
老人が洞窟から出てくることは、ついぞありませんでした。
6.
カイヤが洞窟から出ると、地上はすでに夜になっていました。
彼が解き放った光たちは、七色の滝となって夜の空へと駆け上がっていきました。
きっと元の光の持ち主のところへ戻るんだ。
カイヤはその光景に目を奪われながら、老人の話を思い出し、ふとそう思うのでした。
家に帰ったあと、カイヤは両親からさんざんに叱られ、そしてたっぷりと抱きしめられました。
相変わらず家族の胸に『きらきら』はなく、そしてきっとカイヤのように『きらきら』を見ること
も出来ないのでしょうが、もうカイヤがそのことを寂しく思うことはありませんでした。
やがてカイヤがベッドに入り、部屋の窓を開けると、月は高く登り、夜は一層深くなっていました。
カイヤは窓のふちにそっと瓶を置きました。
台所から持ってきた瓶には、まだ残りかけのジャムが入っていますが、
いずれもっときれいな瓶に置き換えることでしょう、
月のとなりに並べられたガラス瓶は、暗く美しく、七色の光を放っていました。
「ああ、なんてきれいな『きらきら』なんだろう………」
カイヤ 主人公の少年。人の才能が『きらきら』となって見える
スペクトロ カイヤとおなじ村に住む、陰気な老人。カイヤと同じく「人の才能が光として見える」才能を持っていた。
童話………?




