第二話② ミヅキ・ライジング
「それで、具体的に睡眠をどう改善するかですが……」
「……どーせあれだろ、早寝早起きしろ、って言うんだろ」
「Exa……そのとおりでございます」
「はいムリー! ムリー! ……えっと、ムリー!」
語彙力。
お嬢様はテンション高く腕でバツを作って叫……んだら額を押さえた。今日も無事(?)頭痛がしているらしい。
「……お嬢様、少し落ち着きましょう」
「うう……」
シートにもたれて目をつむるお嬢様。
そうしていると、目のクマや蒼白い肌が相まって病人のようだ。胸が痛む。
しばらく車の走る音と振動を感じていると、お嬢様が目を開けた。
「……頭が痛いんだ、いつも。ちゃんと寝たらこれ、治るのか」
「はい、きっと」
少し嘘をついた。
僕は別に医者ではない。お嬢様の頭痛は自律神経失調が原因だと思うが、それはあくまでちょっと知識をつけただけの素人判断だ。
しかし、身に染み付いた習慣を変えていくには、相応のモチベーションが求められる。
お嬢様には、習慣改善した際の明確な成果イメージを持っていただくべきだ。
「……よし、じゃあ、早寝早起き……だが、しかし……ちょっとくらい遅くても……いや……」
モチベーション大丈夫かなこれ。
「お嬢様。私とて、すぐに早寝早起きできるようになるとは思っていません。あくまで目標です。ひとまずできるところから、コツコツ取り組んでいきましょう」
「え、じゃあ授業中寝ててもいいのか?」
「いいですよ、どんどん寝てください……とは言えませんが、無理に起きようとすることはありません。夜ちゃんと眠れるようになれば、自然と昼に眠くならなくなってきますから」
「よっしゃ」と拳を握るお嬢様。
……僕の考えは言ったとおりなんだけど、喜ばれると複雑だなあ。
「それで、まず最初に取り組んでいくことですが」
「うんうん」
「ご夕食以降はタブレットに触れ「はいムリー!」まだ言い終わってませんが!?」
再びのバッテンポーズお嬢様。
そんなに嫌なんですか。
「……お聞きくださいお嬢様。良い睡眠のために一番大事なことは、『リラックスした状態で早めに床につく』ことなんです。それを実現するに当たり、お嬢様の生活の中で一番の障害になるのが、タブレットなんです」
「……早めには、まあ、ともかくとして……リラックスはしてるぞ。ごろごろしながら見てるから」
「お嬢様の認識がそうだとしても、お嬢様の脳はそうではありません。画面からの光や音で興奮状態になってしまいます」
この世界の端末の画面からブルーライトが出てるのか、そもそも画面が液晶なのかどうなのかも知らないが、動画をずっと観ているなら同じことである。
「興奮した脳は、いくらお嬢様が寝ようと思ってもすぐに睡眠モードには入れません。入れたとしても浅い眠りになってしまうんです」
「……へー」
「そういうわけで、ご夕食以降タブレットに触れないのが簡単かつ効果的なのですが……いかがですか?」
「やだ」
「なぜにですか……」
「……推しの配信見れないもん」
推しかあ。
「アーカイブ残らないんですか?」
「生じゃないとやだ! マジチャできないし!」
……その心理は分からなくはないのだけれど。
こいつぁ厄介だな。
なお、マジチャとはMagical Chatの略で、要はスパチャ、投げ銭である。
「ちなみにどれくらいマジチャしてるんですか?」
「毎回赤を贈るのが公爵令嬢としての礼儀ぞ」
んな礼儀ねえよ。
しかし流石は貴族である。配信者側もさぞありがたいだろう。
が、だ。
「……それは諦めましょう。お金のことはさておき、毎回生で赤を贈ってたらお嬢様のご健康が赤信号です」
既に黄色信号なんですからねあなた。
「そんな……推しに全てを捧げるのが生きがいなのにぃ」
「せめて睡眠時間は取り戻しましょうよ……」
拳で左胸を叩くお嬢様である。お願いですから心臓は捧げないでください。
それに、何も捨てられない人には何も変えることはできないですよ。
「……お嬢様。では、こうお考えください。『細く長く』と」
「細く長く……?」
「はい。……例えばですが、お嬢様は推しより長生きしたいですか?」
「推しの葬儀を国葬にするのが我が最後の推し活と心得ている」
流石の公爵令嬢でもそれは難しいんじゃないかなあ。
それはさておき、
「ですが、今の生活を続けていたら……推しより早く召される可能性があります」
「なん……だと……」
「考えてもみてください。体力があるはずの10代でも、慢性的に体調不良なんです。20代くらいまではまだこのくらいで済むかもしれませんが、これが30代、40代になったら……?」
「頭が痛すぎて爆発する……?」
爆発はしませんが。
「頭どころか、お身体のどこが悲鳴を上げてもおかしくないのです。そうなれば、たとえ死ななくとも、病院生活になります。病院ではもちろん……」
「夜に配信を観るなどできない……!」
「そういうことです。……そして推しの方は、お嬢様が配信に来なくなったことを悲しみ、配信のモチベーションが下がることでしょう。それがきっかけで活動が鈍くなってやがて卒業宣言、なんてことも……」
「うっ……!」
口を右手で押さえて愕然と目を剥くお嬢様。
それこそ重病を告知されたかの如しである。
「これが、『細く長く』の逆……『太く短く』です」
「なんてことだ……わたしはどうすれば……」
「健康です。全ては健康が解決してくれます」
お嬢様の小さな左手を握る。
想いよ伝われと眼力を込めて顔を見つめるが、お嬢様はなぜか視線を泳がせた。
「健康でありさえすれば、いくらでも推しの方を応援する機会はあります。細くとも、長くさえあれば。パトロンサービスの支援額だって、10年より20年続けてた方が多いです」
「そ、そうか、確かに……!」
「さらに、もしリアルイベントがあったとして、健康であれば全力で参加することができます」
「お、おおお……!」
「健康、健康ですよお嬢様。お嬢様が元気でい続けることこそ、最高の推し活なのです」
「……!」
お嬢様の澱んだ目にキラキラが宿る。
なんだか健康を美化しすぎてしまった気がするが、まあいいか。
「……理解った。完全に理解ったぞタケル」
両の拳を握りしめるミヅキお嬢様。
普段の覇気のなさはどこへやら、全身から炎が立ち上りそうだ。
まさにスーパー公爵令嬢人。
彼女はキッと視線を尖らせ、そして、
「それならば……健康王に、わたしは成あいたぁ!?」
……勢いよく宣言して勢いよく立ち上がって、勢いよく天井に頭をぶつけた。




