第二話① 朝食、どころではない
「まったく、紛らわしいことを……」
「す、すみません……いてて」
使用人たちの休憩室で、殴られた頬を押さえる僕を見ながら、レイカさんはため息をついた。
「……私も早とちりで叩いてすみませんでしたが、これからはちゃんと執事として節度を守ってくださいね」
「は、はい……」
恐縮するしかない僕。
……どういうことかと言うと、僕がミヅキお嬢様の肩を掴んで「身体を預けてください」という発言をしたのは……レイカさんにはこう……オオカミが「お前を食べるぞ」と宣言しているかのように見えたのだという。
……うん。客観的に振り返るとそう見えても仕方ないというか、そうとしか見えないというか。
かくして僕は鉄拳一発で沈められ、この部屋で目覚めた後なんとか誤解を解き、公爵様への報告だけは免れた。
……『公爵様への』報告は。
「――タケル君」
穏やかに言いながら前に出てこられたのは、執事長のゲンゾウさん。つまりは直属の上司である。
ザ・執事といわんばかりのダンディな初老の髭紳士は、ぽんと僕の肩に手を置いた
「執事としての不適切な振る舞いについては、レイカ君からたっぷり絞られただろうから私からはとやかく言わない」
「は、はい……」
「むしろ、お嬢様の身を真剣に案じる姿勢は、同じくタチバナ家に仕える者として嬉しいとすら思う」
「執事長……」
――それでしたらなぜ、僕の肩は今、砕けそうになっているんでしょうか?
「これはまあ一応、念のため、そう念のための確認なんだがね?」
執事長、人は肩関節に指をねじ込まれると激痛を感じるようにできているんです。
「君はあくまで使用人として、執事として、お嬢様の身を案じているのだね? もちろん、も・ち・ろ・ん、まさかまさかお嬢様に対し邪な想いを抱いているということはないね?」
「が、ぐ、ぎぎが……」
「ね?」
「……は、ハイ……モチロンデス……」
笑顔の額に龍みたいな青筋立てながらこっちの肩を万力の握力で潰そうとしてくる相手に逆らえる人類はいない。
僕は脂汗をだらだら流しながら必死で首を縦に振った。
「よろしい」
執事長はスッと青筋を引っ込めると、僕の肩を解放した。
……原型留めてるよね? あ、動く、ちゃんと動く……!
五体満足であることを神に感謝している僕だったが、ここでレイカさんがこう言った。
「……しかし、お嬢様には申し訳ないことをしました……一緒に朝食の約束でしたのに……」
あっ。
*
「むっすー」
学院に向かう魔力自動車の中。
頬を膨らませてそっぽを向くという、絵に描いたような拗ね方でミヅキお嬢様はぷりぷりしていた。
「申し訳ございません……」
下手な言い訳は逆効果と判断し、ひたすら頭を下げる僕。
前世のブラック企業時代を思い出すなあ。
今世は相手が小さくてかわいらしいお嬢様だから、前世の怒鳴り散らしてくるハゲのおっさんと比べたら天地の差だけど。
「……タケルが悪いんだからな。か、身体を、とか、ヘンなこと言って……」
「すみません……」
決して変な意味で言ったわけでは、と言いたくなるのを呑み込んで、耳がほんのり赤くなっているお嬢様に向かって深々と謝罪。革張りのシートに額が当たってちょっと冷たい。
「……ふんだ。もういいよ。……その代わり、ちゃ、ちゃんと責任、持てよな……」
お嬢様、まだ何か勘違いしてない?
疑問に思ったが、「……返事は?」と言われて「はい! もちろんです!」と勢いよく返した。
「……それで、どうやって調子良くしてくれるんだ?」
「はい。まずは――睡眠から整えさせていただければと」
お嬢様は曖昧な笑顔になって視線をスイーッと横に流す。
「すいみんかー……」
「はい。……自覚しておられるかと思いますが、お嬢様の生活習慣は乱れています。ヤバイです」
「うぐぅ。そんなハッキリと……」
これでもまだオブラートに包んでますよ。
「健康になるためには適度な睡眠、食事、運動を規則正しく行うことが大切ですが……ハッキリ言って全部ダメダメなので一気には解決できません」
「はぅ……」
涙目うるうるでこっちを見ても、事実は事実なので。
「ということで、まずは一番大切ですぐに効果を実感できる睡眠から取り組んでいきます。よろしいですか?」
「…………はーい………………」
とても嫌だが、健康指導に同意した手前そうは言えない。
そんな感じの返事を寄越すお嬢様であった。




