第一話② あたたかなまどろみ(授業中)
ミヅキ様は15歳ということで、昼間は学院に通っている。
貴族の子女が多く集う名門校だが、ありがたいことに僕もクラスメイトとして通わせてもらっている。学費はタチバナ家持ちで。
公爵様には足を向けてどころか寝ることもできないくらいの大恩だ。執事としての働きで少しでも返そうと思う次第である。
それはさておき。
学院でのお嬢様はいかがお過ごしかと言うと……
「…………すー……すー……」
このとおりです。
夜ふかし三昧な人が授業中起きていられるはずがないですよね。
授業を担当している若い女性教師は、困った顔でその様子を見ている。
起こせばいいじゃないかと思うだろうが、それも簡単ではないのだ。
なにせ公爵令嬢。貴族の多い学院とはいえレベルが一段違う立場のお人だ。
そんなお方の機嫌を損ねるかもしれないことを、教師も同級生達もおいそれとは行えないのである。
なので自然と、
「えーと……」
女性教師が申し訳無さそうに僕を見る。
……こういう時は執事の僕にお鉢が回ってくるというわけだ。
頷いて、隣の席で堂々と突っ伏すお嬢様の肩へと手を伸ばす。
この席の配置、絶対偶然じゃないだろうな。
「……お嬢様、お嬢様」
囁いて軽く肩を揺らすが起きる気配はない。今日は特に深くお眠りだ。
春眠暁を覚えずか。夜のお屋敷でやってほしい。
「お嬢様~……」
「うーん……うにゃあ……」
猫ですか。
あと、ちょっと声が大き
「……やだぁ……起きないのぉ……」
うわあ。
静謐が満ちる教室中に、公爵令嬢の甘えたボイスが響き渡った。
沈黙の中の気まずさ濃度が120%を突破する。
「ちょっと、お嬢様……!」
「やぁ、やぁなのぉ…………………………ッッッ!!!!?!?」
あ、起きた。
バッと上げた顔には教室中の視線が注がれていて……いつもは白すぎる肌が、真っ赤っ赤に染まっていく。
「あ、わ、あわあ………………………………スミマセン………………」
「……えと、その、気を付けてください、ね……?」
まるで寝ていたのはそっちだったかのように恐縮した女性教師は、そう言って授業の進行に戻っていく。
一方、茹で上がったままよだれを拭ったお嬢様は、恨めしそうな目で僕を睨んだ。
いやいやいや、逆恨みですって。
*
「う~……恥ずかしかった……なんで起こしたんだよぉ……」
昼休み。
天気がいいので中庭のテーブルでランチと洒落込んだお嬢様は、同席する僕に恨み節をぺしぺしぶつけていた。
ちなみに、学院では生徒同士ということで、お嬢様と一緒に食事することを許されている。今食べないと食べられる時間ないしね。
「いや、起こしますって……授業中だったんですから……」
「だったらなんで寝てすぐに起こさなかったんだよぉ……」
「起こしてほしかったのかほしくなかったのか、どっちなんですか……」
呆れる僕に「ぶー」と声に出してぶーたれるお嬢様。
その手はサンドイッチからレタスを取り除く作業で忙しい。
「はいこれ、あげる」
卵の付着したレタスを下賜された。
こんな感じで、お嬢様の苦手な野菜を毎日ありがたく頂戴していることは、もちろんレイカさんには内緒だ。
「いただきますけど、その分ちゃんと他のを食べてくださいね」
レタス抜きサンドイッチだけ手にしてランチボックスを閉めようとするお嬢様に釘を打ち込む。
「…………だって、お腹いっぱいだし」
「…………ですから、休み時間の間食はお控えくださいと……」
「ええいうっさいうっさい。レイカじゃないんだから、タケルまでごちゃごちゃ言わないでくれよぉ」
「レイカさんだって、お嬢様を心配して申し上げているんですよ?」
「わかってるけどさあ……」
……こんな感じで、朝に続いて昼もろくにお召し上がりにならない。
朝食べないので昼までお腹が保たずに間食に走り、その結果昼食が入らない……という負のスパイラルに陥っているのだ。
一日三食を決まった時間に摂ることが、自律神経にとってベスト。
我がお嬢様はその真逆を全力疾走しているのである。
その辺りは本人もなんとなく理解していると思うのだが、それでも改善に一歩踏み出せないのは、それこそ自律神経の乱れに原因があると僕は見ている。
自律神経には『交感神経』と『副交感神経』の2種類がある。
前者は身体や心の活動を活発にする、いわばアクセル。
後者は逆に活動を緩やかにし、リラックスさせてくれる、いわばブレーキ。
交感神経と副交感神経は時間帯や状態によって、どちらが優位になるか交互に切り替わっていく。ちょうど自動車が適切な速度を守るように、それによって身体を安全快適に操縦してくれるわけだ。
『自律神経が乱れている』というのは、ざっくり言ってしまうとこのアクセルとブレーキの踏まれ方がおかしい状態を指す。
アクセルベタ踏みで爆走したり、ブレーキ効かせすぎで止まってしまったり、あるいは両方ともロクに踏まないでノロノロ運転になったり。
ミヅキお嬢様におかれては、日中副交感神経が優位になりすぎている……つまりブレーキ踏みすぎ状態なのではないかと思う。
そうなると常にだるさや眠気が止まらないし、物事へのやる気もでない。
現状を変えようにも、それをするだけの気力が湧いてこないのだ。精神論ではどうにもならない話である。
「……ご安心ください。間食の件も、レタス除去の件も、言いませんから」
「うむ、タケル殿は話が分かる」
お嬢様は冗談めかして笑うが、顔色が悪いのでどうにも陰鬱な雰囲気が拭えない。
いつか、そう遠くない内に、この笑顔に「花が咲くような」という形容詞をつけられるようにしたいものだ。




