第三話② なでなでほわほわ
「――――ハッ!」
「お気づきになられましたか、お嬢様」
学院の中庭、いつものテーブルでお嬢様は覚醒した。
「記憶が飛んでいる……教室に入った時から今までの記憶が……タケル、これは!?」
「はい………………午前中、がっつり居眠りでございます」
一陣の残酷な風が吹き、ミヅキお嬢様の長い髪を散らした。
「バカな……!」
愕然と頭を抱えるお嬢様。
「頭痛も蘇っている……どういうことだタケル!」
「はい、お嬢様。僭越ながら………………1回ちゃんと寝れたくらいで改善するわけないでしょう、でございます」
空は快晴だが、お嬢様の背後には黒雲が広がり特大の雷が落ちた。
「なんだってー!?」
「健康は1日にして成らず。体調は規則正しい生活習慣の下、徐々に良くなっていくものです」
「えー、そうなのかー」
お嬢様はがっくりと肩と頭を落とす。
そんな彼女の頭を、僕はなんとなく撫でた。
「ふにゃっ」
「……落ち込むことはありませんよ。お嬢様は昨日、一番難しい『第一歩を踏み出す』ことができました。それならきっと大丈夫です。お嬢様は健康になれます。ぼ……私もついていますから」
「…………うん」
お嬢様は小さくコクリと頷く。
安心して頭から手を離したら――バッと掴まれた。
「………………撫でろ。もっと」
伏せられた顔は長めの前髪で隠されていて、表情はうかがえなかった。
「……はい、かしこまりました」
承知して、再び撫で始める。
と言っても、女の子の頭を撫でるなど初めてだ。前世で飼っていた犬を撫でるような感じになってしまっているが、大丈夫だろうか。
「…………えへへ」
……大丈夫なようだ。
す……っと後頭部まで手を滑らせる。
お嬢様の髪は癖が多いが柔らかく、ふわふわした感触を手に伝えてきてくれる。
レイカさんは『傷んでいる』と嘆いていたが、僕からしてみたら十分キレイな髪だ。
……というか、また執事の立場を弁えない行動をしてしまっているな。
ここが学院で良か――
「……あ」
ふと視線を上げたら、クラスメイトの女生徒数名が遠巻きにこちらを見ていた。
いかにも「キャー!」と黄色い声を上げてそうな顔で。
…………Oh。
「……お嬢様、そろそろ」
「むー…………わかった」
ご不満そうながら、今度は離れていく手を掴まずにいてくれた。
頭を上げたお嬢様の顔は、ほんのり赤い。
「……なあタケル」
「……はい」
「わたしがもっとがんばって……もっと元気になったら……また、撫でてくれるか?」
綺麗な前髪の隙間から、長い睫毛を揺らめかせて上目遣いでこちらを見つめるお嬢様。
僕の心臓が、またしても執事失格な跳ね方をした。
「………………はい、お嬢様がお望みであらば」
「…………なんだよ、わたしが言わなきゃやらないのかよ」
「え。いや、その……」
「タケルは……わたしの頭を撫でるの、いやか?」
――お嬢様。貴女は、不健康な容貌だとしても、とても魅力的な方なのです。
そんな方からそんなことを言われては……その、困ります。
「いえ………………また、撫でさせてください」
「うむ♪」
二コっと笑ったミヅキお嬢様は、ランチボックスのサンドイッチをむんずと掴み、ぱくりと大口開けて食らいついた。
――苦手なレタスごと。
「ぶふぉっ!?」
「うわっ、ちょっとお嬢様!? お洋服に付いてませんか!? ちょっと一回お立ちになって――」




