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「おっ、いいとこに来た。ちょっと手ぇ貸してくんね?」

 車から降りた瞬間かけられた声がやけにくぐもっていて、嫌な予感にフユカはしかめっ面をした。見える範囲に人影はない。

 そろそろフユカの訪問に慣れてきたらしく、最近はすぐ、ここで飼われている白い斑の石たちが近寄ってくる。カチャカチャと賑やかな音。鼻先に軽く触れる挨拶をしながら、彼女は声のしたほうを睨んだ。

「貸した手を掴んで襲うとかいうオチじゃないでしょうね」

 視線の先には石の山。

 男の声は、そこからしていた。

「んなことしねーよ。俺をなんだと思ってんの」

「粘性薄荷(ミント)よりも(さか)ったクズ」

 今は屑石みたいだけど、と付け加えれば、「ひでえ言い草」と返ってくる。

「……出会いがあれで、そう評価しないほうが難しいわよ」

 石の山に近づくと、フユカの周りにいた石が、声の出どころを教えるかのようにカツン、コツンと石山の一角に体当たりをしだした。わかってるわ、と笑みだけで頷く。

「あーあれな! おまえ、熱膨張した山羊鉄みたいだったもんね」

「……」

 無言で持ち上げた脚。フユカに支給された革靴の底は岩漿(しょう)氷仕立てで、〈連邦〉屈指の頑丈さを誇る。察した石たちが「いっけえ!」とでも言うかのように浮き立つ。

 山になって群がる石たちには悪いと思いつつ、しかし遠慮はなく、()のいるであろう場所に踏み込む。

 ぐえ、と呻き声がした。

「追加で岩でも乗せる?」

「嘘ウソ。早くどいて重い痛い潰れる」

「だいたいね、どうしてこんなことになってるの」

 ここの石たちはたしかに飼い主大好きという気配を溢れさせているが、飼い主の不利になるようなことはしない。だとすれば、埋まっている人間自身がなにかを失敗したのだろう。無機物に決まった動きだけを教え込む一般的な飼育場ではまず見ない光景だが、定形外と呼ばれるここでならばあり得ない話ではない。

「んー石肌恋しくて?」

「馬鹿言ってないで早く出てきなさいよ」

「聞かれたから答えたのに。あとこいつら普通に重くて出られねえ」

「まったく。世話が焼けるわね……」

 腰に提げたレンチを使って石の機術式を弄ると、石の動きが正常に戻り、人間に群がるのをやめた。

 かろんと転がる石の隙間から、くすんだ金色の髪の毛が覗く。

「フユカ」

 遮るものがなくなって、甘い声。

「優しすぎんだよなァ、おまえ」

 しかしフユカはそんなものに騙されない。最悪な出会いをしたあの日から、もう騙されるまいと決意している。

「……なによ」

「すーぐ悪い男に引っかかっちまいそうで心配してんの。だっておまえ、調教師なんてほっときゃ自分でどうにかできんの、わかってたもんな?」

 長めの金髪は掴むのにちょうどよさそうだ。口(その他諸々の癖)の悪い調教師の髪を、フユカは躊躇いなく引っ張った。今まではぎりぎり仕事相手として見てきたが、今後はもう人権を尊重しなくてもよい気がする。

()ってー、もっと優しく触って」

「今さっきわたしを優しいと馬鹿にしたのは誰?」

「褒めてんだって」

 崩れた石の山から引っ張り出された男は調教師らしからぬ筋肉質な長身で、切れ長な瞳に不遜な表情と相まって、見る者に威圧感を与える。しかし全体的に薄汚れていても、美しい部類に入る造形と色彩や、とにかく軽薄な物言いが、彼を実年齢よりずっと若く見せていた。フユカは舌打ちをする。

「そうね、イズク。あなたはそういう人よ……本当に潰れればいいのに」

「目に怨念がこもりまくっててやべぇ」

 珍しい生態をしている石の調査という大事な仕事で訪れているというのに、もはや取り繕う気も起きないのは、すべてこの男のせいだ。

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