1 出会い
―――辛い時期があった。
それは私がまだ、自分の中にあった才能に気づいたばかりの頃。
幼かった私は、一人で全てを抱え込むこともできなかった。大きく、ともすれば押し潰されてしまいそうな重圧感。
おかしなものを持ち合わせてしまったために、おかしなものを視る羽目になった、不幸。
かと言って、両親に事情を話せるはずもない。
ある程度理解のある親ではあったが、これはそういうのとはまた別の問題だ。
思いつく限りでは、親類にも適当な相談相手はいない。返答を貰えるどころか、己の年を鑑みれば、悪ふざけと思われ信じてもらえるかすら危ういものである。
どうすべきか悩んだ私は、結局何の血の繋がりも無い赤の他人―――時折公園で出会っては遊ぶだけの、
名前も知らないとある少年に全てを打ち明けることにした。
「―――なるほどね。確かにそれは、特異な才覚だ」
どこの公園にでもある、有り触れた木製のベンチ。
天候は良く、見渡す限りの空には一つの雲も見当たらない。
穏やかな陽気に包まれながら、私の告白を聞いた少年は、納得したように何度も頷いた。
「…信じて、くれるんだね」
「そりゃね。何度か会って、君が嘘を吐ける程器用な人間じゃないのはわかっているから」
「でも、嘘をついていなくても、勘違いしているかもしれないでしょ?」
私とて確たる自信は持てなかった。全ては、私自身の生み出した妄念なのではないか。
脳という檻の中でのみ循環する、悪夢ではないのか。
そう思えたこともあったし、そう思った方が、ずっと気が楽だった。
「勘違い、してるの?」
「ううん、してない…と思う」
「ならしてないのさ。世間は嘘やら信じられないことで塗れているからね。
せめて自分のことぐらいは、信じてやらないと」
彼の言うことは、簡単なようですごく難しい。
どこか大人びて見えたのは、そういう言動故だったのかもしれない。
「でも、まぁ。君の才能はあまりにも珍しいものだから、信じられなくても無理はないね。
予兆とか、予感とか、そういうのはなかったの?」
「なかった、こともなかった気がする。何かおかしな感覚が自分の中にあったのは、
ずっと前から知っていたから」
ただ、それは物心ついた時には既にあったもの。
だから特別だとは思わなかった。これも含めて私自身なのだと、周りの人たちもそういう感覚を誤魔化して生きているのだと、そう思ったのだ。
「辛い?」
「…辛いよ。だって私は、そのせいで人より多く悲しまなきゃいけないから」
祖父の死。視た後に見る。
そんな未来は知りたくもないっていうのに、二度も見なくてはならない。
今回はまだ一度目だから大丈夫だけれど。これから先ずっとそうだと思うと、苦しくなる。
―――それに。
もしも私が観測することで、その人の未来が決定されてしまうのだとすれば。
この才能は神をも墜とす。人の身には過ぎた、持ってはいけないモノ。
「―――じゃあさ、空を見よう」
「空?」
「そう、空」
彼は頷いて、空を見上げた。
つられて見上げる。青い。そして、広大な空。
「空は、何時でも見ることができて、時間ごとに模様が変わるから飽きない。
他のものを見たくないときには、うってつけだろ?」
そう言って、少年は薄く笑った。
青い風景の中を、白い雲が流れていく。何気なく見ることはあっても、このように意識して空を仰ぐのは久しぶりだった。
特別ではない、何時だって見ることのできる景色。
なのに、この時に限って空がとても尊く―――美しいものに、私には見えた。
「才能は、その人を幸せにするためにあるものだと僕は思う。
見知らぬ誰かのためだとかじゃない。才能を持つ当人が幸せになれないのなら、才能に意味なんてないんだ。
だから、君が自分の才能をもし不幸だと感じているなら、直視しないのも君の意志だ」
「私の、意志」
「僕も君も、弱くて脆い‘人間’なんだ。
嫌いなものもあれば、どうしても苦手なことだってある。
逃げるな、なんて残酷なことは言わない。君は―――君の思う通りに、生きればいい」
―――その言葉が、私の生きる指針となった。
思う通りに生きる。自分の意思で、自由に、生きればいい。
彼は人の弱さを肯定し、その上で私に、新しい道を教えてくれた。
「…そうだ、名前」
「名前?」
「うん。まだあなたの名前、聞いてなかった」
「ああ、そういえば、そうだったっけ」
自己紹介なんてすっかり忘れていたと、彼は快活に笑う。
そして、右のポケットから手を引き抜き。
「佐藤和馬。よろしく」
「…うん。よろしく、カズマくん」
忘れることの無い握手を、私達は交わした。