構えは楽に、打つ瞬間を思い切り
小学校で教えてもらったのは「いち、に、さーん」のタイミング打法だった。梨田監督は小学生はそれでいいという。しかし、高校や社会人では通用しないのだそうだ。たしかに、変化球に「いち、に、さーん」は通用しそうにない。
「まず、トップの状態を理解することだ。トップの状態とは、バットを引いた状態からまさに打ちにいく瞬間。弓矢でいえば、引いた弦から矢を放つ瞬間だ。」
小学校でならった、例のボクシングでいえば右手を引いて、殴る瞬間のことだろう。
「このトップの状態は、ピッチャーでいえば軸足から前方へステップする瞬間だ。このトップの瞬間どおしをバッターが合わせることが、タイミングをとるということになる。」
「トップの状態を作るには、右足に体重移動した際、右膝が外側にぶれないように右膝の内側に力をためる。」
「次に引いたバットが前に行かず、そこから動かない状態で左足を前にステップする。構えたバットが構えた位置から動かないように我慢する。何か柱をバットのようにつかんで、ステップしても構えたバットが動かない感覚をつかむといい。すると、左手が伸び、左肩・左腰にもためができる。」
念のため、虎之介は右バッターである。左バッターならその逆であることを補足しておく。
「最後に腰を切り、バットを前に放り投げるように、弓が弦から放たれるように打つ。前を大きく、思い切り打つ。」
前を大きくとは、小学生の時にも習った。
「もし、来た球がカーブやフォークボールなどの変化球だと思った瞬間、ステップした左足の膝が前に出ないよう左膝に壁を作り、それから打つ。」
「小学生の時にも言ったが、バットを構えている時は力を抜く。ボクシングで相手を殴ろうとする前から力を入れていては、強く殴れない。」
梨田監督はボクシングが好きなようだ。
「力強い、球から火が出るような打球を放つには、弓矢のように、鞭打つように、打つ瞬間までにバネを作らなければならない。これはすぐには出来ない。意識して反復練習して体に染み込ませなくてはならない。」
梨田監督のバネ理論である。虎之介がこれを本当に理解できたのは、舞台を高校に移し、最後の夏の大会3ヶ月前であったが…。