CASE4 最上鶫と副店長
バイトの後、行きたくなかったけど他の店舗のバイトも合同のバイトだけの飲み会に義理で参加した帰り、私はコンビニで酒を何本か買っていつものバスに乗っていた。
微妙な時間に微妙なルートで乗ってるから空いてる。最後尾の席に1人で、どーんっと座った。私らしいな。へへっ。
「はぁ~、何かダルいなぁ。バイト変えよかっな~。車の免許欲しいな~。はぁ~」
酔ってる。食欲が湧かなかったから酒ばかり飲んでてたからだ。なのにコンビニで酒を買ったのは飲み直したかったから。
「ん?」
何気なくスマホを見たらSNSに凄い来てるっ。同僚だよ。バンドだかラップだかをやってる人。
「バイトのグループのSNSで連投でアプローチってどうなのよ? はぁ~、バイト辞めたらアンインストールしたろ」
我慢できなかった。私はコンビニの袋から酒の缶を取り出してプシュっと開け、一息飲んだ。
「ぷは~っ」
たまらんね。そのままチビチビ飲みながら夜景の街を見送っていたら、バスはラッピングトラックと擦れ違った。流行ってる異世界転生物の宣伝だ。
「・・異世界転生とかいいから、高1くらいからやり直してぇよ」
ポロっと口に出て、あの時の事を思い出してしまった。
「鶫ちゃん、蕎麦クル入ろうよ?」
何度も誘ってきた。高校辞めてからも。私は逃げるように田舎を出て、今は東京。
「橘咲那、しつこかったな・・」
最期に電話で一方的に話してきた時は、
「蕎麦クル、辞めないから!」
とか言ってた。辞めないてどゆことだよ? 高校のサークルだぜ?
「アイツら、今頃何してんだろ? ・・ま、いっか」
酒が、沁みる。親がうるさいから高卒認定だけ取ったけど、そこで止まってる。何もかも面倒臭い。
と、いきなり豪雨と横風っ。バスが揺れ、減速した。
「えっ?! 何?」
「お客様、豪雨の為、一端安全確認します」
バスは素通りするはずだった近くの無人のバス停に停まるつもりらしい。
クラクションを鳴らされても動じず、減速したままそのバス停に寄せていったんだけど、車体が奇妙に揺らいで少し『横滑り』した。
おおっ?! 窓の下を見ると、道路が水に浸かってる! 車体はバス停ギリギリでゴリッと何かにぶつかって停まった。
「少々お待ち下さい」
運転手が慌てて確認をしたり、連絡を取ったりしだした。
結果、どうもバスはもう動けないそうだ。臨時便が近くのS駅から出るから、冠水を避けて駅に徒歩で向かうようアナウンスされた。
「マジで? はぁ~、ダル・・」
ゲリラ豪雨ってヤツか。数名居た他の客はさっさと豪雨の中降りていったけど、私は雨足が落ち着くまで動く気にならなかった。冠水が酷くなってバスごとどっかに流されるなら、それも面白い。
が、現実はそんなに面白くならない。豪雨はすぐにただの小雨に変わり、冠水も歩道の下くらいに下がっていった。都会は排水機構もしっかりしてるもんな・・
「降りるか」
仕方が無いので最期の酒の缶を開けつつ、バスを降りに掛かった。
「冠水と、飲み過ぎにはお気を付け下さい」
降り際に渋い声の初老の運転手が言ってきて、ちょっとギョッとした。
「・・うッス」
恥しかないな私。と思いつつ、小雨と妙に強い風の中をフラフラとほろ酔いでS駅を目指す。
東京の雨は海が近いから潮っぽい気がすんだよなぁ。
ぼんやり歩道を歩く、通り過ぎた車に水はねを食らって。「ふぁ〇く! 冠水に突っ込め!」とか喚く。
歩いても歩いてもS駅に着かない気がする。その内、お腹がグゥ~っと鳴った。飲んでばっかりで固形物が入ってない。
「蕎麦、食べたいな」
思わず呟いてしまった。チッ。徒歩では初めてくらいの所だけど、何かないかな? バスの臨時便はどうでもよくなってきて、歩きながらざっと見て回っていると、駐車場近くにネットカフェがあった。
「会員証持ってるとこだ・・行くか」
下着とTシャツくらい売ってるだろうし。
「はぁ、さっぱりさっぱり。ハーフパンツも売ってて助かったぁ」
ネットカフェのシャワー室から出てきた。悪酔いも少しは抜けて、気分も上がってきた。後は濡れた服をコインランドリーで処理してる内に蕎麦食べよう。
何て思っていたら、
「最上さん?」
隣のシャワー室から見覚えのある重たい黒髪ストレートロングヘアに銀縁眼鏡に細目、妙に高い身長の30代くらいの女性が出てきて私に言った。
相手はアロハシャツを着込み完全にリラックス体勢だ。
「・・副店長?」
うん、バイト先の副店長だ。常に敬語、常に一定で合理的な感じの、私生活は謎な人。
「奇遇ですね」
ま、まぁそうだけど、気まずいな。仕事以外でほぼ話したことない。
しかし、副店長もコインランドリーに洗濯物を持っていく所だったので、何も話さないワケにもゆかず、飲み会云々は抜いて、『バスがゲリラ豪雨で座礁&空腹』といったことをざっと話した。
「ゲリラ豪雨? そうでしたか。早番の後からずっとここにいたので気付かなかったです」
え? 今、午後10時過ぎだけど、昼過ぎからずっと?? 寝てた??
「副店長、ネットカフェ利用されるんですね」
イメージ無い。スタバでオーガニック何ちゃらを飲みながらM〇Cのタブレットで株とかやってそうだと。
「勿論です! 私の趣味は仕事帰りのネットカフェで『寛ぎ尽くす事』なのです!」
「・・お疲れッス」
「はい」
どうリアクションしたら正解かわからんっ。
流れで洗濯してる間に私が取ったオープンシートが2人掛けだったから(ソロのカウンター席とか無かった)、2人で夕飯を取ることになった。何の流れかよくわかんなちけどっ。
副店長は月美蕎麦の湯葉乗せとグァバジュース。私は天麩羅蕎麦と水。水飲みたかった。
「「頂きます」」
実は基本気まずいから、蕎麦を食べるの半年ぶりくらい。このネットカフェのたまにいく店舗では頼んだことない。
取り敢えず啜り、海老天を齧り。スープを飲み。葱を噛み。水を飲む。
「あー・・・美味しっ」
「出所したばかりみたいですね、ふふ」
「いやいやっ」
副店長にリアクションをイジられるとはっ。
「でも最近は美味しくなりましたよね。昔はだいぶ大雑把、というかこんな綺麗な店舗も中々なかったですし。あ、蕎麦と言えば!」
副店長は職場でも見たことある鞄からタブレットを取り出し操作しだした。タブレット、富〇通だっ! ハワイっぽいシールを背面にペタペタ張ってるっっ。
「このアカウント面白いですよ?『麺カテゴリ』で検索してたら2年くらい前に見付けたんですけど、たぶん高校の頃からずっとやってるんじゃないかな? 珍しいですよね」
画面を見せてきた。思いもしないから、へぇ、としか思わず覗いてみたら、
『蕎麦レポートサークルへようこそ!!』
のトップ画面っ! 高校時代よりちょっと洒落た感じになってて、CG化されたトドロキが飛び回ってるっっ。
「何ぃーーーっっ?!!」
「えーっ?!」
タブレットを持ったまま席から立ち上がって声を上げてしまったっ。
怖くて2度と見てないし、検索してなかったけど・・
「ちょっと貸して下さいっ」
「どうぞっ」
タブレットを強奪しっ、確認しまくるっ。
「・・・っっっ!! トドロキの手術が成功っ? 弓子が学生結婚っ?? 雪乃が蕎麦屋で修行っ?!」
脳が追い付かないっっ。
「あ、まぁ。たまに蕎麦以外にもポツポツ、プライベートネタも載りますね。閲覧数7千前後何で牧歌的というか。こういうのも」
なっ、まさかっっ、おおおおっっ??
「んん、これはっ、これはっっ、森と橘咲那が未だに月一くらいで逢ってるっっっ!!!」
「いやっ、まぁ友達何でしょうし、しかし、載っているにしてもあまりプライベートを」
身体中の血液が逆流するっ。鼻血がテーブルに落ちた。
「最上さん?!」
もう、認めるしかない。
「そう、そうか。私、・・この子達に、憧れてました」
今度は涙がポロポロ落ちてきた。
「最上さん」
副店長はポケットティッシュとレースのハンカチを差し出してくれて、私がハンカチで鼻血を拭いたから「逆ですっ!」と怒られちゃったよ。
乾いた服に着替えて結局、副店長に見たことある軽自動車で家の近くまで送ってもらうことになった。
「すいません。車まで」
「いえ、私も『締め』にシャワーして何か食べて帰ろうとは思っていたので。あ、でも、1ヶ所寄って行きませんか?」
何だろ? 副店長は街の高台の方に車を回した。もう雨は止んでる。
「わぁ」
その、高級住宅街の端っこの、端っこ過ぎて何も無い、ガードレールの脇の長めの待避所から、東京の街の中でもほんの一部だけど、夜景が見下ろせた。
私はガードレールの先の濡れた柵に手を置いた。
副店長は待避所に停めた車のボンネットをハンドタオルで拭いてから座って吸ってるのを見たことない煙草を吸っていた。
「いいでしょう? ネットカフェ帰りにたまに寄るんです」
粋、ってヤツ何だろな。
「最上さん。上手く出会えなかった人何てたくさんあるでしょうけど、繰り返す内に段々貴女の中で形がハッキリするんじゃないでしょうか? それに、意外な形で会うべき人や出来事と出会うこともあるでしょうし」
いい人何だろな、と。
「・・え? 副店長、口説いてます? ロリコンですか?」
「違います! 今、私いい事言ってましたよね? 台無しですっ!!」
「ま、いいですけど」
咲那もちょっと意地になってたりして? いいね、くらいはしてやるか。
「よくないです! ん? いい??」
「でも」
豪雨がとっくに過ぎて、それなり被害が出て中には酷いことになった人もいるだろうけど、夜の街の光は美しく元通りになっていた。
風だけが、まだ少し湿って、少し強い。
「東京に来て良かったのは、本当に独りぽっちになれたことなのかもしれませんね」
不自由だと小一時間前まで思っていた事が本当は身軽な一部だったような、そんな手品みたいなことを、故郷から逃げた高1の私に今は教えてあげたい気分だった。