CASE3 浅田鞠子とトドロキ
高3の5月。日曜やのにサークルも予備校も無かったし天気も好かったから、ウチは愛犬のトドロキを連れて街で評判のパン屋であれこれ買うてきたんや。
「ふんふ~、『ぱNち製パン』でええパン買えたな~、トドロキぃ」
「なぁうっ、なぁうっ」
小型犬のトドロキは妖精みたいやわ~~。
「ちょっと風が強い気ぃはするけど、ええ天気やし・・後は『心臓破りの三段坂』を踏破して帰宅するだけやなっ!」
「なぁうっ、なぁうっ」
遥か前方には住宅地開発の全ての無理の皺寄せでこの地に発生した急勾配の坂が3本も連なっとる!
「ぱNち製パンのパンはバターたっぷりの背徳仕様っ! 昨日カラオケでメガ盛りポテトうっかり完食してもーたし・・『実質カロリーゼロ』にするにはこのルートしかないんやっ!」
「なぁうっ、なぁうっ」
夏はサークルで海かプールに行こう、ってなっとるから今から油断できへんのやっ。
「ふふ、安心しトドロキ。お前は坂んとこは抱っこしたるさかいな?」
「なぁう」
等と言いながら1本目の坂にトドロキと向こうてると、
急激に豪雨! 強風っ!
「うはーっ?!」
「なぁうぅっっ」
「ゲリラ豪雨やっ! こらアカンわっ。トドロキと、ぱNちのパンを死守せなっっ」
あわわっ、パンはエコバックを丸めて、後は『お散歩セット』の中に確かトドロキ用の『カエルの合羽』があったはずっ。
ウチがずぶ濡れになりながら応急処置をしようとしていると、
「ん?」
「なぁう?」
地響きみたいな音がして、三段坂の1番遠い坂が上から水で一気に上書きされた! コレって、『プチ鉄砲水』みたいな? いや、発生速過ぎん??
「嘘やぁーーーっっっ??!!!」
水はもう二段目の坂越えとるっっ。ウチは合羽を着せるのを中断しトドロキを抱え、周囲を見回すっ。
後ろのシャッター降りてる塗装屋さん? の入り口の脇に自販機とその隣に蓋付きタイプのゴミ箱とその後ろに! 低めの塀っ。コレやっ。
ドォッ言う音に振り返るともう三段目を水が落ちて来てるぅっ?
「あかぁーーーんっっっ!!!!」
ゴミ箱にダッシュっ! 蓋のカパカパしてるとこと滑りそうな端は避けなっ、結構新しいから行けるっ。行けてやーっ。
「ふぉおおおーーーっっっ!!!!!」
ゴミ箱! ゴミ箱より高いけど自販機より低い塀! 塀から自販機の上に飛び乗った!!
ザパァっ! と三段目から来た水がゴミ箱の3分の1くらいの深さやったけど凄い勢いでゴミ箱を流してったっ。
塀の内側の塗る時の足場の道具? とかがゴチャっと置かれててるとこも隣の家に生け垣しかないのと隣の家との間には塀が無かったから水が大量に入り込んで、浮いた道具が塗装屋さんの建物の窓ガラスにぶつかってヒビ入れるっ。
3段坂の向こうは塀のしっかりした家がずっと並ぶのとそこより位置が高い場所もあるから水の逃げ場が3段坂しかなかったんか?? 雨風の向きか? 高校からこっちに引っ越してきたから、こんなんなるって知らんかったっっ。
「はぁはぁはぁ・・トドロキ、無事かぁ?」
「なぁう」
取り敢えずカエルの合羽を着せて、丸めたパンの袋ととお散歩セットはリュックにしまう。全部がビショビショやっ。
「どーしよ・・あ、スマホ! あれ? 嘘や」
リュックにもポケットにもスマホ無ーしっ!
「家に置いてきてたわ・・ウチのアホ!」
「なぁう」
ガックリしたけど、そうこうしている内に雨と風は弱まってきた。プチ鉄砲水もさっきので打ち止め、やと思う!
道に流れてる水は踝の下くらいで流も緩い。
「よしっ、行けそう。この通りは水の通り道になっとるっ。高い方の脇道に行くで? トドロキ!」
「なぁうっ、なぁうっ」
この場で待つなり、近くの家に助けを呼ぶなりも考えたけど、近くの家の駐車場の車がどことも空! 日曜の昼でお出掛けやっ。
そう長い状況でも無さそうやし、あとトドロキが大人しくしてられんやろし・・
ウチは自分でよう登ったと思いつつ、トドロキ抱えたまま塀の上にノロノロ移動し、そっから思いきってまだ水は流れてる道の上にパシャっと飛び降りた。
水がクッションになって以外とショックは少なかったけど、トドロキがびっくりして腕から飛び出してリードがグ~ンっなって慌てたわーっ。
そしてこっからやっ、3段目の坂の手前くらいの脇道まで流水の中を抜けなアカンっ。
トドロキを抱え直し、ウチは駆け出した!
「ふぉおおおーーー!!! ウチは浅田毬子! 浅田邦雄と浅田美月の娘にして浅田拓実の姉!! トドロキを従えし者っ! ぱNちのパンを購入せし者っ! メガ盛りポテトを平らげし者っ! YOA〇OBIの曲のブレスのタイミングをカラオケで見切りし者ぉっ!! やったるわーーーいっっ!!!」
脇道に・・入った! へたり込むっ。
「はぁはぁはぁはぁはぁっっ、ふぅふぅ、ふぅ~~・・・サンダルかク〇ックスやったら逝ってたわっっ」
「なぁう」
疲れた。雨晒しやけど、ここはプチ鉄砲水の範囲外や。もうここで収まるか誰か車か何か通るまで休んどこかな? トドロキも最初濡れたけどカエルの合羽着せとるし、パンの袋丸めたし・・
ペロペロ。顔の位置が低かったからトドロキがウチの頬っぺたを舐めてきた。
そう、そうや、ウチはトドロキを従えし者! 加えて小型犬はすぐ体温下がって具合悪くなるし、皮膚も悪くし易い。1回体調悪くすると中々戻らんっっ。
「・・・ありがとうトドロキ! マイリトルスィートやでっ! よしっ、勇気出たっ。行くで!」
ウチは立ち上がり、リードを手にこっちは緩めやけど、本来のルートと違うからエラい遠回りの帰り道を歩みだした。
風は強めやけど、雨はもう普通くらいや。まぁ雨ん中、こんなノーガードで歩いたこと無いけどっ。
そうして、家の近くの通りま来た。もう雨は止んでたけど、風だけはずっと強い。
ふと見ると、蓋の無い細めの側溝が水で一杯やった。傾斜はそうでもないけどなみなみなっとる。
「こっちの側溝も凄いな~、トドロキ近付いたらアカンで?」
疲労と寒くなってきていて、ぼうっとしつつトドロキに言って、ふと見ると交差点の先の下り坂を傘を差した中学生っぽい男子3人組が風に傘をヨレヨレにされて大弱りしとった。
「あの子ら大丈夫かいな。傘は諦めな・・おぉぅっ?!」
気を抜いたタイミングで、急にかつてない勢いでリードを引っ張られて、思わず手離してもーた!
「なぁーーーうっ!!」
トドロキが側溝を流されてってるぅっ?!
「トドロキぃーーーっっっ??!!!」
何でやっ、アカン言うたやん? フリとちゃうのにっっ。
ウチは既に無い気力と体力を振り絞ってトドロキを追い掛ける。傾斜緩くてもこの側溝っ、先まで落ちると蓋のある深い側溝に合流してまうんやっ!
「ふぉおおおーーーっっっ!!!!」
燃えろっ、燃えろウチのトドロキ愛っ! 好っきゃねんっ、あんたが好っきゃねんっっ。
「もうっっ・・ここで終わってもっ、ええんや!!!!」
何か、体温が一気にカッと熱くなって急に力湧いてきた! ダッシュが速くなるっ。
上手い具合にリードが側溝の中で縦に伸びてるっ。届くっっ・・キャッチ!
留めて、滑ったけど、どうにか止まって掬い上げ、仰向けに転がって全てのダメージから守る為にトドロキをウチの大きな胸で受けてレスキューした!!
「トドロキぃいいっ!!」
「なぁうっっ!! なぁうぅぅっっ!!!」
め~~~っっっちゃ、顔ペロペロされたわっ。
「・・ただいま」
ズタボロになって帰宅。
「毬子?! 大丈夫?! お父さんっ! 毬子帰ってきたっ。トドロキちゃんも!」
家は大騒ぎになったわ。
何やかんやでトドロキのケアは親と弟に任せ、ウチはお風呂に入った。あちこち擦りむいてて、上がったら手当てせなアカンな。
「はぁ・・生き返る・・絶対明日、全身筋肉痛やわ」
重過ぎて毎日24時間筋トレしてるみたいな、胸も湯に浮かせて重量から解放したる。
「スマホと、手から離れ難いリード絶対必要やな・・はぁぁぁ・・」
ウチは全ての緊張からも自分を解放したんや。
風呂上がり、手当ても済んだらぺしゃんこになっとった、ぱNちの『カニカマバター醤油焼きそばパン』を温め直してかぶり付いた。
「美味いぃっ! 生涯ベストやっ!!」
「なぁうっ、なぁうっ」
庭で桶に入れて湯で洗われ、乾かされ、湯冷めせんようにベストも着せられたトドロキも生タイプのちょっと高い缶詰めのゴハンをもらっとった。
「いやあんた、一生にもっといいもんあるんちゃう?」
潰れたあんパンを齧ってるお母さん。
「今、ベストなんやっ!!」
ウチは泣きながら焼きそばパンを食べ続けた。ベストやっ!