CASE2 三澤一家
河原の有料BBQ場、中々良かった。 駐車場まで昇らなきゃだけど綺麗なトイレもあったし。
娘はさっきまで沢蟹に夢中だったのに、今もまだ放送してるプリ〇ュアの主人公の人形に今日のBBQの出来事を報告することに夢中になってる。
もう、お家に帰りたいんだろうねぇ。
夫は無理せず2回に分けて荷物を運ぶことにしていて、私が整理し終えているとその2回目を運びに戻ってきてテキパキと背負ったり両手に持ったりしだした。
私も軽めのを1つ背負い、娘にも小さなバックに拾った綺麗な石や持ってきた玩具何かを詰めた物を持たせ、
私が子供の頃持ってた子より造形のクオリティが高いプリ〇ュアの女の子も、首や手足が取れないように注意して小さなバックにしまってあげた。
「バーベキュー楽しかったねぇ」
「最高!」
『最高』頂きました。
「よし、荷物を車に運ぼう。天気予報じゃ曇りだったけど、どうも雲の動きが速いし湿度が高い気がする」
「うん、何か『雨の匂い』する」
父子で鼻をクンクンさせてる。
「2人とも何か野性的だね」
何て言ってたら、
豪雨! 叩き付けるようなっ、風も強いっ。
「わーっ?!」
「お母さんっ、お父さんっ」
「ゲリラ豪雨かっ」
誰かが「すぐ増水するぞっ!」と叫んだのがマズかった。
一番近い、最低限度しか整備されてない、たぶん地元の釣り人用の蛇行した細い土の見える昇り口に人が殺到しだした。パニックだ。
狭いのと早くも進めないのと、豪雨で土の地面が滑るから人同士が詰まってぶつかって、怒号と悲鳴と子供達の鳴き声が飛び交うようになってしまった。
私達は位置が悪かったこともあって出遅れていた。
「この登り口はダメだっ。向こうの下流のコンクリートの階段から上がろう! 川はすぐ上流は蛇行している。ギリ行けるよっ」
50メートル程下流側に正規の階段が有る。
「わかった。悠愛っ、荷物をちょうだい。大丈夫だよ? 足元に気を付けてねぇ」
「うんっ」
小さなバックを受け取り夫は両手がバックで塞がってるから、小さな手を取って、振り返ってる夫に続くっ。
「木も危ないが、川からは離れて! 水が来たら荷物は棄てて走ろうっ」
すぐには棄てない夫の生真面目さが今はもどかしくも感じた。
川の水嵩はぐんぐん上がり勢いも凄かったけど、上流から鉄砲水のような物は来ていなかった。
豪雨で石だらけの河原と言ってもたった50メートルが500メートルにも感じたけれど、階段にたどり着いたっ。でも、
「参ったな」
階段は豪雨でちょっとした滝のようになっていた。他の数組の人達も階段下で呆然としていた。
それでも荷物を棄てて昇っている人達もいる。娘はギュッと私の手を握ってきた。
私と夫は目配せして、夫は両手と背中の荷物をその場に置き、私も娘の小さなバッグ以外は置いた。
貴重品はふたりともポーチに入れてる。
「悠愛」
夫は悠愛をおんぶした。私は川の方を振り返ると鉄砲水は来てなかったけど河原がこの短時間で3割は濁流に埋まっていて、ゾッとした。
「弓子! 水に気を付けて昇ろうっ」
「うん!」
1歩1歩昇るのかと思ったら夫はどんどん水飛沫を上げて昇りだして、内心勘弁して! と思いながら続くっ。
「ふーっ、ふーっっ」
どうにか階段の中程まで来た。段を上がると水の勢いもちょっとは楽になるし一先ず大丈夫だと思う。私だけじゃなく、夫と他の中程まで昇れた人達も改めて川を振り返った。
もう河原は4割濁流の中っ。悠愛もギュッと夫にしがみ付き直していた。
「あっちの登り口大丈夫かな?」
夫は豪雨と風と、龍が唸るような川の音で怒声もよく聴こえない、土の昇り口の方を少し気にした。
「まずは車に行きましょう!」
促し、私達は無事、駐車場の車まで来れた。すると、
「おおいっ! 手伝ってくれっ、何人か下で引っ掛かってるっ」
土の昇り口の方だっ。
「悠愛を見ててくれ」
「武君!」
君はそうするだろうけどっ。
「素人っては弁えるから」
「お父さん?」
夫は行ってしまった。私も車に積まれた荷物から悠愛用の合羽をどうにか引っ張り出して着せ、1人にはできない悠愛を連れて、近くまで見にいった。
車で待ってる何て無理だよっ!
どうやらロープを1番大きな四駆車に固定し、土の道に垂らして後は車と昇り口の間で立ち回れる隙間に入れる人数で引っ張り上げるつもりらしかった。夫はそこに混ざっていた。
雨と風は少し弱まっていたけど、土の昇り口は地肌が見えていた所の表層がゴッソリ剥げて傾斜がキツくなり、周りの低木等も根元が抉れていた。何より雨だけでなく、道路側から流れ込む水が強くなった傾斜に流れ込み、完全に上級者向けのウォータースライダーをクライミングする様になってる。
高い位置の木に掴まっていた人や位置取りが良かったり、身体能力の高い人達は引っ張り上げるまでもなく、ロープを伝って自力で昇ってきたけど、土の昇り口の中程に、3人取り残されてしまった。
ぽっちゃりした中年男性とお年寄りと子供の3人。
「子供と年寄りを優先だ!」
「あの太ってる人も大丈夫か?」
救助者の人達もプロじゃないから戸惑いながら、まず、子供。
これは身体が小さく軽いからヒョイっと持ち上げることができた。
「うわーんっ!」
救出されて親に保護され泣き出す子供。良かったねぇ。
「次は爺さんだっ」
「オーエス! オーエス!」
お年寄りも骨等を痛めないよう慎重に掛け声を掛けながら引っ張り上げる。
体格のいい人ばかりだから普通に上げるだけなら問題無いんだろうけど、ウォータースライダー化した直線でもない地面を怪我させないように上げるから四苦八苦していた。
「頑張って!」
「気を付けて!」
「お父さん!」
加われない他の皆と応援するしかない。
「申し訳ない・・」
お年寄りを引き上げられた。さっきの子も、病院で見てもらった方がいいけど、とにかく親族が車に避難させた。残り1人!
「掴まって下さい!」
ぽっちゃり中年男性に輪にしたロープが投げられる。途中までは問題なかったけど、突然! 土の昇り口の道路近くの石が、内部から噴出した水に弾かれるように飛び出てっ、中年男性の左脚を強く撃った!
「大丈夫ですかっ?!」
「・・すいません、左脚が・・」
中年男性の脚に力が入らなくなり、負担が増し、疲労も有って引き上げが上手くいかなくなりだしてしまう!
「オーエス! オーエス! オーエス!」
「頑張れーっ!」
「お父さーんっ!」
掛け声を掛け、応援して、どうにか中年男性は引き上げられた。
「武君!」
「お父さん!」
ヨレヨレになってた夫に私と娘は抱き付いたよ。
雨が収まるのを待って、救急車と地元役場の車を見送って私達は車を出した。
「運転ごめんね。椅子の調整大丈夫?」
夫は気が抜けたら、疲労で足腰立たなくなっちゃった。ゲッソリしてる。
私も疲れてるけど運転はできる。夫の車もAT車にしてもらってホントに良かった。
「うん・・悠愛、川や水が怖くなってなかったらいいなぁ」
タオルで拭いて上着とズボンは着替えさせた娘は後部座席のチャイルドシートでタオルケットにくるまり、だいぶボロボロになっちゃったプリ〇ュアを握って眠っていた。
私達も上着とズボンは着替えていた。予定では帰りにスパに寄るつもりだったから・・
「また、いい親水公園でも探して連れていってみよう」
「うん・・でも今日は、早く帰ろうね」
「ん~、本当はスパとコインランドリー寄りたいっ」
「あ~、言わないで! 私だってその後南蛮蕎麦とか食べたいよっ」
「うわ~っ? そういう事言う? じゃあ僕は宝刀鍋! 運転代行呼んでビールも飲んじゃうっ」
「ズルい~っ!」
身悶えしそうだけど、でもとにかく娘を家に連れて帰らないとっ。拾った綺麗な石とプリ〇ュアちゃんも手入れしてあげないとね。
全ては私のドライビングに懸かってるっ。車高とハンドルの大きさペダルの幅にヒヤヒヤしながら、私は愛する家族の為、家路を急いだんだ!