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Raw life  作者: ジュン・マツ
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 その街の主要産業は音楽だった。正確に言うならば、木材加工が主要産業である。

 大昔は舟を造ったりしていたそうで、海辺の近くにはかつての造船所があるが、もはや、船は造っておらずに、廃墟になってしまっている。が、その木工技術は今になっても生き延びた。その木工加工技術を活かせるように工夫したのだ。歴史上の流れを見れば、戦闘機のプロペラを作ってはいたりしたが、それは一時の事である。

 が、音楽が主要産業になったのは、ここ最近の話だ。

 やはり、一つの要因として、ヤマモト・カズオの存在がある。彼は海外から戻ってきた時、この国の文化が大きく衰退していると感じた。教養と文化の後退と退廃が、彼の心に大きく衝撃を与えた。そこで、彼はこのかつて木工技術で栄えた街を選んだ。

 ありとあらゆる伝手を使って、街を盛り上げた。住民は増えて、活気を取り戻した。

 が、所詮は田舎。

 木工加工技術と音楽だけで食っていけるはずもなく――確かに、音楽文化の祭典として選ばれるようになり、専門学生や大学も増えたが――経済と賑わいは一時の物だった。移住してきた住民は職に困るようになった。


「そこで出来たのが、我らが原子力発電所という訳よ」


 机を挟んで座った作業着姿の男は、赤ら顔で自慢げに言った。

 安いビールをぐっと飲み、ジョッキを机にどんと置く。

 男は、その原子力発電所で働く男だった。下っ端の作業員よりも少し上の立場であり、かと言って、一番偉いという訳でもない立場にいる。地元での採用をされたので、それ以上の、所謂、中間管理職以上の出世は見込めないということでもあった。

 飲み屋には、客はまばらであり、観光客一組と、常連らしき地域住民たちがいるという組み合わせである。

 テーブルに並べられた料理を嬉しそうに写真で撮りながら観光客は騒ぎ、それを物珍しそうに見ていた。


「とかく、俺たちに取っちゃ様様よ。さびれた街だったぜ」

「なるほどですね」

「俺はあんま音楽には詳しくはないんだけどもよ」


 男が再び、ビールを飲む。

 気持ちよさそうに吐き出した息は酒臭く、私はお冷を飲み、気を紛らわせる。

 私も酒を飲めていればいいのではあるが、あくまで、仕事の身だ。そう酒を飲むことは出来ない。


「でも、息子だったり、娘だったりがよ、音楽が好きだからさ。で、この街の誇りっていうわけ」

「なるほど、ヤマモト・カズオさんはやはり地元でも愛されている」

「だなぁ。あの人がいなければこの街の知名度は全然、上がらってないだろうさ」


 しみじみという風に男は言う。それはどことなく、敬意が含まれていた。

 が、その雰囲気が急に一変する。


「で、記者さんは、その原発とあの人を、どうするってんだ?」


 男の纏う雰囲気に棘が感じられた。

 記者として人と会う機会は長く、多い。こういうことには慣れている。

 人が会話に纏う気配について私は敏感な方だとも思うし、こういう、地元において慕われている人について、ゴシップ的な目的で記者がやってきたと感じられたら、そして、原子力発電所に対して悪意的な記事を書く目的でやってきたと感じられたら、向けられる感情は、好意的な物ではないはずだ。だからこそ、私は少しばかり、冷静に、ビールへと口をつけた。


「私もあの人のファンなんですよ」

「へぇ」

「で、私はあの人が愛したこの街の原子力発電所をどう思うか、聞きたいのです」

「なるほどなぁ」


 男はさらにビールを飲んだ。

 空になったジョッキを見て、おかわり、と男は頼む。

 私も、それを見て店員が来るまでにビールを飲み干した。


「記者さんもいける口だねぇ。で、会えたのかい」


 先ほどとは少し柔和となった男の気配に、私は安堵しながらも、首を横に振った。

 急に酒を入れたからか、私は頭がぽーっとする。それの酔いを醒ますように、


「だろうね。あの人は、ここ数年間ずっと見かけない」

「町を出たという話も聞かないのですか」

「あぁ、そうだ。あの人が乗っている車を見たことがあるかい?  ボルボだ。こんな田舎町じゃ目立つ。しかも赤だからな、余計に人目を惹くのさ。随分と見ないね。だから、諦めたほうがいい。外での突撃取材もそんなことやってる間に、お陀仏だぜ」


 男はそういうと憐みの目線を向けてきた。おそらく、かなり酔っ払っているらしい。


「しかし、あの人もなぁ。原発には反対していたんだ」

「みたいですね」


 ヤマモト・カズオの近年の顔はそれだ。作曲家、文化人としての顔という言うよりも、ご意見番として海外帰りとしての意見を披露するのが主になっている。作曲家としての仕事はどこか控えめに、演奏家としての露出が増えて、それに合わせるように、ご意見番としての意見表明が出てきた。

 その中の一つが、原子力発電所の反対だ。

 核兵器根絶とともに世界平和を目指そう、という趣旨で原子力発電所を否定するが、それとこれとは別であるというのはもはや世間一般的な認識である。だが、ヤマモト・カズオ氏の主張としては、それをどうにも混同している気があるのであった。

 だから、原子力発電所が自分の住む町にある事、そして、それの効果を享受している事について、どう考えているか。

 私は知りたかった。


「確かにどう考えているかは知りたい。だが、会うのは難しい」

「確か出入りしている女性がいますよね」

「ん?」


 男の顔に疑問の色が浮かぶ。

 私は男に屋敷で見た女性の特徴を話した。が、どうにも要領を得ずに、つい、大声で熱が入って話す。

 すると、ようやくわかったのか、首をウンウンと縦に振った。


「あの人は時折、街で見かけるが、まったく交流がない。カミさんが話している所を見たが、それは『レジ袋はいりません』くらいなものだよ」

「いったい、彼女は誰なんですか? お手伝いさん」

「さぁ。いつしかあの屋敷にいて、この街にいた。おい、誰か、あの女がいつからいるか知ってるか?」


 男は店の中にいる他の客に聞くが、誰も明確な答えは返せなかった。


「ともかく、あの人について調べるのは徒労に終わるだろうさ」

「町から出て言った方がいいと?」


 ビールを飲み干した男は帰り支度を、簡単に始めた。

 と言っても、上着となるジャンパーくらいなもので、携帯電話を操作し始める。


「ここの支払いは任せるぜ。経費で落とせるだろ、記者さんよ」


 男はそう言うと、おもむろに立ちあがった。

 私はそれを止めるでもなく、記事が出来上がったら一度目を通してもらうように約束をして、見送った。

 残された私は、ビールのジョッキの中で、気泡が底から上まで上がってくるのを見続けた。

 はて、どうしたものか。

 しばらく、街での滞在を検討してみるか。もとよりそのつもりではあるが。しかし、かと言って、予算的な問題を含めて、無期限にここに留まり続けることも出来ない。ある程度は滞在するつもりだが、それを超えたら、もうどうのしようもない。記事にするべき案件は他にいくらでもあるし、そして、記者もそうだ。


「お客さん、観光していくのかい?」


 店員が空いた皿を下げながら聞いてきた。


「えぇ、まぁ、このあたりの事を調べてもいるので、観光も兼ねようかと」

「そりゃ災難だ」

「災難? どうしてです」

「ニュースを見ていないのかい? 明日から台風だよ」


 泣きっ面に蜂とはこのことか。

 私は店員に礼を述べ、会計を頼みながら店を出た。途端に、強い風がガタガタと店のガラス戸を揺らす。なるほど、台風が近づいてきているというのは本当らしい。電柱に取り付けられた灯りに、ビニール袋が引っかかり、ガサガサと音を立てている。

 私は一つ、思いつくことがあり、急いで宿へと向かった。

 

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