第008話 輝く粒子
機核療法士となれる人間、即ちLTSに入学できる人間は限られている。
AIVISを構成する機粒菌は[正性][負性][中性]の3種に大別される。
機療には、この[中性]機粒菌が肝要となる。
だが中性機粒菌は人間の体内でのみ生成される希少種。いわば赤血球のようなものであるが、技術的な観点から機粒菌を輸血パックのように保管することは難しい。
そのため中性機粒菌を体内で多量に生成できる素養――【機核特異性】を有する者だけが、LTSに入学する権利を得られる。
また中性機粒菌を体内で産生できる特異体質は先天的な才能や幼少期の生育環境に由来する。
後天的に生成量を増やす場合は、二次性徴期終了から成長期にかけた14歳~19歳が最適とされている。
つまるところLTSに在籍している時点で、彼らは機核療法士になるべく選ばれた存在と言える。
◇◇◇
「行くぞ……ライナ!」
『グル』
額に汗を浮かべ、カズキは走り出した。
ほんの少し足を出しただけで、普段の何倍も速く走れる。
体が軽い。本当に羽になったような……否、背中に羽が生えたような感覚だ。
だがスカイライナーは更に速い。
狼を思わせる俊敏さでカズキを追い越せば、御堂ツルギと共に蟹手の作業型を牽制する。
だが直後、作業型は何の前触れもなく巨大な腕を地面に叩きつけた。
ハンマーの如く強烈な一撃。コンクリートの地面には幾重もの亀裂が走った。
「ぐっ……!」
激しい音と衝撃に御堂ツルギは怯んだ。
だが鬼気迫る様相で、すぐさま杖型のBRAIDを構え直す。
しかし作業型は背を向けると、途端に前進と後退を繰り返した。
かと思えば、敷地を囲う塀に沿って走り回り、鋏型の手で植木をひとつ引き抜いてしまう。
こうした発作的に起こる行動も、暴走したAIVISが起こす典型的な症状だ。
青々とした緑葉が映えるウバメガシの低木。巨大な蟹手が高く上がると、根に着いた土がボロボロと剥がれ落ちる。
『グルッ』
植木を持つ腕に、スカイライナーが跳び着いた。
けれど作業型が動きを止めることはない。スカイライナーを腕に張り付けたまま、誰も居ない場所へウバメガシの木を投げた。
続いて隣の植木にも蟹手が伸びた、その時。
「今だ! 長瀬君!」
片桐たゆねが叫んだ。普段からは想像できない声に押されて、カズキは走りだした。
瞬く間に距離を詰めたカズキは、作業型の真後ろに控えた。近くで見ると一層に大きく感じられる。汚れたボディに、キズや凹みが際立っている。
カズキは蒼い右腕に左手を添えると、外部装甲を肩側にガシャンとスライドさせた。
直後、蒼い右手甲が光を纏う。
錯覚ではない。薄青色に輝く粒子が、霧状にカズキの右手甲を覆っている。
ほのかに輝く手甲型BRAID。五指を広げた掌が作業型の装甲に優しく触れる。
「ごめんな」
悲壮混じる音が、カズキの口から零れると同時。
――ガシュンッ!
手甲の外装が弾かれるようスライドして、青白に輝く機粒菌が放たれた。
さながら弾倉型の拳銃。輝く機粒菌は弾丸。
光の粒は作業型の体に溶け混むよう広がり、そして消えた。
作業型は動かない。
スカイライナーが蟹の手から飛び降りた。カズキも「ふぅっ……」と息を吐いて作業型から右手甲を離した。
「気を抜くな長瀬君! まだ浸透してない!」
けれど片桐たゆねの怒号が、弛緩するカズキの意識を揺さぶった。
ビクリと肩を震わせ、カズキが振り返った瞬間。
――ドゴォッ!!
作業型が勢いよく上半身を回転させ、電柱のように太い腕でカズキを弾き飛ばした。
「長瀬!!」「長瀬君!!」
コンクリートの地面で、カズキは激しい痛みにのた打ち回った。
御堂ツルギと片桐たゆねは焦燥を露に、すかさずカズキの元へ走った。
不幸にも意識はある。おかげで鈍痛が全身を巡り、砂埃が汗に塗れた顔へ貼り付く。
キュルキュルと油の抜けた耳障りなローラー音。薄眼を開けて見上げれば、作業型が自分を目掛け蟹手を振り上げている。
ゾワリと、背筋が震えた。
『グルッ』
「止まれぇっ!!」
スカイライナーと御堂ツルギが作業型へ飛び掛かった。けれど。
――ガゴォオオッ!
巨大な腕を風車のように高速回転させ、作業型は二人を打ち弾いた。
「御堂君!」
寸でのところで、片桐たゆねが御堂ツルギを受け止めた。
だがスカイライナーは硬い地面に叩きつけられ、無惨に転がり、横たわったまま微動だにしない。
「ラ……ライナ……!」
鈍い痛みが、叫ぶことさえ許さない。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
➡https://kakuyomu.jp/works/16817139557658159424
※現在はこの作品の続編を連載しています。
➡https://kakuyomu.jp/works/16817139558579721605