第007話 機粒菌《きりゅうきん》
【機粒菌】――およそ20年前に発見された新種の菌であり、その俗称。
発見と同時に世界中から注目を浴びた【機粒菌】だが、黴や病原菌のように生物としての発見が評価されたのではない。
自己選択能力を有した人工知能《AI》。
独立したエネルギー機関。
超高出力の人工筋線維。
それら【機粒菌】を素体に造られた機構、その全てを内包した人工体。
【《《A》》rtificial 《《I》》ntelligence 《《V》》arious 《《I》》deal 《《S》》ervant】――【AIVIS】と名付けられたアンドロイド達に、世界は魅力された。
その利便性と有用性から、AIVISは瞬く間に世界中へ浸透し、『ロボット』と呼ばれる前時代的な機械とは明確に区分けされた。なぜなら――
「――なぜならAIVISを構成する3つの主要機関は、【機粒菌】を素体に精製されている半有機生命体だからだね」
「要するに、AIVISも俺たち人間みたいに体の中に沢山の菌があって、そのバランスが崩れたから病気になったってことですよね」
片桐たゆねの説明に答えながら、カズキはスポーツバッグを開いた。
「そういうこと。そこで私たち機核療法士の体内に在る特異な【機粒菌】を、【BRAID】に乗せて対象の機体に放出する。それでAIVISの菌量を整えてあげるんだ。授業では習ってるよね?」
「………」
片桐たゆねの問いかけには答えず、カズキは光沢放つ蒼い手甲をバッグから取り出した。
右腕を模った鎧。だが手甲と呼ぶには大きく厳めしい。
長い五指が錐形に尖るそれを、カズキは白い制服の上から右腕に嵌め込んだ。
直後、右腕に装着した蒼い手甲……【BRAID】が起動する。
「長瀬君の機療具……【BRAID】は、このワンちゃんと右腕に着けてる鎧の二刀流だね」
「はい」
「うん。けど、どちらも御堂君のように機体内に直接【機粒菌】を注入する手法じゃない。
効き目の早さは彼のそれに劣るけど、代わりに細かい隙間を狙う必要がないのが利点だ」
「飲み薬と湿布薬みたいな?」
「そんなトコロだね。そうして機体の外側から【機粒菌】を打ち込んで、効果が現れるまでこのワンちゃんと一緒に動きを制限する。それが二刀流のセオリー。OK?」
「まぁ、だいたい……」
「だいたい分かれば充分。とにかくキミが【機粒菌】を充分に打ち込めば機体は動きを止める。ただし注意は怠らず、油断もしないこと。いいね?」
ポンポン、と優しく背中を叩かれ、カズキは少しだけ緊張を解された。
準備運動代わりに手足を動かしてみせると、驚くほど体が軽い。LTSでは『羽のように』という表現されたが、まさしくその通りだ。
蒼い手甲に拳を握り、カズキは自身の倍も大きい作業型を見据えた。
LTSに入学してから、およそ2ヵ月。基礎的な体術や護身術、機療法は授業で学んでいるものの、いざ本番となると身が竦む。
昂る動悸が耳の奥から鳴り響く。
逸る脈動が体に熱を生む。
足が小刻みに震えて止まらない。
重く圧し掛かる不安とプレッシャーが、体に拒否反応を示す。だが反対に、責任感と使命感がカズキの背中を無理に押した。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕が先導するから、長瀬は機療に専念してくれ」
爽やかに、だが明らかに緊張を孕んだ笑みを浮かべて、御堂ツルギがカズキの肩を叩いた。
「ばかやろ。そんな無茶させられるか。お前さっき機療したばっかだろ」
「だからだよ。機療に使える【機粒菌】が心許ないんだ。僕は長瀬ほど特異性が高くないからね」
「なら俺が一人で――」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。僕はもう2回も機療を経験してるんだから」
そう言うと、御堂ツルギは先に走り出した。
「あっ…!」
走りゆく背中に右手を伸ばすも、届くことは決して無い。
その足を、カズキ自ら踏み出さない限り。
『グル』
その時、生身の左手に何かが触れた。スカイライナーの鼻先だ。微かに冷たく心地良い金属の躰。無機質な菱の眼がカズキを見上げている。
「ライナ……」
ギリッと奥歯を噛み締め、カズキは左手にも拳を握った。
その手で、自分の胸を思い切り叩く。
心臓が一瞬だけ動きを鈍らせた。血流が遮られて脳に考える時間を与えない。
少しだけ、弱い自分が断ち切れた――気がした。
「行くぞ、ライナ!」
『グル』
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
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※現在はこの作品の続編を連載しています。
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