第006話 暴走
「終わりました!」
御堂ツルギの明るい声が構内に響いた直後、巨大な搬入扉が僅かばかり開かれた。
その隙間から作業服姿の大人達が恐る恐ると顔を覗かせる。
「ちょっと失礼」
そんな彼らを分け避けて片桐たゆねが悠々と構内に踏み入った。戸惑いつつカズキもスカイライナーを引き連れて後に続く。
「お疲れさま御堂君。いや~、早かったね。私が手伝うヒマも無かったよ」
「手伝う気なんて最初から無かったでしょ」
呟くようなカズキのツッコミに、振り返った片桐たゆねは「し~」と自分の唇に指を立てた。
模型のように動かない蟹手の作業型を見上げながら、片桐たゆねは「うんうん」と頷いた。
「ちゃんと機療も出来てるみたいだね。さすがは御堂君だ」
「ありがとうございます。恐縮です」
「御謙遜を。ところで、もう一機はどこかな?」
「……え?」
照れ笑いを浮かべていた御堂ツルギは表情を一変させた。端正な眉間に深い皺が刻まれる。
「ここのオジサンの話だと、機療する作業型は二機あるって話なんだけど………もしかして私、言ってなかった?」
問われ、カズキは首を縦に振った。
絶句する御堂ツルギ。その精悍な顔には大粒の汗が浮かんでいる。
そんな彼とは打って変わって、片桐たゆねは「ゴメンごめん」と陽気に笑った。その瞬間。
――ドゴオォォオオッ!!
雷鳴と紛うような轟きが大気を震わせた。
驚くカズキと御堂ツルギが顔を見合わせる傍ら、スカイライナーが奥の倉庫に向けて長い首を伸ばした。
すかさず御堂ツルギも杖を構え、カズキも不安気に拳を握る。
すると直後、薄暗い庫奥から1台の作業型が姿を現した。
大きな腕に蟹鋏を思わせるグリップハンド。今しがた御堂ツルギが機療したものと同型機だ。
直立二足歩行の機体かと思いきや、足裏のローラーを使い移動している。
「これは珍しい。どうやら“暴走状態”のAIVISみたいだね」
「“暴走”ですか?」
平静な片桐たゆねに、カズキは訝しく尋ねた。
「人間もインフルエンザとかで高熱が出ると、幻覚が見えたり癇癪を起こすことがあるんだ。子供とかは特にね。そのAIVIS版といったところかな」
「じゃあ……あれも機療するんスか?」
「とーぜん」
形の良い胸を張り、片桐たゆねは強気に笑った。反してカズキは、一層と頬を引き攣らせる。
だが現れた作業型はカズキらを見向きもしない。植木や建物にぶつかっては、丸太のような腕を無作為に振り回している。規則性の感じられないその動きは、まさに“暴走”という形容がピタリだ。
「あ、二人とも気を付けて」
「はい?」「へっ?」
――ガゴオオオォォッ!!
ワークロイドの蟹手が、勢いよくコンクリートの地面を砕いた。
破片が、散弾銃のごとく飛散する。
御堂ツルギは構えた杖を回転させ見事に撃ち落とした。
一方、カズキは身動ぐことも出来なかった。恐怖が身体を強張らせた。
破片の群れは容赦なく襲い掛かる。
しかし刹那、片桐たゆねが颯爽と立ち塞がり、華麗な動きで礫を払い落とす。
「怪我はないかな、長瀬君」
「は、はい」
腰の引けるカズキに、片桐たゆねは優しく微笑み返した。
少しだけ、カズキの心に余裕が生まれた。
「よーし、それじゃあ長瀬君、御堂君。今度は二人でアレを機療してみようか」
だが安堵したのも束の間。カズキの顔から、一気に血の気が引いた。
「ちょっ……待ってください! 俺まだ機核療法士らしい課題やったことないんですけど! ゴミ拾いとかビラ配りとかばっかりで……」
「それは仕方ないよ。機療の依頼なんて、そんなにしょっちゅうあるわけじゃないし。そもそも暴走なんてレアだし。
それに実践経験はなくても、授業ではもう習ってるでしょ」
「そりゃ、そうですけど……」
「じゃあ大丈夫。落ち着いてやれば出来るデキる」
あっけらかんと、片桐たゆねは豪快にカズキの背中を叩いてみせた。
「ときに長瀬君は自分の機療具――【BRAID】の特徴は理解しているかな?」
「た、たぶん」
「なんだい、頼りない返事だね。機能もデザインも自分で考えたものでしょーが。仕方がない、簡単にオサライしようか。ほら、早く準備して!」
嘆息混じりの片桐たゆねに急かされて、カズキは肩掛けのスポーツバッグを降ろした。
「そもそも、機核療法士が行う機療はAIVISの中にある特殊な細菌……つまり【機粒菌】のバランスを整えてあげることは知ってるよね?」
小首を傾げる片桐たゆねに、カズキは小さな頷きで応えた。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
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※現在はこの作品の続編を連載しています。
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