第004話 機療と課題
「ところで長瀬。午後はどうする?」
昼食の豪華な重箱弁当に舌鼓を打つ御堂ツルギが、サンドイッチを頬張るカズキに尋ねた。
「どうするって、何が」
「今日は午後の講義が無いだろ。[課題]に行くのかと思って」
言われてカズキは「あー」と声を伸ばした。
サンドイッチを口に入れたまま喋ろうとするも、エルグランディアに睨まれゴクリと飲み込んだ。
「俺はこのあいだゴミ拾いやったばっかだから今日はやめとく。日室は?」
「どないしょーかなぁ。ボクも先週ドブさらいやったトコやし。あ、福祉施設の手伝いもやったわ」
焼きそばパンを齧りながら、日室遊介も面倒臭そうに答えた。
「御堂クンは機療の[課題]に行ったんやろ?」
「うん。先週ね」
『機療って、やっぱり難しいんですか?』
「そうだね。だいぶ苦労した」
「たっはぁ~!! 御堂クンでそんなんやったら、ボクに出来る気せぇへんわ」
日室遊介はコントのように、自分の額をペチンッと叩いた、その直後。
「はいはい。そんな悩める少年達にオトクな情報がございますよ」
明るい女の声が唐突に割り込まれた。
エルグランディア以外の3人は勢いよく振り返る。見ればすぐ後ろに、先ほど生物学の講義を行っていた女性教諭・片桐たゆねの姿。
『片桐先生、こんにちはです~』
「はい、こんにちは。いやはや青春まっただなかに失礼と思いつつ、美味しそうな匂いに誘われて来てしまったよ」
一体いつの間に現れたのか。そんなカズキらの疑問を知ってか知らずか、片桐たゆねは明るく笑う。
スラリと伸びた長い手足を包み込む純白の白衣。ミルクティーアッシュの長い髪はポニーテールに纏められて、チラリと除く項に艶を感じる。
整ったスタイルと人好きのする笑顔が、彼女の美しさをより際立たせていた。好色な日室遊介でなくとも、見惚れてしまうのは無理のないことか。
しかしカズキは、怪訝な面持ちを露にしている。
「それで先生。その情報とは何ですか?」
御堂ツルギが真剣な眼で尋ね返せば、片桐たゆねはニコリと首を傾げた。
「実はさっき機療の依頼があってね。良けれは君達もどうかと思って」
「本当ですか?! 是非お願いします!!」
御堂ツルギが目を輝かせる一方、カズキは更に表情を引き攣らせる。
『受けるべきですよ坊ちゃま。せっかく片桐先生が誘って下さったんですし、機療の課題が受けられるなんてラッキーじゃないですか』
「まだ何も言ってねーだろ。なんでお前は俺が断ること前提なんだ」
『だって坊ちゃま、面倒くさがりですし。変なトコこだわり強いってゆーか、意地っ張りで。今もそんな顔してますし』
エルグランディアはカズキの顰めっ面を指差した。
瞬きも無い翡翠色の視線。カズキは溜め息混じりに肩を落とす。
「……俺も行きます」
明らかに本意ではない態度でも、片桐たゆねとエルグランディアは笑顔で首を縦に振った。
「ありがとう二人とも。まぁ、引き摺ってでも連れていくつもりだったけどね。日室君は?」
「あ、ボクはエエです。また今度で」
「そうかい。じゃあ行こうか御堂君&長瀬君」
「えっ、俺達まだメシ食ってる途中…」
「なにを言うんだ長瀬君。異常を生じたAIVISは急患みたいなものだよ。一流の機療士は悠長に食事をしている時間なんて無いんだよ。ほら、スタンダップ、スタンダップ」
手を叩いて急かす片桐たゆね。御堂ツルギは慌ただしく弁当を仕舞った。カズキも最後の一口を紅茶で無理矢理に流し込む。
「ごちそーさん」
『坊ちゃま。サンドイッチまだ残ってますよ? 課題が終わった後に食べるんですか?』
「いや……そのツナサンド、胡瓜入ってるし」
『あー! また好き嫌い言ってる! こんなに細かく切ったのに!』
憤慨するエルグランディアから逃げるよう、カズキはスポーツバッグを取り、スカイライナーを連れて屋上を後にした。
御堂ツルギと片桐たゆねも長い足を揃えてカズキの後を追う。
一同が扉の奥に消えたと同時、日室遊介がニヤリと鼻の下を伸ばした。
「なんや二人になってもうたねエルさん。あ、それ余ってるんやったら、ボクが食べよか? そのあと二人でテラスにでも行って――」
『坊ちゃま行っちゃいましたしエルも行きますね。さよならです日室さん』
早々と昼食を片したエルグランディアは、振り返ることもなく屋上から立ち去る。
日室遊介は目に涙を浮かべ、妙に塩辛いアンパンを独り齧った。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
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※現在はこの作品の続編を連載しています。
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