表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イロハネ ―右手に悪を、左手に愛を―  作者: 火野陽登《ヒノハル》
22/26

第022話 ありがとう

 響かない音を奏で、背面装甲から放射状に広がる機粒菌きりゅうきんの群れ。それはまるで輝く羽のよう。


 赤鎧はすでに女を追う素振りさえ見せない。変貌したカズキを見据え、静かに距離を詰めてくる。


 けれどカズキは怯まない。竦んだわけでもない。決して赤鎧から眼を逸らさず左腕を引いた。スカイライナーの頭部を腰の位置で構えるような恰好だ。


 赤鎧は突然と走り出し、拳を振り上げた。

 同時、カズキの左腕にそなわるスカイライナーの口が輝いた。光の羽と同じ鮮やかな橙色。


 迫る赤鎧の拳が、カズキの顔面を目掛ける。


 カウンターの要領でカズキも左腕を突き出せば、スカイライナーの口腔から衝撃波が放たれた。


 橙色の波動は赤鎧の巨躯をも吹き飛ばして、弾かれた赤鎧は不格好な四つの手で着地する。


 放たれた橙色の衝撃。その残滓がカズキの制服をはためかせた。

 無機の眼でカズキを睨み付けながら、赤鎧は静かに立ち上がる。


 スカイライナーの左腕を降ろせば、今度は右腕のBRAID(ブレイド)が橙色の輝きをたたえた。


 篝火のような右手を携え、カズキは走り出した。


 赤鎧は丸太のような蹴りで迎え撃つ。


 赤い蹴りがカズキの左肩を直撃する。だがカズキは揺らがない。


 そっと静かに、赤い腹部へ右掌を当てた。


 バシュンッ! 放たれた橙色の光子は、瞬く間に赤鎧の体へ融け消える。

 よろめき後退する赤鎧は、膝をついて前のめりに倒れた。


「……ふぅっ」


俯けのまま微動だにしない赤鎧。

 張り詰めた緊張を解くようにカズキが吐息漏らせば、蒼い装甲は光り輝き、湧き出ずる光子が全身を取り巻いた。

 体覆う光の群れは、まるで意思を持つかのように集約されて、傍らに動物を形取った。


 すると瞬く間にスカイライナーが現れた。

 蒼い馬のボディに長い龍の首、オオカミを思わせる目と牙。虎のように逞しい脚と銀色の尾。しかもそれら全て、赤鎧に破壊される前の健全な姿だ。


 同時にカズキの姿も元に戻った。白い制服に手甲型のBRAID(ブレイド)と、背に輝いていた羽は影もなく失せている。


 不思議な高揚感に包まれながら生身の腕を見つめていると、スカイライナーが小走りに寄って鼻先を押し付けてきた。


「ちょ、なんだよ。どうした」

『グルッ!』


まるで飼い犬が主人にじゃれつくよう。蛇の尻尾を左右に振って。硬く冷たい装甲は少し痛いが、それでもカズキは首や頭を優しく撫でた。


『グル』


すると突然、スカイライナーが振り返った。倒れる赤鎧を見つめている。


「そうだな。放っとけねーか」


片膝ついたカズキは赤鎧に右手を伸ばした。LTSまで運ぶつもりだった。

 けれどその瞬間、赤鎧は勢いよく立ち上がり拳を振り上げた。


「……っ!!」


驚きのあまりカズキは目を瞑って身構えた。しかし攻撃は繰り出されない。

 恐る恐る瞼を開けば、赤鎧は脱兎のごとく逃げ出していた。


「ま、待て!」


後を追おうとするも、ダメージが大きく足元が覚束ない。スカイライナーと同じく怪我は治っているものの、体力は回復されないらしい。


 よろめき倒れるカズキの頭上に影が差し込んだ。見上げれば、そこに銀髪の女が立っている。


「キミは……」

「私は関わるなと言った」


白銀の女はスカイライナーを一瞥した。長い首を傾げながら、蒼い機械獣は尻尾を左右に振った。まるで本物の犬のような仕草だ。スカイライナーが製作されてから、そんな素振りは一度も無かった。


「これがお前のちからか」

「え?」

「覚醒したからには逃れられん。生き永らえたくば精々足掻くことだ」


それだけ言い置くと、女は身を翻し去ろうとする。


「あっ、ちょっと待って!」


その背中をカズキの声が呼び留めた。

 足を止めた女は赤い横目でカズキを見遣る。


「なんだ」

「キミはあの赤い鎧のこと……それに、俺がさっき成った姿のこと、何か知ってるんですか?」


「〈イロハネ〉」


「イロ……なに?」

「お前が身を投じたこの遊戯の名だ。案ぜずとも、すぐに全てを理解する。それと――」


白銀色の女は真っ直ぐにカズキを向いて、


「ありがとう」


少しだけ柔和に微笑んだ。

 ドクンとカズキの心臓は高く波打って、頬が熱くなるのを感じた。


 銀髪の女が立ち去ってしばらく、カズキは惚けた顔のまま高架下から動くことが出来なかった。


 そんなカズキを、スカイライナーが不思議そうに見つめていた。

※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。

➡https://kakuyomu.jp/works/16817139557658159424



※現在はこの作品の続編スピンオフを連載しています。

➡https://kakuyomu.jp/works/16817139558579721605

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ