第002話 機核療法士《レイバー》
【機核療法士】――通称【LAVER】。
それは【AIVIS】と呼ばれる機械人工生体の治療を行う者達のこと。
近年世界中に浸透し、日夜様々な活躍を見せている【AIVIS】。
その彼らに搭載される主要な機関は、ある特殊な菌から精製されている。
故に【AIVIS】は「ロボット」と呼ばれていた前時代的な機械とは明確に差別化されており、異常が生じた際にも修理ではなく治療が行われる。
これを【機核療法】または【機療】と呼ぶ。
◇◇◇
「――すなわち、この【機核療法】を行える者が【機核療法士】と呼ばれる特別な技能士なんだ。謂わば【AIVIS】のお医者さんだね」
教壇の上に立つ白衣姿の若い女性教諭が、教科書も持たず生徒らに講義をする。
独特な白い制服に身を包む少年少女らは、静かに彼女の話へ耳を傾けていた。
「たとえば私達のお腹に居る善玉菌と悪玉菌のバランスが崩れたら下痢や便秘になっちゃう。血管内に悪い菌が沢山入ったら風邪をひくこともあるね。
私たちが普段元気に過ごせているのは、私たちの体がバランスをとってくれているからなんだ。これを恒常性と言いまーす」
栗色の長い髪を靡かせる女性教諭は、なおも明るい調子で説明を続けた。
「だけど、それは【AIVIS】も同じこと。機体の恒常性が崩れるとエネルギー機関や人工知能に機能不順が生じて、停止したり異常が出ちゃう。
人間が高熱を出したり、動けないくらいしんどくなるのと同じだね。
例えば、えーっと……長瀬君が酷い風邪で動けないとしよう。そんなとき御堂君ならどうする?」
人好きのする笑顔で女性教諭が名を指せば、精悍な顔立ちの男子生徒が立ち上がった。
「病院に連れて行くなどして、治療や投薬など適切な処置を施してもらいます」
透き通るような声で男子生徒が答えれば、女性教諭は「その通り」と満足気に頷いた。
「人間の治療と同じように、【AIVIS】も私たち機核療法士が機療してあげることで元気になる。
でも君たちくらい若くて元気なら、ちょっとした風邪くらい勝手に治っちゃうよね。同じように若い【AIVIS】なら、少しくらい異常が出たって安静にしていれば問題ない。
だけど体調がとても悪い日に大事なテストがあったとして、日室君ならどうする?」
「……えっ!? ボクですか!?」
関西弁の男子生徒が自分の顔を指さすと、女性教諭はやはり笑顔で頷いて応える。
「いや、ボクがそないなことなったら緊張とプレッシャーで胃に穴空きますわ。そうなったら先生に一晩中添い寝してもらわんと」
「はーい、そんなセクハラ解答は求めてませーん」
ユーモラスな教師の返答に生徒が「アイタタタ~」と剽軽に額を押さえた。教室内に小さな笑いが起こる。
「私なら、少々体調が悪い程度なら市販薬で症状を抑えるね。そうしないと君たちの授業も滞っちゃうから。
同じように企業や現場の【AIVIS】がお休みしちゃうと業務が滞る。だからよっぽど機体が充実している事業所でない限り、簡単には【AIVIS】を休ませられない。そこで登場するのが……はい、長瀬君!」
笑顔の女教師に反し、長瀬カズキは「はい」と素っ気無い返事では起立した。
「……【機療士】ですか?」
「正解!」
女教師は右手の親指を立てた。サムズアップサインだ。長瀬カズキは頷きもせず再び席につく。
「私が子供の頃は機核療法なんて技術はまだ無かったから、異常を起こした【AIVIS】は破壊されることも多かった。結核や癌の治療法がまだ無かった時代と同じようにね。だけどそれらも、今では治る病気だ。
同じように機核療法という【AIVIS】の治療法が確立されて、機核療法士・【LAVER】も……って、こんな話をしなくても皆とっくに分かってるか」
茶目っ気混じりに「テヘ」と小さく舌を出せば、女性教諭は腕の時計を一瞥した。
「あー、また脱線しちゃった。授業に戻ろうか。そもそも人間の体内には細菌や真菌など無数の菌が存在しているんだ。それが――」
そうして女教師は生物学の講義を再開した。
生徒数より座席数の多い教室で、白衣のような学制服を着る生徒らはまた静かに授業へ臨む。
そんな中で長瀬カズキだけは、退屈そうに教師の高説を聞き流していた。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
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