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イロハネ ―右手に悪を、左手に愛を―  作者: 火野陽登《ヒノハル》
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第017話 HARBE《ハーブ》

 「失礼します」


スカイライナーを連れたカズキは工室より一つ上の階にある部屋をノックした。片桐かたぎりたゆねの個室だ。


「おや、いらっしゃい長瀬ながせ君。もしかしなくてもBRAID(ブレイド)の件かな」

「はい」


スポーツバッグを降ろすと、カズキは改良したばかりの蒼い手甲を差し出した。


「ふむふむ……見た目は前と同じみたいだね。どこを変えたの?」

「撃ち出す機粒菌きりゅうきんの量を調整しました。ピストルの弾みたいに同じ量を何回かに分けて」

「それは良いね。回数に制限をかければ、前みたいなことにならないだろうし。【HARBE(ハーブ)】との連動は?」

「起動の確認だけです」

「そっか。じゃあテスト運転のついでに、ちょっと私の仕事を伝ってよ」


片桐かたぎりたゆねは奥の部屋に入ると、人好きのする笑顔でカズキを手招きした。

 小首傾げてカズキも奥の部屋に踏み入れば、そこは小さな作業部屋だった。

 煩雑な部屋の中央には簡易な作業台が設置されていて、その上には白い虎を模した動物型アニマロイドが横たわっている。


「この虎は?」

「生徒ちゃんのBRAID(ブレイド)だよ。課題に行ったときに壊れたんだって」


言われてみれば確かに、白い虎のBRAID(ブレイド)は所々に装甲が欠けて爪や牙も折れている。まさに満身創痍といったさまだ。


「イノシシか何かと戦ったんですか?」

「猪くらいじゃあ、こうはならないでしょ。原因はまだ聞いてないけどずは検査したいからさ、この動物型アニマロイドちゃんを下の作業室まで運んでほしいんだ」


にこり、片桐かたぎりたゆねは微笑んだ。

 カズキは嫌そうに眉をひそめつつ、浅い溜息と共に右腕に手甲型のBRAID(ブレイド)を装着した。

 シュッ…と衣擦れのような音がして、引き締められるような感覚が全身を覆う。


 強化スーツ【HARBE(ハーブ)(Hybrid Assistive Reinforce Body Equipment)】が起動した証だ。


 機核療法士レイバー機療きりょうするAIVIS(アイヴィス)は多様である。

 素早く動き回る動物型アニマロイドもあれば、先日のようなパワータイプの作業型ワークロイドもある。中にはビル程の大きさを誇るAIVIS(アイヴィス)も。


 そのため機療士レイバーには強化スーツ【HARBE(ハーブ)】の装着が義務付けられている。

 白衣のような学生服と、その下に着けている黒いアンダーウェアがそれだ。


 人間の体表面に流れる微弱電流や、脳波・血流・筋肉などの僅かな動きを感知し装備者の身体的特徴や運動能力から【HARBE(ハーブ)】は0.04秒先の行動を予測する。

 そのデータを機粒菌きりゅうきん由来の人工筋繊維にフィードバックすることでスーツが収縮・弛緩し、使用者の動作を助長する。


 AIVIS(アイヴィス)にも搭載されているこの動作機構を用いることで、一般人でも垂直飛びで5メートルを超え、100メートル走なら8秒を切る。体重60kgの人間が300kg超の荷を持ち上げることさえ可能だ。


 医療・介護・土木・建設現場などにも用いられている【HARBE(ハーブ)】であるが、使用には個人情報の登録が必要となり、本人にしか使用できない。

 更に【HARBE(ハーブ)】の性能を100%発揮するためには装備者のデータが肝要となるため、LTSでは常時着用が義務付けられている。


 そうして身体機能を強化したカズキは、片桐かたぎりたゆねの指示に従い下階まで白い虎の動物型アニマロイドを運んだ。


 工室に日室遊介ひむろゆうすけの姿はすでに無く、広い作業台に白虎を載せてカズキは「ふぅ」と息を吐いた。


「お疲れ様。起動にも問題はなさそうだね」

「そうですね。それじゃあ、俺はこれで――」

「まあまあそう言わないで。もうちょっと先生の御手伝いをしてもばちは当たらないよ?」

「手伝ったら単位貰えるんですか」

「ううん。それよりもっといいモノ」

「なんですか」

「私の愛情」


言いながら片桐かたぎりたゆねはウインクで投げキスの真似をしてみせた。


「すみません。先生からの愛情は課題だけでお腹いっぱいなんで」


ペコリと会釈し「失礼します」とカズキは身を翻したが、片桐かたぎりたゆねになだすかされ、結局次から次へと雑用を言い付けられた。


 気付けば時計は17時をまわっていた。


「お疲れ様。おかげで助かったよ、ありがとう」

「い……いえ……オヤクニタテテナニヨリデス」

「うんうん。機療士レイバーは世のため人のためAIVIS(アイヴィス)のため、ってね」


言いながら片桐かたぎりたゆねはパックタイプのオレンジジュースをカズキに放った。


「あ、ありがとうございます」

「こちらこそ。また私の愛情が欲しくなったら、いつでもおいでよ。仕事用意して待ってるから」

「……お先に失礼します」


苦笑を浮かべながら、カズキは部屋を後にした。

 人の居ない校門を出ると、目の前には4車線の車道。それを横切る大きな交差点の上には、駅まで続く長い横断橋。

 

 それを渡ろうと階段を登った瞬間、ふと車道に目を向けたカズキはピタリと動きを止めた。


 驚愕が足を動かすことも忘れさせた。


 なぜなら交差点の向こうに、紅い瞳を宿す銀髪の女が居るのだから。

※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。

➡https://kakuyomu.jp/works/16817139557658159424


※現在はこの作品の続編スピンオフを連載しています。

➡https://kakuyomu.jp/works/16817139558579721605

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